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<東京怪談ノベル(シングル)>


羽衣
「――わたくしからの報告は以上です」
 邪教団の信徒とその神を僭称する魔を殲滅した武装審問官、白鳥・瑞科。
『教会』へ戻り、この区域を統括する司教へ一方的に告げ終えた彼女は、常ならば優美な足取りを急かして『懺悔室』を後にする。
 瑞科にとってこの作業は最大の苦痛だ。彼女にとって唯一価値のあるものは眼前の敵であり、滅した敵はすでに無価値なものなのである。
(わたくしが生きて帰った。それだけで結果はおわかりでしょうに……)
 簡素に見えてその実、最新の対弾・対爆仕様の廊下にいらだったリズムを刻んでいた瑞科がふと、その演奏を止めた。
「審問官殿」
 廊下の隅に身を潜めていた修道士が深く頭を垂れ、瑞科の視線から己を逃がす。
「……わたくしの前では常に姿を見せておいてくださるよう、お願いしていたはずですわね?」
 鯉口を切った細剣――この剣は日本刀を参考に造られており、造りは日本刀とよく似通っている――を元の位置に戻し、瑞科が低い声音を紡ぐと。
「これが私の業(わざ)であり、業(ごう)でありますれば。それゆえ審問官殿に斬られましたとて、お恨みはいたしませぬ」
 情報収集を主な任とし、それ以外のときは伝令として『教会』を駆け回っている彼がさらに深く頭を垂れた。
「なんのご用ですの?」
「あの方がお呼びになられておいでです」
 あの方。この男がそう呼び、さらには瑞科を呼びつける相手などひとりしかいない。武装審問官の装具全般の開発と改良、チューニングを一手に担うあの女博士しか。
「すぐに伺いますわ」
 瑞科が言い終えたとき、修道士の姿はすでにかき消えていた。

「わたくしをお呼びになって?」
「おー、瑞科ちゃん! お呼びになったよ、うん。アタシがキミを呼んだんダヨー!」
 機械群の隙間を縫って研究室の奥から出て来たのは、身長も顔立ちも声音も小学生でありながら、年齢は瑞科をひとまわりも上回るという女博士である。
 ひきずる長さの修道衣の上からフードつきの白衣を羽織った彼女は、瑞科の体のまわりをカニ歩きで2周して、タブレットになにごとかを打ち込みながらブツブツと。
「体脂肪率と筋力のバランス――あと30キロ痩せさせて――」
「30キロも体重を落としてしまえば、わたくしがなくなってしまいますわ」
 あきれる瑞科の言葉尻を博士がわーっと食いちぎり。
「義手も義足もアルヨー! あ、内臓全部機械にしちゃう!? そしたら痩せなくたって――」
「それよりも、わたくしにご用がおらりなのではありませんの?」
 博士はようやく思い出した様子で「あー! あーあー!」とうなずき、瑞科の手を引っぱった。
「できたよできたよ、できたんダヨー!」
 機械の向こうの拓けた空間。その真ん中に吊り下げられていたものは、瑞科が今着ているものと同じスリット入りの修道衣だった。
「お願いしていた衣ですわね? 見たところちがいはなさそうですけれど」
「同じじゃないんダナー。コイツはね、人造聖骸布・改でできてるんだ!」
 瑞科の修道衣の素材である人造聖骸布は、2000年の昔に死んだ貴き御方の骸を包んだ布を科学的に再現したものなのだが。
「“改”はさ、科学のチカラで織った人造聖骸布に、12人の完全無垢な少女と12人の大罪人の血を染みこませてあるんダヨ!」
 博士は熱っぽい声でさらに説明を重ねていく。
「物理防御力はそれほど変わんないけどね、聖性と魔性の併せ業(あわせわざ)で霊的防御力はそれこそケタちがいさ! 理論上はドラゴンブレスだって完全無効化できるんダヨ! ま、1回だけだけどねー」
「1度きりというところに信憑性を感じますわね」
 瑞科は苦笑し、新たな衣を手に取った。
「――軽い?」
「キミの運動データと戦闘データ見て、いらないとことジャマなとこは削っといた。チョー動きやすくなってるヨー!」

「ごきげんよう」
 瑞科が艶やかな笑顔を傾げ、迫り来る人外どもを迎えた。
 ウェルカムドリンク代わりに振る舞うものは、ブーツにヒールとして植え込んだ対魔用の銀杭だ。
 銀の聖性を魂の核に叩き込まれた人外はすぐに存在を保てなくなり、ぐずぐずと溶け消えた。
「ケェー!」
 長く伸びた爪を振り回す人外。8匹それぞれが間合をはかり、連携を成して瑞科を斬り裂かんとする。
「仲がよろしいのですわね」
 瑞科は1匹を膝で弾いて2匹めと3匹めを剣で横薙ぎ、その回転に乗せた跳びまわし蹴りで4匹めに銀杭を叩き込む。
 さらに、着地後の体を沈み込ませることで5、6匹めをやり過ごし、その間に溜めた筋力と反動力を使った7匹めをアッパースイングの刃で屠り、跳躍。8匹めの頭を銀杭の踵落としで叩き潰した。
「1、5」
 1匹めと5匹めを切っ先と杭で貫いた瑞科に、急反転してきた6匹めが爪をたてた。が、それは衣に守られた瑞科の腕に食い込むことなく流され……。
「6」
 ……たたらを踏んだところに至近距離からの電撃を食らい、焼き滅ぼされた。
「問題はありませんわね」
 裂け目どころか傷跡ひとつ刻まれてはいない衣の腕を見やり、瑞科が陶然とつぶやいた。
 教区内に現われた人外の群れの殲滅。それを任として命じられた瑞科は、新しい修道衣の実戦データ収集を兼ねてこの場にいた。結果は今のところ、上々である。
「軽さも申し分ありませんわ。これなら以前よりもう1歩深く踏み込めるでしょう」
 博士が削ったという邪魔な部分は主にケープで守られた上体、ヴェールの下に隠れる首筋から胸元にかけてである。
 そのおかげで彼女の魅惑的なボディラインはより際立ち、銀合金のボーンを芯にしたコルセットの柄まで透けて見えそうな有様だ。
 ――もっとも、そのようなことを瑞科が気にすることはなかったが。
 彼女の関心は常に、眼前の敵にのみ向けられるものだから。

 かくして瑞科は群れを統括する魔を滅ぼすため、歩を進めるが。
 そこにいたものは魔ではなかった。
「あれは――」
 どのような業(わざ)によるものか。中空に浮かぶ黄鉄色の翼持つ人型が瑞科を見下ろし、金属質の高い唸りをあげた。
 キュゥイ!
「受肉した堕天の御使い、ですかしら」
 俗に天使と呼ばれる者たちは、物質に宿って体を得る――受肉することでこの世界に干渉する力を得る。
 そしてそれは、堕天の烙印を押された天使たちも同様である。彼らは受肉し、世界を壊す力を得るのだ。
「主の愛に背きし邪なる者よ、地に這いなさい」
 左手に生じさせた電撃を放つ瑞科。
 雷は堕天使を捉えたが、しかし。その黄鉄の体に吸収されてかき消えた。
「ならば!」
 2歩の助走で最高速に達した瑞科が宙へ。剣の切っ先を薙いだが、ギャリッ! 堕天使の脚へひっかき傷を刻むにとどまった。
 ――地に足がついていない状況では、あの体を裂ける斬撃は打てませんわね。
 キュォォン!
 地へ戻った瑞科へ向けて、堕天使が翼を開いた。翼を構成していた金属片が解け、1000の刃と化して降りそそぐ。
 瑞科のつま先が地をすべった。前右後左前前左右後――常人の目では捉えられまい複雑にして繊細なステップが刻まれる度、それまでつま先のあった点へ刃が突き立っていく。
「っ!」
 かわしきれなかった固い豪雨に背や腕をこすられ、瑞科があえぐ。
 しかし、人造聖骸布・改で織り上げられた修道衣は最後まで瑞科を守りぬいた。
「――元の衣ならみじん斬りでしたわ」
 黄鉄は鉄よりも固い。その固さに堕天の力を含められた刃を止めた修道衣は、博士が言うよりもはるかに高い物理防御力を備えているということだ。
「と、安心してしる時間もありませんわね」
 息をつく間も置かず、瑞科は電撃を撃ち返した。命中し、吸収される。
 また電撃を撃ち、命中し、吸収される。
 また電撃を撃ち、命中し、吸収される。
 電撃をかわすこともなく吸収し続ける堕天使が、新たな羽刃を飛ばして瑞科を攻め立てた。
 それでも瑞科は刃をかわしながら電撃を撃ち続ける。
 ――あの体が黄鉄ならば、かならず。
 いつしか地は突き立った黄鉄の刃で満たされて。
 瑞科が艶然と笑んだ。
「本当にドラゴンブレスにも耐えられるものか、試させていただきますわよ」
 瑞科の体から白光が迸る。電撃だ。彼女は最大出力の電撃を、自らの体へ撃ち込んだのだ。
 取り囲む刃によって増幅された凄まじい電圧の中で瑞科が剣を掲げると。
 キョオ!?
 空にある堕天使のつま先から雷が落ちた。
 その雷光は、瑞科の剣先から伸び上がった雷光と絡み合って路を成し――堕天使の体を引きずり落とした。
 ……落雷は正電極(+)と負電極(−)の関係性によって引き起こされる。
 雷雲は上方が+であり、下方が−。これが地面に含まれる+と引き合うことで雷となる。落雷とは、上から落ちる電気と下から伸び上がる電気が引き合い、繋がり合うことで生成されるものなのだ。
 そして、この下から伸び上がる電気――お迎え放電を意図的に起こして落雷を誘導するのが避雷針で、瑞科の剣はまさにその針の役割を担っていた。
「それだけではありませんけれど」
 黄鉄は太陽電池や半導体に使われるほど優秀な蓄電物質である。瑞科は堕天使に電気を大量に吸わせ、さらに自らの体にも電気を帯びて、互いを磁石化した。
 結果、+と−が激しく引き合うこととなり、雷の路をたどって堕天使は瑞科へと超高速で吸い寄せられ――
 自重と速度によって剣に貫かれ、滅びた。

「満足のいく出来映えでしたわ」
 戦闘データの最後を感謝の意で締めくくり、瑞科は微笑んだ。
「ふーん、この電圧に耐えられたってことは、まだまだ行けそうダネー。ドラゴンブレス2回くらい?」
 博士は言いながら、その平たい胸を瑞科の背に寄せて。
「あのさ、キミの体を40パーセントくらい機械にしたら、3回は行ける予定なんだけど――」
「わたくしはわたくしのまま、生を全うしますわ」
 追いすがろうとする博士を置き去りに、瑞科は研究室から抜け出した。

 帰路。夜気を胸いっぱいに吸い込んで、瑞科は胸の熱を冷ます。
 この修道衣があれば、彼女は昨日までよりも繊細に、そして大胆に業を尽くし、多くの敵を煉獄へと叩き落とせるだろう。しかし。
 問題は、業を尽くせるだけの敵が、この地上に存在するのか、だ。
 ――次の任では巡り逢えるでしょうか。わたくしの身を裂き、魂を削るほどの強敵に。
 わからない。
 しかし、わからないからこそ、期待する。
 瑞科は胸の高鳴りを新たな夜気で鎮め、再び歩きだした。