|
闇夜の疾風 2
見張りの兵士が2人、前後に並んで歩いている。前を歩く兵士が廊下の角を曲がる。すると、少し距離をおいて歩いていた後ろの兵士の目の前に何かが降りてきた。
兵士が声を上げる間もなかった。一瞬のうちに、天井からぶら下がっていた水嶋・琴美の太ももが兵士の首をがっちりとホールドしていた。黒いミニ丈のプリーツスカートから伸びた白い美脚が容赦なく兵士の首を締め上げる。すぐに、骨が折れる鈍い音がした。
兵士が床に崩れ落ちるのと同時に琴美も着地する。角を曲がって先に行った兵士が異変に気付いて戻ってきた。兵士が琴美の姿を確認するかしないかのうちに、琴美のナイフが兵士の心臓を一突きしていた。
琴美が施設内を奥へ進んでいくと、大勢の人間たちの気配がする部屋の前に出た。そっと様子をうかがってみると、内部は吹き抜けのかなり広い空間で、機械が動いている音が響いている。何かの工場のようだ。かなりの人数が作業にあたっており、武器を持った傭兵らしき者も大勢いる。
事前に確認していた施設内の見取り図では、この部屋を通らなければ奥へは進めない。部屋の外周を囲むように通路はあるのだが、鉄製の手すりが付いているだけで身を隠すことは出来ない。誰にも見つからずに通り抜けることは不可能だ。
「まあ、大勢のお相手をする事になるだろうとは思っていましたけれど」
琴美はこれっぽっちも不安を感じさせない口調で呟いた。装備を確認すると、室内へと素早く体をすべり込ませた。
これだけの数を相手にするとなると、一人ひとりに時間をかけていられない。隙を見せればすぐに囲まれるだろう。しかし琴美は敵にそのような余裕を与えることはない。
琴美に気付いた兵士が銃口を向ける。はじき出された鉄の玉は何かの機械に当たり、火花が散った。琴美は機械に身を隠し銃弾をよけながら、確実に敵を倒していく。
琴美が兵士の首をナイフでかき切ると、鮮血が飛び散り壁を汚した。背後から近づいてきた兵士に回し蹴りを食らわせた。
複数の銃を向けられ狙い撃ちされた琴美は、銃弾が届くよりも早く機械の影に身を潜めた。銃弾は機械の表面に穴を開け、火花を散らす。
「ここに隠れたぞ!」
「囲め囲め!!」
傭兵たちの怒号が響き渡る。彼らは次々に集まってくると、琴美が隠れたらしき場所を取り囲んだ。
「逃げられないぞ!両手を上げて出てこい!」
銃を向けながら男が言う。機械の影で、ごそ、と何か動く気配がする。床を見ると、機械の影から指先が覗いている。
「観念したか」
兵士たちが銃を構え、機械の影に回り込む。すぐにでも琴美を射殺しようと臨戦態勢だった彼らは、その光景を見てぎょっとした。機械の影から指が覗くように座らされていたのは、つい先程まで共に戦っていた同僚の亡骸だった。
「お仲間を少々、お借りしましたわ」
琴美はいつの間にか兵士たちの背後に回りこんでいた。兵士たちが振り向き攻撃を仕掛けるより先に、琴美が素早い動作で数人を始末した。敵は次々に琴美に襲いかかるが、誰一人琴美に傷をつけるどころか、触れることさえ出来ない。琴美はとらえどころのない風のように、次々と敵を始末していく。
室内に、琴美以外生きている人間が一人もいなくなった。切れ味が悪くなってしまうので、失礼かと思ったが兵士の一人の衣服で愛用のナイフを拭かせてもらった。
琴美は呼吸を乱すこともなく、部屋を抜けて奥へと進んでいく。
異様な風の音がして、琴美は飛びのいた。耳をふさぎたくなるような大きな音がして、土埃が舞う。琴美がいた場所に巨大な鉄球がめり込み、壁が砕けていた。
「侵入者とはお前のことか」
大柄な傭兵が一人、立っていた。
「今日一日で大勢の部下を無くしてしまった。この償いはしてもらうぞ」
「あなたが彼らのリーダーですね」
琴美はナイフを構えた。この男はかなりの手練であると確信した。先ほど戦った傭兵たちも一般的な兵隊と比べればかなり高度な戦闘能力を持っていたのだが、リーダーはさらに強敵となるだろう。これほどまでに精鋭揃いの部隊は通常では考えられない。この任務が自分に回ってきたのも頷ける、と琴美は思っていた。
「せっかちなものでな。さっさと済ませようぜ」
傭兵のリーダーが琴美めがけて突進してきた。巨体に似合わず俊敏な動作だ。琴美は片手を上げ風を呼ぶ。鋭い風がカマイタチのように男に襲いかかった。
男の皮膚に細かい傷が刻まれていく。しかし男は動じず、琴美に向けて拳を突き出した。琴美は高く飛び上がると、一つ宙返りをして、その太い腕に身軽に着地した。
あっけにとられている男の顎を蹴り上げ、よろけた所を背後に回る。男は琴美の動きを捉えることが出来なかった。気がついた時にはもう、琴美はその首を掻き切っていた。
任務を終え、琴美は昂揚感でいっぱいだった。彼女は穏やかな表情をしているが、内心、まだ見ぬ次の任務へ胸を躍らせている。
琴美は傷一つ負うこと無く完璧に任務を完了させ、帰路についた。
|
|
|