コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 ニンゲンになりたくて


「ね、ねぇ、ま……まだ……?」
「まだまだだよ」
 都内にある緑が豊富な公園では、子どもたちの遊ぶ声や人々の憩う声が満ちている。だが、注意して耳を傾けてみると――公園を囲む木々たちの奥から、可愛らしい声が聞こえてくることに気がつくだろう。しかし人は皆、自分たちのことに手一杯で、『彼ら』の声に気づくことはない。もし気付く者がいたとしても、わざわざ木々の間に分け入って声の主を探すまではしないだろう。それは『彼ら』にとって、都合が良かった。
「これ、で、ほん、とに……」
 ぜーぜーと身体全体で息をしながら短い手足を地面につけて、肘だけを曲げて膝を曲げずに身体を沈み込ませる――いわゆる『腕立て伏せ』のようなことをしているのは大福。ウサギのようにも見えるその姿は、ウサギというよりもチンチラによく似ている。白の毛並みはふわもこで……強めの風が吹いたらもう限界、と言わんばかりにぺしゃんと地面にへばった。
「あーあー、そんなんじゃだめだめ。まだまだだね」
 近くからツンとした声が聞こえる。碧色の瞳を持つその白猫は、大福から少し距離をとった樹の下に座っている。少しだるそうに、もこもこと頑張っている大福を見つめている猫の名は、使い魔・グリム。その名の通り使役されるものである。
 そもそも何故この二匹が共にいるかというと――時は少し遡る。



 そこは都内にある繁華街。人間がたくさん行き交っていて、薄暗い路地裏には時折人間がうずくまっていたり伏していたりするけれど、そんな人間を他の人間は特に気にしたりしないところ。気にしないというか、関わりたくないのだろうと思う。
 けれどもそんな人のたくさん集まるところには、悪いものだけが存在しているわけではない。グリムは使い魔である猫姿のまま、街中を歩いている。先を急ぐ人と人の足の間をするりと避けて進むのはお手の物。のんびり気ままに歩く人間たちは途中で立ち止まったりかけ出したり、歩幅を突然変えるから注意だ。でもグリムにしてみれば、こちらを意識していない人間の動きを頭に入れた上で目的地へと向かうなんてこと、日常茶飯事である。
(ん……?)
 そんなグリムが歩道の端にある街路樹の下で足を止めたのは、彼の足を止めるだけのものがその向かいにあったからだ。
(甘い匂いがすると思ったら、行列ができてやがる)
 建物の壁沿いにできた行列は、圧倒的に女性が多い。スマホ片手に時間を潰している若い女性から、この後何処かへ向かうのか、思い切りおしゃれをしたご婦人まで。その行列の先――否、甘いいい匂いのする建物の入口を見やれば、その店がオープンセールとやらをやっているのがわかる。開け放たれた入口の扉あたりで、若い女性が何か紙を見せて注文をとっていた。
(新しく出来た洋菓子屋か)
 グリムの目がキラリと光る。彼はこう見えて、甘いものには目がないのだ。だが今の彼の姿は猫。このままでは買物をすることはおろか、店にさえ入れてもらえないだろう。だからグリムはきょろりとあたりを見渡して、目星をつけた裏路地へと滑りこむ。人間の視線と気配が近くにないことを確認して変化する――そう、人の姿に。
「――ふう」
 無事に人間の姿を得ることができたグリム。だが、しかし――。


「えっ、いまのっ……すごーい!!!」
「!?」


 予想外の声が聞こえて、グリムは一瞬焦った。まさか変身の瞬間を見られた? 人の気配はなかったはずなのに。
「ねぇ、いまのどうやったの? どうやったら『ニンゲン』になれるの?」
 聞こえてくる無邪気な声とは相反して、焦るグリムは辺りを見渡す。しかしやはり人間はいない。この声はどこから――?
 つんつん。
「!!」
 足をつつかれた。反射的にそちらに視線を落とすと、足元に白い毛玉があった。
「ねぇ、『ニンゲン』になるほうほうおしえて!」
 毛玉が上を向くと、グリムと視線が合わさった。白い毛玉はウサギのようにも見えるが、よくみればウサギとはちょっと違う。実はこの毛玉、子どものチンチラのような姿をしているのだが、今のグリムにはそれはどうでも良かった。
(人間じゃないのか。怪異の類……なら放っておいても問題なさそうだ)
 何も返さずに、そのまま足元の毛玉を無視して通りに出ようとするグリム。だが毛玉――大福の方もこんな千載一遇の機会、逃してなるものかと思っていた。
「ねぇ、ボク『ニンゲン』になりたいんだ! 『ニンゲン』になるほうほうおしえてよ!」
 人間になることに並々ならぬ憧れをもつ大福は、諦めない。グリムの足にまとわりつき、彼の動きを邪魔しようとする。
「僕がお前なんかに教える? そんな義務もなければ利益もないだろ。お断りだ」
「……? おれい……おれいがあればおしえてくれる?」
 難しい言葉はよくわからないけれど、基本的に何かを頼んだらお礼が必要だというのは大福にもわかる。稀にお礼のいらない間柄というのもあるらしいが、大福と彼とは初対面。それに当たるとは思えない。
「礼? どうせ大したものじゃ――」


「おしえてくれたら、おれいにヒゾウのオカシをあげるから!」


「!? なにっ……」
 大福の言葉に思わず動きを止めたグリム。
(秘蔵のお菓子だと……? いや、こんな怪異のいう秘蔵のお菓子なんてどうせ大したものじゃ……)
 期待しても自分ががっかりするだけだ、そう自分を諌める心と『秘蔵のお菓子』という言葉に後ろ髪引かれる自分の間で、グリムは僅かの間、逡巡した。
「ねぇ、ねぇったら……おねがいっ」
 その間も大福はグリムの足元で懇願を続ける。
 暫くの後。グリムはしゃがみこんで大福と視線の高さを近づけた。
「僕はグリム。秘蔵のお菓子とやら、忘れないでよ」
「……! ボ、ボク大福! よろしくね!」

 ――契約成立である。



 そしてグリムが人間姿のまま狙っていたお店のお菓子を購入するのを待って、二匹は修業の場を探し、公園を囲む緑の奥へと辿り着いたのだった。
(しかし『人間になる方法』と言ってもねぇ……)
 白猫の姿に戻ったグリムを、大福はきらきらの瞳のまま見つめている。視線の高さが人間の時より近づいたから、よりそのキラキラの瞳が眩しい。
(教える、か……)
 わくわくを胸いっぱいに詰め込んで待っている大福に対して、グリムは少しばかり困っていた。人間になる方法を教えると約束してしまったが、グリム自身はそもそも使い魔として生まれた時から人間に変身する能力を持っていたのだ。努力して身につけたものではないゆえ、どうすれば人間に変身する能力を身につけられるか、グリム自身も実はわかっていない。
「あー……じゃあとりあえず『魔法を使えるようになること』を目標にしよう。人間に変身するのも魔法の一種だし」
「うん!!」
 内心『面倒な事引き受けちゃったな』なんて思いつつも、グリムは大福の指導を放棄しない。それは『秘蔵のお菓子』が気になっているのも原因だけど……。
「じゃあ、まずは腕立て伏せ100回ね」
「うでたて、ふせ……?」
 キラキラの瞳を放置することもできず、かといってどうしたら魔法が使えるようになるかなんて、最初から魔法が使えたグリムにはわからない。そんな中で導き出した結論は――。
(『特訓』と言えばこれだよね)
 腕立て伏せ、腹筋、反復横跳び、枝を使った懸垂――グリムが命じる特訓メニューは一見、どれも魔法には関係ないように見えるけれど……。
「ボク、がんばるよ!」
 これをこなせば自分も魔法を使えるようになる――そう信じて疑わない大福は、やり方を教えてもらいながら一生懸命にメニューをこなそうとしていた。だがどれも、どう考えても無茶ぶりである。息を切らし、辛さに耐えならも大福はメニューを消化しようと頑張る。それはひとえに、『人間になりたい』という強い思いから。そんな姿を見せられたら、「魔法を使えるようになる方法は知らない」なんて言えなくなってしまう。
「……これ、で……」
 ぽてん。
 大福の小さな身体が草の上で伸びて動かなくなった。身体が小さく体力がないからだろう。グリムが用意した特訓メニューは半分もこなせていない。
「大丈夫?」
 公園の水飲み場で濡らしてきた前足を大福の頭に置くグリム。本当はあまり濡れたくなかったけれど、前足の毛を濡らして、水分がなくならないうちに急いで戻ってきたのだった。
「きもちいい……ねえ、ボク、少しでも『ニンゲン』にちかづいた?」
 へばりこんだまま、それでも瞳だけはキラキラさせて、大福はグリムを見上げる。そんな無垢な瞳で見つめられたら、無碍に出来ないではないか。
「……まあ、まだまだだけど、最初よりはマシになったんじゃない?」
「ほんとっ!?」
 がばり、嬉しさで勢い良く起き上がった大福はふらつきながらも、自分の帽子の中をゴソゴソあさって。
「はい、やくそくのヒゾウのオカシ。おしえてくれたことと、おともだちになれたおれいっ」
「!! これが秘蔵の……」
 大福が取り出したのは、手作りと思しき和柄の小さな巾着。その口を開き、逆さにすると、ハラハラとこぼれ落ちたのは――。

「――星……?」

 思わず呟いたグリム。そのそばでぺたりと座り込んで疲れを癒やしている大福が、笑う。
「そうだよ! にじさんとおそらとおはなからつくったおほしさまなんだって!」
 巾着からこぼれ落ちたのは、星のようなお菓子。ちょっととげとげしていて、でもころころころがって。赤と橙と黄色と緑と青と濃い青と紫……それに白に桃色。色とりどりの――金平糖。
(なんだ、金平糖か……)
 秘蔵と言うには少し普通すぎる気がして、ちょっとがっかりしつつそのうちのひと粒を口に含む。すると。

「――!?」

 着色料などを含んだ人工的な甘さではなく、高級な砂糖の柔らかい甘さが口に広がり、さわっと溶けていく星。甘いもの好きなグリムでも、これほど美味しい金平糖を食べたことはなかった。
 美味しい? と問うように瞳を輝かせる大福の顔を、驚きで見つめ返したその時。


「虹だ!!」


 公園の方から子どもの声が聞こえた。二匹は頷き合って、近くの木を登る。
「わぁ……」
 上の方の枝に並んで遠くの空を見れば、そこには七色の橋がかかっている。
「確かに秘蔵のお菓子だね。本物の虹を見せてくれるなんてさ」
 虹を見つめたままそう呟かれたグリムの言葉。喜んでくれたことが伝わってきて、大福の心がぽかぽかと暖かくなる。
「うん。だってヒゾウのオカシだもん!」
 胸を張って笑って。


 二匹は虹が空に溶けるまで、並んで空にかかった橋を見つめていた。




                  【了】



■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【8697/大福・―/男性/1歳/使役される者】
【8297/使い魔・グリム/男性/102歳/使い魔】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 予定よりたくさんの時間を頂いてしまい、申し訳ありませんでした。

 初めて書かせて頂くお二人ですので、どきどきしています。
 おふたりとも可愛いなぁ、可愛いなぁと思いつつ楽しく執筆させていただきました。
 少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。
 この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。