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―異種混合大海戦・1―
数日前、とあるネットゲームで久々の惨敗を喫した後、彼女――海原みなもは落ち込んでいた。
ずぶの素人であった頃はいざ知らず、数々の冒険を経て大きく成長し、その辺の雑魚には負けないという自信から、何処かに慢心があったのだろう。その心情が、彼女の落ち込みをより深いものにしていた。
と、そんな時。不意に訪れた客があった。窓から下を窺ってみると、見知った顔の少女がそこに立っていた。
「瀬奈さん、どうしたんです?」
「いやー、あの日以来全然ログインしてないでしょ? 彼が凄い心配してたよー?」
「そっ、それは……流石にあんな負け方をした後では、ちょっと気後れすると言うか……」
みなもの顔が、ポッと赤く染まる。
訪れた客――瀬奈雫が口にした『彼』とは、某ゲーム内でみなもがいつもコンビを組んでいるキャラを駆る男子の事である。既に本名も知っており、特にみなもとは個人的に連絡を取り合う仲にまでなっていたが、あと一歩のところで先に踏み出す事が出来ない『惜しい』カップルを形成する、雫にとってはこの上なく弄り甲斐のある男子であった。
「ま、連絡ぐらいはしてあげなよ」
「そ、そうですね……って、それを言いに、わざわざ?」
畳の上に直接腰を落とし、胡坐をかくその姿勢は、年頃の女子としては些か褒められたものでは無かった。が、雫はそのような事は意にも介さず、『まさか!』と云いながら、鞄からゲーム機を取り出して話を先に進めた。
「あの会社が試験的に、あるゲームを開発してるんだよ。そのαテスト版をプレイして欲しいんだって。知らなかった?」
「え……あぁ、そういえばメルマガにそんな事が書いてありましたね。忘れてました」
雫から話を振られて、みなもは慌てて携帯電話のメール履歴を遡る。すると、確かにその話題と合致する情報が3日前に配信されているのが確認できた。
「『深海戦記(仮)』……? 海が舞台なんですか?」
「そ。基本的なシステム部分はあのゲームをそのまま流用してるから、α版とは言え完成度は高いよ」
聞けば、先刻から話題に出ている某ゲームが、最近大掛かりなアップデートを経て『海洋』と云うマップを新たに加えた事によって新規ユーザー獲得に成功していたのだが、所詮は大きな枠の中のワンシーンでしかないという評価もあって、ならばと云う事で『海洋』だけにステージを絞り込んだ新バージョンを打ち出してみよう、と云うプロジェクトが立ち上がったらしいのだ。
「あの完成度に、文句をつける人が居たんですか?」
「まぁ、どんな世界にもディープなマニアってのは存在するからねー。どうせ海軍オタクあたりが『物足りん!』とか言い出したんでしょ」
雫の回答は、まさに的を射ていた。そういった一部のマニアを唸らせてやろうと、立ち上がったのが今回このテスト版を送り出したプロジェクトチーム、と云う事であるようだ。
***
メルマガに記載されていたアドレスからゲーム本体にログインして、キャラ設定を行う。やはり、某ゲームと同じ開発陣が手掛けているだけあって……と云うより、システムの基礎部分をそのまま流用している所為か、此処までの流れは某ゲームと全く同一であった。唯一、自身が幻獣キャラに扮しないと云う点だけが異なってはいたが。
「マイキャラを作成して……次は船を選ぶんですか?」
「そうだよ。古今東西、どの世界の、どの時代から選んでも良いらしいね。因みに、あたしはホラ……これ」
そう言って、雫が見せた画面には、いかつい装いの軍艦が表示されていた。彼女のチョイスは第二次大戦期に実在した旧日本海軍の重巡洋艦であった。
「瀬奈さん、軍艦に詳しかったでしたっけ?」
「んーん? シロートだよ。ただ、この艦のプロフィールを調べていたら、航空戦力に袋叩きにされてあっけなく沈んではいるけど、軍艦同士の殴り合いだったら絶対に負けてなかっただろう、って評価なんだよね」
雫が選んだ艦は、重巡洋艦『利根』級であった。この艦級は画期的な砲塔の配置と、それによる火薬庫の統一化などで攻守ともにバランスの取れた、最も優れた巡洋艦であると後世の評論家も口を揃えている。素人がパッと見て選ぶ軍艦としては、堅実な選択であると言えた。つまり、基本スペックが最初から高いのだ。が、此処でずぶの素人であるみなもが、素朴な疑問を口にした。
「単純な強さで選ぶなら、戦艦の方が強いのでは? 装甲だって厚いし、大きな砲を積んでるし」
「甘い甘い! そういうのを大艦巨砲主義って云うんだよ。適度な攻撃力と防御力、それに軽快なフットワーク! これが全部備わって、初めてバランスの良い軍艦って言えるんだよ」
えへん! と胸を張って、雫が答える。言われてみればその通りで、幾ら強固な防御力を持っていても、速度が遅ければたちまち包囲されて袋叩きに遭ってしまうだろう。それに攻撃力に優れているからと云って、それ即ち強さには比例しない。強力な攻撃も、当たらなければ効果は無い。つまり攻守のバランスが取れて、初めて『強い』と言えるのだ。
「で、みなもちゃんは……どうするのかな?」
「んー、瀬奈さんと同じ考え方でも良い気はするんですけど、基本的に一緒にプレイしますよね? なら、同じタイプの軍艦だと拙い気がするんです。ほら、攻撃パターンとかが単調になったりして」
なるほど、一理あるなと納得した雫が、これならどうだ? とサンプルを表示してみせた。雫は単純に攻守バランスを重視したチョイスで『利根』級重巡洋艦を選んだが、このゲームの大きな特徴は『時代・世界観を問わない』と言う点にある。つまり、思い切り時代に逆行した木造帆船や、近代装備満載のイージス艦や原子力潜水艦だって選べるのだ。
「航空兵力は無視して良いんですか? 瀬奈さんの選んだ軍艦、空からの攻撃で沈んだって説明されましたけど」
「そこ、まだグレーゾーンなんだよね。基本的に船同士の戦いがメインだから、空母は選べるけど艦載機で攻撃する事は出来ないって聞いてるし」
「あー、書いてありますね。空母は艦載機を有するが、用途は索敵のみに限定するって……え? 瀬奈さん、ここ読みました?」
「え? ……あ! 抜かったー、キャラ同士の対戦に空からの攻撃は無いけど、空を飛ぶエネミーの可能性はあるんだ!」
そう、流石は某大型VRファンタジーゲームを売り出している某社。その基本ルールの中には『獣や怪物、魔法を操る敵の登場も予定している。無論、空中からの攻撃も想定内』と、巻末に小さく書かれているではないか。つまり、今は未だ存在していないが、今後出る可能性は否定できないと、そう云っているのだ。
それらの条件を鑑み、みなもは暫し思案した。しかし、どう考えてもパーフェクトな攻防を一篇に実現できる艦種は存在しない。それぞれに長所があると同時に、弱点も存在するからだ。
そうして熟考した結果、みなもが選んだのは護衛艦『あたご型』だった。小型艦ではあるが最新鋭、近代電子戦にも対応可能な視界とハリネズミの如き強力な武装。ユニットコストは高いが、それに見合うだけの性能が約束された安全パイであった。
「さて、船は選びましたけど……これからどうすれば良いんです?」
「決まってるでしょ、航海に乗り出すんだよ!」
無邪気にはしゃぐ雫を見て、みなもは『はぁ……』と溜息を漏らすのであった。
<了>
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