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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女の背後の黒い鳥(1)
「全滅、でして……?」
 にわかには信じがたい報告に、白鳥・瑞科はその整った眉を僅かに寄せた。
 人類に仇なす組織や魑魅魍魎の類をせん滅する事を主な目的とした秘密組織、「教会」
 世界的な影響力を持つその組織の武装審問官である瑞科は、表向きの業務を終えた後日課となっている訓練をしている最中であった。地下にある訓練場で、まるで踊りでも踊っているかのような華麗な動きで彼女は訓練用の人形達を愛用のナイフで切り刻み、その服に埃一つつける事なく今日のノルマを終えようとしていた。そんな折に、動揺した様子の同僚が駆け込んできて告げたのは仲間の不幸についてだ。
「それは確かな情報ですわね?」
「ええ、深夜に急に通信が途切れて……先程、遺体となって見つかったそうよ」
 同僚の言葉に、聖女は天へと帰った死者達の安息を祈る。
「教会」の諜報部隊の一部が、近頃不可思議な殺人事件が相次いでいる街へと調査に赴いていた事は瑞科も知っていた。けれど、まさか誰一人として帰ってくる事が出来ないとは彼女であっても予想は出来なかった事だ。瑞科程ではないとはいえ、この組織に所属するに相応しい実力を持っている者ばかりだというのに。
「ただ事ではなさそうですわね。わたくしも、準備をしておいたほうがよさそうですわ」
 不穏な予感が、聖女の胸をよぎる。ちょうどその時、携帯している通信機が着信を知らせる音色を奏でた。通信の相手は神父……彼女の上司だ。確認せずともどんな要件なのかを察した瑞科は、その透き通った海のような青色の瞳に決意を宿らせた。

 ◆

 神父の口から語られたのは、やはり任務の事であった。無論、目的地は件の街である。その街に赴き、調査と共に元凶である者をせん滅する。それが瑞科に告げられた今回の任務の内容だ。
 相手の正体は分かっていない。果たして組織なのか個人なのか、人であるのか妖かしであるのかすらも。だというのに、瑞科はたった一人でそんな相手に挑もうとしている。他の者がいると、かえって瑞科の足枷になってしまう可能性が高いからだ。
「危険な任務になります。それでも、お願い出来ますね? シスター白鳥」
 それは問いかけではなく確認だった。神父には分かっているのだ。決して瑞科が、首を横になど振らない事が。
 その期待に応えるかのように、聖女は浮かべる。ひどく穏やかで、優しげな笑みを。全てを受け入れる聖母がごときその微笑みには、恐れや不安の色はない。
「愚問ですわ。神父様」
 淡い色に染まった花びらのような愛らしい唇からこぼれた言葉は、神父の予想通り肯定を意味していた。危険な任務を前にしているというのに、彼女の声はひどく落ち着いていて聞き心地が良い。
 神父が彼女へとこの任務を任せたのは、彼女の事を信頼しているからだ。「教会」屈指の実力者である瑞科の力を、経験と努力と共に磨き上げられてきたその才能を上司は信じている。そして、そんな彼以上に瑞科もまた自らの力を信じていた。
「今回の任務も、必ずや成功させてみせますわ」
 故に、その言葉は決して虚勢ではない。彼女は自らの勝利を疑わず、ただ真っ直ぐに前だけを見つめていた。
 自信に満ち溢れたその表情は、美しき女を更に魅力的に彩る。強く気高き彼女の眼差しに、神父は一度息を吐いた。それは彼女なら恐らく大丈夫だろうという安堵の息であり、瑞科の自信に満ち溢れた魅力的な表情に思わず見惚れてしまった吐息でもあった。彼女の美しさを前にすると、神に仕える者であろうと時に言葉を忘れてしまう。
「あなたなら、きっとそう言ってくれると信じておりましたよ。いってらっしゃい、シスター白鳥。あなたに神のご加護がありますように」
「お任せくださいませ。この白鳥、最良の結果を神父様にお届けいたしますわ」
 彼の期待と祈りを背に、聖女は向かう。諜報部隊が調査をしていた街。彼らを倒す程の実力を持った者がいるはずの、不可思議な殺人事件が頻発している場所へ。
 そしてそこは恐らく、今宵聖女の駆ける戦場になる事だろう。