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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女の背後の黒い鳥(2)
 ロングブーツが床を叩き、地中をノックしているかのような小気味の良い音を辺りに響かせる。瑞科が足を踏み入れたのは小さな公園だ。遊具等はなく、ベンチと花壇だけがある寂れたその場所に人けはない。
 それもそのはず、今は深夜な上、この場所ではつい先日謎の殺人事件があったばかりだ。今はもうその事件の痕跡は片付けられていて残ってはいないが、月明かりと切れかかっている街灯の微かな光だけが照らし出す公園内はしんと静まり返っていて不気味であった。
 不意に、街灯がプツリと一斉に消える。一気に周囲は暗くなり、ひんやりとした空気が肌を刺した。
(……来ますわね!)
 背後から迫ってきた気配に、瑞科は振り返る事もなくその腕を振るう。彼女の剣が、死角から奇襲を加えようとしていた影の体を切り裂き深紅の花を咲かした。
 息を吐く間もなく瞬時に聖女は跳躍し、別方向からの攻撃を避ける。純白のヴェールとケープをまるで天使の翼のようにはためかせながら、彼女は空を舞うと華麗に着地する。暗がりで見えにくいが、敵の数は十人程。どれも瑞科とさして背格好の変わらぬ人間のように見える。だが、瑞科に斬られようがうめき声一つあげないのは異常であり、人間らしさを感じず気味が悪かった。ぶらりと力の抜けた体でふらふらと歩き意思を感じられない腕で瑞科へと襲いかかるその姿は、まるで肉で作られた人形かゾンビのようだ。
「けれど、おそらくは違いますわね」
 冷静に相手の正体を探りながらも、瑞科は近くにいた影に革製の装飾のあるグローブに包み込まれた拳を叩き込む。手首まであるそれの下には、二の腕までの長さの白い布製のロンググローブがつけられている。神聖なるそれにもまた、細かくもきらびやかな装飾が施されていた。
 戦闘シスターである白鳥・瑞科の格好は、まさに聖女だ。ボディラインを浮き立たせる青に染まったシスター服は腰下の辺りまで深いスリットが入っており、彼女の美しき脚を惜しげも無く晒している。その美脚を覆うのはニーソックス。太腿に食い込んだそれはどこか扇情的で、人前に出たとしたら見る者の視線をさらう事だろう。コルセットは形もよく豊かな彼女の胸を強調し、シスター服の隙間から顔を覗かせる光沢のある黒のラバースーツは首下から全身を覆い、聖女の魅惑的な身体のラインをなぞっている。美しき彼女の魅力を更に際立てるこの衣服は、最先端の素材で作られた彼女専用の戦闘服であった。
 その戦闘服は瑞科の迅速な動きにもついていき、少しの衝撃程度では破れる事はない。この服に敵の攻撃が当たった事など一度もないので、どのくらい丈夫なのかは確かめようがない事であったが。
 しかし、今宵の相手はやはり少しばかりいつもの相手とは違う。その動きに無駄はなく、全て弾き返しているとはいえ一撃一撃も強力だ。今まで相当な訓練を重ねてきたであろう事が伺えた。
(この動き、見覚えがありますわ……)
 既視感に、瑞科は僅かに眉を潜める。彼女の中にあるとある予測が、大きく膨らんでいった。
 瑞科の回し蹴りが、影へと決まる。不意に何を思ったのか、瑞科はうつむきがちな相手の体を掴むとその顔を覗き込んだ。
 暗闇に慣れてきた目が、相手の姿をしっかりととらえる。視界に入ってきた見知った顔に、瑞科は息を呑んだ。
(やはり、そうでしたのね)
 影の正体は、先日この場所で死んだはずの「教会」の者達だった。けれど、それはありえない事だ。彼らは確かに亡くなっており、遺体はすでに埋葬してある。
 死者を復活させたのか。何者かが作ったクローンか。どちらも可能性は薄いだろう。
 瑞科にはすでに相手の正体に見当がついていた。その可能性も、すでに考慮していたからだ。なにせ、彼らの遺体につけられた傷は、彼らが所持していた武器による傷にひどく似ていたのだから。
 まるで挑発するように笑みを浮かべ、声高らかに聖女はその名を告げる。
「ドッペルゲンガー……!」
 それは、自分のあずかり知らぬところで動くもう一人の自分。出会ったら死んでしまうという迷信のある、怪異であった。