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平和の国(1)
「彼らが、帰って来た」
司令官は言った。彼ら、に関して、あまり触れたくはないといった口調である。
厄介者、なのであろう。
水嶋琴美は思案した。
自衛隊にとっての厄介者。一体どういった輩なのであろうか。
まずは、自分がそうだ。
19歳の小娘が、単独任務をいくつかこなして、それなりに実績を重ねている。
男社会に生きる自衛官たちにとっては、さぞ鬱陶しい存在であろう。
容姿には自信がある。広報の方が向いているんじゃないか、と陰口をきかれた事もあるほどに。
凹凸のくっきりとした身体は、タイトな女性用スーツに拘束されている。胸の辺りが、いささか窮屈ではある。
すらりと格好良く伸びた両脚には、黒のストッキングが貼り付いているが、本当は矯正など必要ない。
そんな肢体を佇ませながら、琴美は言った。
「この特務統合機動課そのものが……自衛隊という組織にとっては厄介者、と言えなくもありませんわよね?」
「そうだな。まあ我々よりはましかも知れんが、それでも厄介には違いない者たちが帰って来たのだよ」
司令官の、その言葉だけで、琴美は理解した。
「自衛隊の……実戦部隊を、自称しておられた方々?」
「もはや自衛隊とは無関係、という事に一応はなっている」
すでに退官という扱いになっているはずの者たちだ。
退官後、傭兵となって世界各地の紛争地域を飛び回り、活躍はしたらしい。
自衛官の、戦闘スキルの高さを証明してくれたと言えない事もない。
「自衛隊に必要なもの、それは実戦経験であると声高に主張なさっておられた方々ですわね。私、面識はありませんが」
「噂は聞いていると思う。そして、それら噂はおおむね真実だ」
自衛隊の海外派遣、その推進運動のような事を、かなり露骨に行っていた者たちであったようだ。
結果、自衛隊を辞める事になった。表向きは、円満な退官である。
「だが実際のところは、免職と言うか放逐に等しいものでな」
「こちらから辞めてやると言わんばかりに海外へ飛び出して……傭兵として大活躍の後、日本へ戻って来られたと」
「そして、日本で何をしようとしているのか。それを明らかにするために、ある偽の情報を流しておいた」
「東北の某県に、よくわからない研究施設が建てられたと……聞き及んでおりますわ」
琴美は言った。
「国のお金が相当、注ぎ込まれているとも。一体、何を研究していらっしゃるのかしら」
「さすが、耳が早いな」
司令官が、いくらか黒っぽい笑みを浮かべる。
「自衛隊の実戦経験不足を補って余りある、強力な大量破壊兵器の開発研究……という情報を、様々な筋にリークしてある。彼らが、これに食いついて何かしら行動を起こすようであれば」
「殲滅せよ……と」
琴美は微笑み、優美に背筋を伸ばして直立し、敬礼をした。
「……任務、拝命いたしましたわ」
装甲車が、木々をへし折りながら走っている。その振動が、車内に伝わって来る。
木ではなく、人間を踏み潰す。あの振動を、俺は忘れられなかった。懐かしくて仕方がない。
どこの国であったか。中東かアフリカのどこかであったのは間違いない。
テロリストどもを、ひたすら轢き殺した。村ごと装甲車で踏み潰し、地ならしをした。
逃げ惑う女子供を、小銃で狙撃する。これも貴重な経験だった。
自衛隊では、何しろ人を撃たせてくれなかった。まず射撃の訓練からして不足しているのが、自衛隊という組織なのだ。
人間が、撃ち殺される事はない。戦車や装甲車で、轢き殺される事はない。そう思い込んでいるのが、日本人という人種なのである。
このおめでたい生き物の群れを思う存分、撃ち殺す。轢き殺す。
そのために、俺たちは日本へ帰って来た。
今は、東北地方某県の山中で、大型装甲車を走らせている。
これまで俺たちが飛び回って来た国々とは比較にならないほど治安の堅固な、この日本という国で、俺たちが思い通りの事をする。そのためには、もう1つ2つ力が必要だからだ。
その力が、この先にある。山中の研究施設で、開発されている。
確かな筋からの、情報である。
「自衛隊の実戦経験不足を補って余りある、強力な大量破壊兵器……そんな謳い文句でしたねえ」
兵員10名を収容出来る車内には、俺も含めて4人がいる。
運転席には2名、合計6人。
自衛隊の頃からの仲間で、かつては9人いた。傭兵団として海外を転戦している間、3人が死んだ。弱かったからだ、と俺は思っている。
俺たち6人が生き残ったのは、強かったからだ。
強ければ、何をしても許される。戦場では、それが当たり前だ。だから俺たちも好きな事をする。
「私はあまり期待していませんが、まあ研究施設を確保しておくのは良いと思いますよ。私たちにも、日本での拠点が必要です」
「俺はけっこう期待してるぜ、その大量破壊兵器ってやつ」
「確かに自衛隊は、専守防衛って看板の裏で……いろいろ、やってたもんなあ」
「薄汚え野郎の集まりだからな、自衛隊ってのぁ」
俺は吐き捨てた。
「どいつもこいつも戦争やりたくてウズウズしてやがるくせに、口じゃあ綺麗事ばっかり……正直によぉ、させてやろうぜ?」
「おおよ。まずは俺たちが手本、見せねえとなあ」
1人が、牙を剥くように笑った。
「たまんねえぜ……俺ぁ、夢だったんだよ。この日本って国で、アレをやるのがよおぉ」
「アレとは何です。どのアレですか一体……武装勢力を、村もろとも焼き払ったアレですか?」
「村のガキどもを、バラして焼いて親に食わせたアレか? まあガキどもの中に、ちょっと可愛いメスがいたら、焼く前に俺たちが生で喰っちまったりもしてたんだがソレの事か?」
「全部に決まってんだろ! 全部だよ全部!」
「そうだな。強けりゃ何やっても許される……戦場ってものを、この国に作ってやろうじゃねえか」
「……二言は、ありませんわね?」
若い女の声が聞こえた、ような気がした。
「弱ければ、何をされても文句は言わない……そう解釈いたしますわよ」
俺は、思わず見回した。
運転席には、2人いる。
今、俺の視界の中にいるのは3人だ。俺も含めて4人。全員、迷彩の軍装に身を包んでいる。
……否。迷彩服をまとった男が、ここには5人いた。1人、いつの間にか増えている。
そいつは、フェイスガード付きのヘルメットで、首から上を完全に包み隠していた。
そして、女の声を発している。
「弱者として蹂躙される覚悟を、お持ちの上で……弱肉強食を、唱えておられる?」
「何だテメエ……!」
1人が、立ち上がりながら小銃をそいつに突きつけた。
そして死んだ。
顔面に、眉間に、細長い鉄の塊が突き刺さっている。
手裏剣、あるいはクナイか。今時もはやフィクションでしかお目にかかれない道具である。
そいつが、いつの間にか立ち上がり、フェイスガードとヘルメットを脱ぎ捨てていた。
艶やかな黒髪が、ふわりと大量に溢れ出した。
「ふふっ……忍法、超高速生着替え」
ふざけた言葉に合わせて、脱ぎ捨てられた迷彩服が宙を舞う。
綺麗な背中、しなやかな肩と二の腕、それに引き締まった左右の脇腹を、黒髪がさらりと撫でる。それが、まず見えた。
袖のない和服、とでも言うべきものを、その女は上半身に巻きつけ、胸の膨らみを窮屈そうに閉じ込めていた。下には、黒のインナーをぴったりと着込んでいるようだ。
美しく、そして若い女だ。小娘、と言ってもいい。
細身の小娘に見えて、その実、強靭に鍛え込まれた身体をしていた。
尻から太股にかけての曲線も、見事なものである。
短いプリーツスカートから、すらりと格好良く伸びた脚が、ロングブーツを履いたまま、男の屍を軽やかに踏みつけている。
柔らかく筋肉の締まった太股にはベルトが巻かれ、そこに何本ものクナイが収納されていた。
両手には革のグローブ。そこから形良い五指が露出して、白兵戦用と思われる大型のクナイを握り込んでいる。
その刃が、俺たちに向けられた。
「……戦場を、お見せしますわ。貴方がたの御存じない、戦場をね」
女が微笑む。
その笑顔を見て、俺は思った。
やはり日本人の女が一番、美しいと。一番、嬲り殺し甲斐がありそうだと。
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