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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女の背後の黒い鳥(3)
 周囲を取り囲む、かつての仲間と同じ姿の敵を瑞科の深い海のようなブルーの瞳が睨みつける。相応の実力を持ったはずの「教会」の諜報部隊が全滅に追い込まれた理由は、彼らと全く同じ力を持つ者達を相手にしたせいだったのだろう。クローン人間よりも誤差なく実力をコピーした異形達に追いつめられた彼らの胸中を思うと、瑞科はその整った眉を悲痛げに歪めるしかない。自らに殺されるというのは、さぞ無念な事だっただろう。今までの努力が、経験が、自分の強さが、自分自身を殺してしまうのだから。
 その上、ドッペルゲンガー達は本物が亡くなった今もなお動き、人々を襲い続けている。正義のための「教会」の者達の姿が、悪のために使われているのだ。死した彼らの魂も浮かばれない。
「けれども、その悪夢ももう……終わりですわ!」
 聖女のロングブーツの先端が、近場にいたドッペルゲンガーの一人の顎を蹴り上げる。ふわりと揺れるヴェールが元の位置へと戻るよりも前に、更に追撃。続けざまに足技を繰り出し、苦悶の声をあげるドッペルゲンガーの腹へと瑞科は連撃を叩き込んだ。
「教会」の者であっても、彼女の動きを目で追う事は不可能だ。瑞科は常に彼らよりも上を行き、彼らの前を走る。故に、彼らが瑞科へと反撃しようと武器を振るった時、もうその場に彼女の姿はなかった。いつの間にか宙へと跳躍しその魅惑的な身体を空へと舞わせていた瑞科は、彼らの背後へと華麗に着地すると同時に剣を振るう。目にも留まらぬ速さで鞘から抜かれていたそれは、鋭利な刃で異形達を薙ぎ払った。
 もはやこの場は、華麗なる聖女の独壇場。美しき彼女のための舞台。美しい軌跡を描きながら瑞科は戦場を駆け抜ける。シスター服の隙間から時折顔を覗かせるラバースーツの光沢は二重の意味で眩しく、彼女のボディラインを正確になぞるそれは異形であろうとも思わず見惚れてしまいそうになる程の魅惑を孕んでいた。
 不意に、一体の敵がバランスを崩し瑞科のほうへと倒れ込みそうになる。正攻法で瑞科に挑んでも勝ち目はないと悟った敵が、わざと味方を蹴り飛ばし瑞科を動揺させその隙を狙おうとしたのだ。けれど、そのような手は瑞科には通じない。囮となった敵を蹴り飛ばすと同時に、瑞科は振り向く事もなく背後に向かい拳を振るった。見事その拳は奇襲をかけようとしていた者へと叩き込まれる。
「仲間を盾になど、わたくし達はしませんわよ!」
 正義に反した彼らの行動は、却って瑞科の中にあった迷いを消し去ってくれた。仲間と同じ姿をしているが、中身は彼らとは違う。悪しき心に染まった異界の者なのだ。
 公園内を、閃光が支配する。雷……ではない。聖女の操る電撃が、ドッペルゲンガー達に向かい放たれたのだ。電流は彼らの身体を駆け抜け、その仮初の命を喰らい尽くした。
 倒れ伏したドッペルゲンガーは、すぅ、とまるで影のように消えていく。全ての敵を倒し終え、瑞科は髪をかきあげながら息を吐いた。「教会」の者達と同じ実力を持った者達を相手にしたというのに、瑞科の身体には傷どころか汚れ一つついていない。何人であっても、この聖女を汚す事は不可能なのだ。
 まだ任務は終わりではない。どこかにドッペルゲンガーが発生する原因があるはずだ。異界へと続く空間の切れ目があるのか。それとも、何者かが魔術で呼び出しているのか。
「とりあえず、神父様に任務について報告してから、調査を続け――」
 言葉の途中で、瑞科は後方へと跳躍した。先程まで瑞科が立っていた場所に、どこかからまるで投げナイフのように放たれた一本の剣が刺さっている。まだ生き残っている敵がいたのだ。
(速い……!)
 まるで風のように疾駆する相手は、走りながら地面に刺さった剣を回収するとまっすぐに瑞科へと斬りかかってきた。聖女の剣が、その刃を受け止める。甲高い音が辺りへ響き渡った。至近距離で相手の姿を確認した瞬間、聖女は愛らしい口角をあげる。楽しげに彼女は微笑みながら剣を弾き返し、瞬時に後方へと跳躍して相手と距離をとった。
「なるほど。これは……楽しい夜になりそうですわね」
 じっ、と彼女の扇情的な瞳が生き残りの敵の姿を見据える。そこに立っていたのは、シスター服を見にまとったロングヘアの女性。
 ――白鳥・瑞科のドッペルゲンガーだ。