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<東京怪談ノベル(シングル)>


―異種混合大海戦・3―

 みなものレーダーで捕捉した不明艦は、普通ならまだ見える筈のない距離からでも視認する事ができた。つまり、相当な規模の人工構造物であるという事を意味している。
「かなり大きいですね……工作船でしょうか?」
 巨大な船――と言うよりは、接岸していれば港湾施設とも見紛うほどの威容を誇る艦影に、海原みなもは驚嘆の声を漏らしていた。
「船ってレベルじゃないね。まるで海上の移動要塞だよ、これは」
 その隣に占位する、瀬奈雫も焦りを隠せないようだ。もし、この巨大な不明艦に敵意があったとしたら、そして武装していたら……そう考えると、背筋が凍る思いだったからである。
「でも、まだ一般ユーザーは参加してないんですよね? 敵は居ない筈ですよね?」
「その筈だけど……一応、警戒しながら様子を探ろう。みなもちゃん、イージスシステムフル稼働でね!」
 その声に、みなもが『ごくり』と生唾を呑みながら頷く。全ての照準が、巨大艦の上部構造物をロックする。あとはボタン一つで、全ての火器が一斉に火を噴く。原子力空母を一発で撃沈できる威力を持つ艦対艦ミサイルもスタンバイされている。
 一方の雫も、全ての砲火を不明艦に指向しつつ様子を窺う。が、その刹那。イージスシステムにロックオンされた不明艦から、慌てたような声が聞こえてきた。
「ま、待った! 本艦に戦闘の意思は無い、武装も無い! 此方は運用テスト中の移動海洋基地、『メガロード』だ」
 全周波帯で流されるそのメッセージは、システム管理者の特権。つまり、この巨艦の主は運営サイドの人間と云う事になる。それに攻撃を加えれば、たちまちルール違反でアクセス権は抹消され、二度とログインできなくなってしまうのだ。
「メガ……ロード?」
「そう、まだ設置段階でね。解説には記載していないが、本艦は全軍に対し中立の立場を取る海上保安施設なんだ」
 と、にわかに信じ難い言い分ではあったが、相手が運営サイドの人間だと分かった以上、矛を向ける必要は無い。二人の駆る戦闘艦は、巨艦からの誘導で眼前の開口部へと誘導され、スッポリとその内部へ収容されてしまった。どうやら、そこは補修・補給作業を行う為のドックであるらしい。

***

 艦から降り、巨大艦のデッキに『上陸』した二人は、作業員の姿をした男性から解説を受けていた。
「まだ建造中でね、装備も完全ではないんだが。ゆくゆくはこの艦をマップの中央に移動して、陸から遠い位置で行動不能になってしまった艦艇の救護を担う……まぁ、平たく言えば安全地帯、って訳だ」
「識別コードは……そうか、テスト中ですもんね」
 最初にこの艦を補足したみなもが、思わず引きつった笑顔を作る。隣では、戦闘準備を指示した雫が目を逸らしながら居心地悪そうにしている。
「ビックリしたよ。居住区の設備を作っていたら、いきなりロックオンアラートが聞こえて来たからね」
「スミマセン……もう、早く航海に出ようなんて、急かすからこうなるんですよ!」
「だ、だってぇ! 外敵が居ないうちに、艦の性能を試しておきたかったんだもん!」
 目の前で口論を始めてしまった少女たちに挟まれて、運営スタッフと思しき男性は話題を変えようとして、慌てて二人の間に割って入った。
「まぁまぁ……そうアツくならないで。ところで君たち、二人の艦はデフォルト装備のままのようだけど、思い思いにカスタマイズ出来る事を知っているかな?」
「え? それって、改造できるって事ですか?」
 まず、この話題に喰い付いたのはみなもだった。彼女の艦は現状では最新型と云う事になっているが、いずれカスタマイズした強敵に出くわした場合、現状の装備では敵わない可能性もあったので、それを危惧しての事だった。
「あたしの『利根』ちゃんに、ミサイル積んだりとか?」
 続いて、雫も乗ってきた。彼女もバランスの取れた装備を誇る艦をチョイスしたつもりだったが、魔改造を施したバケモノに遭遇すれば、どうなるか分からないと思ったようだ。
「出来るよ。ただ、条件はあるけどね」
「補修や燃料の補給に、ゲーム内通貨を使うと云う説明はありましたけど……」
「あ、改装費は割高とか?」
 違う違う、と男は苦笑いを浮かべた。そして『御馳走するよ』と云いながら、二人を自販機の前へと導いた。どうやら、長い説明になるらしい。
「ゲーム内通貨が必要になるのは、正解。だけど本題は、本来装備されていない武装や機関の交換などに制限があるよ、って事なんだ」
「どういう事ですか?」
 ずいと身を乗り出すみなもを抑えながら、男はモニターに図説を出して解説を始めた。
「例えば、君の『あたご』型。これは一万トン級の艦艇で、クラス的にはそっちの彼女の『利根』級と同じになるんだ」
 スクリーンに重ね合わせられる、二つの艦影。『利根』の方は全長が200メートルを超え、『あたご』より40メートル程大きい。だが、説明によるとこの二隻は同じクラスであると云う。曰く、クラス分けは5千トン毎の排水量で行われるようなのだ。
「で。条件と云うのは、1万トン級の艦船に、2万トン級の艦船用の砲塔や構造物を載せる事は出来ませんよ、って事なんだ」
「あ、トップヘビーになるからだね。『友鶴事件』でしょ、それ」
「へぇ、良く知ってるね。その通りだよ」
 驚く男性に、正解を唱えた雫がえへんと胸を張って鼻を鳴らす。
「ま、『友鶴事件』については後で調べて貰うとして。今の彼女が言った通り、自艦の排水量を超えるクラスの艦に装備されるものは付けては駄目なんだ。逆はオッケーだけどね」
「つまり、『あたご』に巡洋艦用の大砲を付けたり、雫さんの『利根』にイージスシステムを付けたり、って事も?」
「同一クラス内の艦に付られる装備なら、大丈夫だよ」
 へぇ……と、ゲームならではの『ワガママ装備』が実現できる事を知り、二人は感心していた。そして、それらの改造をこの『メガロード』で行える事も、併せて説明されていた。
「でも、これだけの設備を一人で管理するの、大変じゃないですか?」
「あっはっは! まさか。一人でやってたら目が回っちゃうよ。陸上施設と同じで、運営が一元管理するんだよ」
 その説明に、みなもは『なるほど』と頷いた。つまり、この『メガロード』は洋上プラットホームであり、海上に浮かぶ安全地帯。某巨大VRゲームでも、街の中での戦闘は禁止されていた。それと同じ事なのだな、と。
「これと同じ海上基地を、数か所に設置するんだ。これはその一号艦なんだよ」
「……凄い!」
 千メートル四方という広大なスケールの、海上の摩天楼。それがこの『メガロード』であったのだ。

***

 今回はサービスだという事で、燃料と弾薬の補給を受けた二人は、揃って『メガロード』のドックを後にした。
「いずれ、あのドックで修理や改造を……って事になるんですかね?」
「運営のお膝元だから、信頼はできると思うけどね。正直、あたしは嫌だな」
「そうですね。ピッタリ追尾されて、後ろからズドン、なんて事も考えられますしね」
 ひょんな事から、その準備段階を目撃する事になった運営サイドのサービス施設。だが、ゲームの性格上、敵味方の区別なく休戦状態が保てると言っても限度はあるだろう。そこを二人は危惧していたのだ。
 いざという時の助けにはなるが、依存はできないなと云うのが彼女たちの正直な感想であった。

<了>