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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― 『彼』はどんな人よりも女性らしい ――

「……カンスト、してしまってますね」
 現実世界でも日常スキルを使用しているせいか、いくつかがカンスト(上限到達)している。
「掃除、料理、洗濯の上限到達として上級スキル『メイド』――……ですか」
 松本・太一は苦笑しながら、新しく発現したスキルを見る。
「他にも化粧、身だしなみ、礼儀作法の限界到達で上級スキル『淑女』……」
 そして新たにNPCなどへの第一印象を良くする日常スキル『フェロモン』と『笑顔』を、いつのまにか習得していた。
 それと同時に『話術』『誘惑』『魅了』はNPCとの交渉などに有利らしく、見事に『女性』としてのスキルが格段と跳ねあがっていた。
「はあ、ここまでのスキルは望んでいなかったんですけどね」
 松本は小さなため息を零した後、ちらりと鏡を見る。
 そこにはどこからどう見ても『女性』でしかない松本の姿がある。
「お前さー、最近特に色っぽくなってないか?」
 休憩中、同僚が苦笑しながら話しかけてくる。
「もしかして彼氏でも出来たのか? 確か女って彼氏が出来ると変わったりするんだろ?」
(……性別変わってるからですよ、なんて言えませんよね)
 事情を知らない同僚達は、松本が最初から女性であったかのように話しかけてくる。
(侵食が進んでいるということなんでしょうね)
「お前って、他の女と比べて『黒さ』がないんだよなー。擦れてないっていうか、理想だよ」
「そ、そこまで言われるとさすがに照れてしまうんですけど……」
 元々は男なのだから、理想の女性と言われて嬉しいはずがない。
 それに、同僚達から話を聞くたびに、松本は不安になっていた。
(自分では普通の態度を取っているはずなのに、周りから見れば『理想の女性』と言われる)
 つまり、それは普段の自分の態度が少しずつ変化してきているということだ。
(自分で気づかないうちに、自分自身が塗り替えられていく……)
 それもたかがゲームの影響でこうなるのだから、LOSTは本当に恐ろしいと思う。
「なあ、一緒に食事にでも行かないか?」
「あ、いえ、まだ仕事が残っていますから」
「じゃ、じゃあ明日!」
「明日は出張なので……」
 松本が断ると、同僚は「はあ」と深いため息をつく。
 女性化が進んでから、同僚だけではなく会社外でもこうやって誘われることが多くなった。
(本物の女性なら喜べたのかもしれませんけど、私は『男』ですからね)
 男が男に食事に誘われて、何をどう喜べというのか。
(女性化が進んでいるというより、私が意識しないうちに男性の理想の女性にされているような、そんな気がするのは気のせいでしょうか……)
 社内でも、社外でもどうしても自分を見る男性の視線が気になって仕方ない。
(自意識過剰だって思いますけど、本当に見ている人がいますもんね……)
 会社から家までの距離で必ずと言っていいほど1回はナンパされてしまう。
 鏡を見ても他の人にはどんな風に見えているのか、と思うほど普通の『女』にしか見えない。
(……怖い、な)
 自分が人の理想に作り替えられていく。
 それがどれだけ恐怖を与えるか、恐らく松本にしか分からないだろう。
 現在の松本の状況は、強くなることへの自重をやめたせいでもある。
 今までは緩やかだった侵食が、ここに来て一気に加速を始めたのだから。
(……後悔しないって決めたんだから、泣き言をいうのはやめよう)
 松本は拳を強く握りしめながら、心の中で自分を奮い立たせるように呟く。
「松本くん、今日は一緒にディナーにでも行かないかね? 銀座の――」
 けれど、下心ありありで近づいてくる上司の姿を見て、せっかくの松本の決意も早速折れてしまいそうになるのだった――……。


―― 登場人物 ――

8504/松本・太一/48歳/男性/会社員・魔女

――――――――――

松本・太一様

こんにちは、何時もご発注頂きありがとうございます!
今回は女性化についてのお話だったのですが、
いかがでしたでしょうか?
気に入って頂ける内容に仕上がっていれば幸いです。

それでは、また機会がありましたら宜しくお願い致します。
今回も書かせて頂き、ありがとうございました!

2016/7/16