コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


名も無き者の覚醒


 両手に口、胸、脇の下、尻、それに両足。
 全身のあらゆる部分で、あたしは男どもを絶頂に導く事が出来る。男から、全てを搾り取れる。男を、自在に操れる。
 男を、殺す事も出来る。
 今までに大勢の男が、あたしの身体の上で、下で、死んでいったものだ。
 人間の男だけではない。オークの群れに、捕まった事もある。
 そのオークどもは最終的に、あたしの身体を奪い合って殺し合い、全滅した。
 男殺しの女傭兵として、随分と鳴らしたものである。
 あの頃の自分が、久しぶりに甦っていた。
 魔女たちが宛てがってくる男どもを、あたしは片っ端から搾り尽くしてやった。
 どれほど紳士ぶった男でも、あたしがこうして胸元の開いたメイド服を着て媚態を作る、それだけで欲望丸出しの獣になった。
 浅ましい獣と化した男どもを、あたしはまず自慢の胸の谷間で挟み込んでやる。舌を遣い、指も遣う。
 それだけで、涸れ果てて死んだ男もいる。
 順番を争って、殺し合った男たちもいる。
 かわいそうで滑稽な男たちがぶちまけるものを、あたしは全身に浴び続けた。
 淫臭にまみれながら、あたしは楽しい時を過ごしている。が、気に入らない事がないわけでもない。
 まずは、このコールタール臭いブロンズ像だ。
 悪趣味なほど良く出来た、若い女の像である。あたしが男どもで遊んでいると、必ずガタゴトと物言いたげに震え出す。鬱陶しくて仕方がない。
 それと、もう1つ。ここの魔女たちだ。
 この連中が、あたしをメイドとして働かせている。
 どういうわけか、この魔女どもに逆らう事が出来ない。
 生まれた時から自分は、魔女に仕えるメイドであった、ような気すらしてしまう。
 そして魔女どもは、あたしをイアル・ミラールなどと呼ぶ。
 違う。あたしは、そんな名前ではない。
 あたしは、男殺しの……
「イアル・ミラールなのだよ、お前は」
 誰だ、お前は。
 馴れ馴れしく、あたしの中から話しかけてくる。気に入らない奴だ。
「魔女たちは、こんなやり方で私をイアルの中から追い出せると思っているらしいがな。それによってまさか、お前の自我が甦ってしまうとは……頼む、眠っていてくれ。名無しの女傭兵よ、お前には本当にすまないと思っている」
 名無しだと。ふざけた事を言うな、あたしは男殺しの……
 思い出せない。あたしは、自分の名前を思い出せない。
「私が、ここの魔女たちと同じ秘術を用いて……お前の名前を、奪ったのだ。お前を知っている者がいない状態を、作り出さなければならなかった」
 待て。お前の声、聞き覚えがある……ような気がする。
 お前は、あたしから何かを奪った。そんな気がする。
「そして、お前は王女イアル・ミラールとなった」
 イアル・ミラール。その名前にも、聞き覚えがあるような気がしてきた。
 あたしの頭の中で、妙に忌々しく響く名前だ。
「私はミラール・ドラゴン……お前から、全てを奪った者だ。お前が憎むのは、私だけで良い」


 銃撃の反動が、茂枝萌の小柄な細身を震わせた。
 子鹿のようにしなやかな、だが女らしい起伏にはいささか乏しい細身。着用しているのは光学迷彩機能を有する戦闘服だ。その機能を使う必要が、もはやなさそうではあるが。
 サブマシンガンの銃口からマズルフラッシュが迸り、殺戮の光景を照らし出す。
 人造生命、の類であろう怪物たちが、銃弾の嵐に引き裂かれてゆく。
 魔女たちが、番犬あるいは兵隊として使っている生き物たちであろう。
 魔女結社の拠点である高級ホテル。その最上階、魔女たちが上客をもてなす饗宴の場として使っていた広間である。
 番兵の怪物たちは、銃撃で一掃した。
 だが。身にまとうローブで銃撃を跳ね返しながら、怒り狂っている者たちがいる。
「くっ……IO2の牝犬がああッ!」
 魔女たちだった。
 怒声とともに魔力を放ち、炎を、電光を、ぶっ放して来る。
「お前も! お前も、本物の犬にしてやる!」
「ふん、生意気で可愛い嬢ちゃんじゃないか。お前なら、いい客が付くよ!」
 そんな言葉と共に襲い来る、炎の渦を、電光の矢を、萌は右手の得物で切り払った。
 左手でサブマシンガンを握ったまま、右手のそれを一閃させた。
 高周波振動ブレード。
 激しく震える刃が、炎の渦を切り散らし、電光の矢を粉砕する。
 斬撃による防御を行いながら、萌は踏み込んでいた。
 ぴったりと戦闘服をまとう少女の細身が、疾風となって魔女たちをかすめる。
 高周波振動ブレードが、連続で閃いた。
 銃撃を跳ね返すローブが、中身の肉体もろとも両断されていた。
 両断された魔女たちの屍が、様々なものを床にぶちまける。
「抵抗は無駄……貴女たち魔女結社に、IO2と戦うだけの力は残っていない」
 言いつつ萌は、広間の片隅に飾られている、ブロンズの女人像に視線を向けた。
「彼女との戦いで、貴女たちは戦力を消耗し尽くしてしまった……虚無の境界、本当に良い仕事をしてくれたね」
 聞いている者はいない。魔女たちは1人残らず、ちぎれたボロ布のような屍に変わっている。
 屍、ではない者が1人だけいた。
 萌は思わず、目を見開いた。
 大きく開いた、メイド服の胸元。柔らかく豊かな谷間。そこに、どうしても目が行ってしまう。
 谷間など形成されない己の胸に、つい片手を当ててしまいながら、萌は声をかけた。
「イアル……」
「……だから誰だよ、イアルって……」
 呻きながらイアルが長剣を振りかざし、襲いかかって来る。
「イアル・ミラール……なんて名前じゃない! あたしの、ちゃんとした名前を返せ! さあ返せぇえええええええ!」
「イアル・ミラール……それが、貴女の名前」
 哀れみを、冷たい言葉で包み隠しながら萌は、携行してきたものを軽く掲げた。
 5匹の龍、の彫刻で縁取られた、手鏡である。
 何年か前に、欧州某国の遺跡で発掘された品、であるらしい。
 IO2と馴染みのあるアンティーク・ショップで、萌が自腹で購入した。
「経費で落とすには、任務で役に立てないとね。貴女の中にいる鏡幻龍の魔力と、共鳴させて……と、これで良し」
 胸元露わなメイド姿で剣を振り上げたまま、イアル・ミラールは硬直していた。
 まるで時が止まったかのような状態のまま、彼女は閉じ込められていた。棺のような、氷の中に。
 萌はスマートフォンを取り出した。氷の棺を運ぶために、人手を呼ばなければならない。
 いや、もう1つ運ばなければならないものがある。
 コールタール臭を放つブロンズ像に、萌はちらりと眼差しを向けた。
 IO2エージェントと、虚無の境界の生体兵器。
 これまで数えきれぬほど死闘を繰り広げてきた間柄である。このまま粉砕してしまうべき、なのかも知れない。
 だが萌は、少しだけ私情に走る事にした。
「粉々にして殺せる保証もなし……役に立ってくれたのも事実。助けてあげると、しましょうか」