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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼女の背後の黒い鳥(4)
 疾駆する瑞科に合わせ、身に纏った青のシスター服は揺れる。スリットから覗くニーソックスに包まれた艶やかな脚は、すらりと伸びていて美しくこの場にもし観客がいれば歓声をあげていた事だろう。だが、生憎とこの夜の公園にいるのは瑞科と、悪趣味なモノマネ師だけだ。
 対峙する相手の鋭く速い一撃を、聖女は怯む事なく剣で弾き返す。相手は確かに瑞科の形を真似た姿をしていたが、生まれたばかりなせいか全身は漆黒に染まっていた。さながら、立体的な動く影だ。
 こうして、自分の姿を真似た存在が出てきたのだ。この惨劇の正体がドッペルゲンガー、あるいはそれに似た怪異である事は間違いないだろう。再び迫ってきた相手の剣を、白き鳥の名を持つ聖女は瞬時に横へと跳ぶ事で避ける。同時に、彼女は手をかざし電撃を打ち出した。空を駆ける電流が闇夜に輝く。まっすぐと標的へと向かうそれは、さながら必中の矢。避けようとした影の身体を、容赦なく射抜く。
 襲いかかる衝撃に、影の動きが僅かに鈍った。その隙を付き、瞬時に距離を詰めた瑞科は銀色の鉄槌を下す。磨き上げられた鋭い剣は、遠目に見るとまるで巨大な十字架のようだ。銀色の刃で身体を斬られ、ドッペルゲンガーは声なき悲鳴をあげた。
「あら、避けれないだなんて……わたくしの偽物だという自覚が足りないのではなくて?」
 穏やかに微笑む瑞科とは対照的に、黒い影の胸中にはもやもやとした疑問がうずまき始める。確かに自分は、そっくりそのまま瑞科を真似た存在のはずだ。けれど、瑞科のほうが自分よりもずっと動きが速い。人間ならあるはずの自分自身と戦う事に対する迷いや恐れが彼女にはなく、その瞳はただただ強い存在と戦える事に対し歓喜の色を宿していた。故に、本来なら感情などというものに左右されない怪異である自分が有利なはずの戦いで、遅れをとってしまっている。
 それでも、コピーであるはずの自分は瑞科とは対等な力を持っているはずだ。このように、目に見えて力に差が出来るはずなどないというのに。
 影は先程の瑞科の真似をするかのように、その剣を振るう。素早き剣舞で本物へと襲いかかる。だが、影の剣の切っ先が聖女に触れる事はなかった。影は状況を理解するよりも前に、いつの間にか背後へと回っていた瑞科からお返しだとばかりに背中へと強力な一撃を叩き込まれる。
 圧倒的だった。瑞科本人のほうが、ドッペルゲンガーよりも速く、しなやかで、強い。その理由が分からぬまま、仮初のコピーはまるで足掻くように聖女へと向かい拳を振るう。
「お遊びの時間はもうおしまいですわよ! そろそろ本気を出してくださりませんこと?」
 しかし、背に白い翼でも生えてるかのように華麗に彼女は跳躍し、その攻撃すらも避けてみせた。そして、着地すると同時に繰り出されるは風を味方につけた回し蹴りだ。スリットから惜しげも無くその美脚を覗かせながら、瑞科は片足を軸に身体を回転させる。
 重く力強い一撃。その女性としての魅惑に溢れながらもスレンダーな身体のどこにそんな力が眠っているのか、美しき彼女の底知れぬ強さに影はようやく悟った。自分は彼女の事を、コピーする事などできていなかったのだ、と。 
 ドッペルゲンガーであっても、瑞科の全てを真似る事は出来なかったのだ。彼女の他の追随を許さぬ力強さと美しさは、僅かな時間でコピーしきれるものではなかった。ドッペルゲンガーは、瑞科と同じ実力……隣に並べる程の力を得る事は叶わず、彼女の後方で届かぬ程前にいる聖女の背を追っていたに過ぎなかったのだ。本物と偽物の、圧倒的な差がそこにはあった。
 それに、もし万が一完全にコピーする事が叶っていたとしても、その動きに体が耐え切る事は出来なかっただろう。制御出来ない力は、自らの体にかかる負担も大きい。瑞科の強さは、彼女以外の者が手にした場合自らをも傷つける諸刃の剣だった。
 完全にコピーしきれていないというのに、それでも体にかかる負荷は大きく、すでにドッペルゲンガーの身体には亀裂が走っている。
 長くはもたないと察した影が次にとる行動は、本物に抗おうとする事でもなく、その場からの逃走であった。恐らく、瑞科ではなく別のものを相手にし悪さをするつもりなのだろう。仮にも瑞科のドッペルゲンガーだ。瑞科には叶わない力だが、他の者に対しては相当な脅威である。
「あら? まだお話は終わってませんのに……落ち着きのない方ですわね」
 瑞科がその後をすぐに追わなかったのは、ある狙いがあったからだ。美しき微笑みを浮かべ、聖女はしばしの休息をとる。傷どころか疲れや不安一つなさそうに凛と前を見つめている彼女は、優雅にその場へと佇んでいた。
「そろそろよろしいかしら……。さて、鬼ごっこの始まりですわよ」
 そして、音もなく彼女は疾駆し逃げる影を追い始める。
 影は恐らく知らぬのだ。すでに自分は、瑞科の掌の上にいるという事を。逃げ出す事すら、彼女の予想通りだという事を。
 白鳥・瑞科を悪戯に真似た事は実に無謀でおこがましく、相応の報いを受けるべき事なのだ。