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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


素敵な世界を教えてくれた恩人の貴女に。

 …それは、趣味人たる魔法薬屋に感化された、とある魔法道具研究者の向上心から始まった。

 元を辿ればいつもの事と言えばいつもの事。別世界より異空間転移してこの世界に訪れた、紫色の翼を持つ竜族であるシリューナ・リュクテイアが発端と言えば発端。そもそも彼女が居なければ、そして彼女がこの魔法道具研究者にその「魅力」を伝える事が無ければ――「それ」が魅力であると受け止めるだけの資質が魔法道具研究者の方に無ければ、今日「こんな事」にはならなかった筈である。
 当初、この魔法道具研究者はシリューナとはちょっとした知人でしかなく、シリューナにとっては魔法的な伝手の一つとして頼まれ事をしたりされたりもしはするが、特にはっきり『同好の士』と言う程では無い相手ではあった。
 それは魔法道具研究者である彼女の方も「全く興味が無い」と言う訳では無さそう、ではあったのだが…少なくとも「そこ」に最上の価値を見出す程の趣味人では無かった訳である。…こちらの彼女の場合、面白い効力を持った道具を次々とたくさん作り出すのが身上、魔法道具の機能向上を目指して研究をする事自体に最上の価値を見出していた訳で――つまり、根本的なところで少々シリューナとスタンスが違ってはいた。

 …の、だが。

 いつ頃からか、そのスタンスの差があまり無くなって来た。…何と言うか、言ってしまえばシリューナに感化されて色々目覚めてしまった、のである。シリューナが様々な品々の造形美を語り、研究者の彼女の魔法道具にもその美しさを求め始めた事、更には封印魔法やら何やらで魅力的な素材(主に妹のように可愛がっている同族の弟子)を素敵なオブジェに仕立て、愛でる愉しさまでもを事ある毎に語り捲り、研究者の創り出した魔法道具がシリューナの手でどうやって使われ、どの機能がどんな効力を齎しどんな結果が出るか等々、シリューナの言動の端々から滲み出るめくるめく趣味の世界が――それらを聞かされ、見せられている魔法道具研究者の方でも、本当に魅力的に思えて来てしまった、と言うか。
 シリューナにしてみれば、そうなれば己の趣味を語り合える同好の士が増えると言う訳で、大歓迎ではある――勿論、行き過ぎない程度に適度なところで趣味の話を止めておこうなどと野暮な事を考える訳も無い。むしろ目覚めたてのルーキー(?)を前にすれば、逆に煽り立ててどんどん指南、コチラの色に染めて行きたくなると言うものでもある。
 結果、魔法道具研究者の彼女は素直にシリューナに影響され捲り、いつ頃からか――魔法道具自体の機能、効果効能効力だけではなく、造形美の方にまで完璧に興味が向いていた。機能だけでは無く見た目や感触も重視。共に最高に、完璧になるよう、とことんまで追求し研究を重ねている。
 …元々、研究する事自体に最上の価値を置いていた研究熱心な女性だった為に、少々スタンスはズレたとは言え、やっぱり結局全く妥協せず研究に没頭、そして最近は――取り込んだ魔力を凝縮し蓄積、任意で長時間放出する魔法道具、を作り出そうと研究していたところになる。…勿論、これもまた「めくるめく趣味の世界」を念頭に研究されている魔法道具、でもある。道具本体の造形も然る事ながら、機能の方でもソチラの世界に応用出来そうかな、とも思っている。
 但し、そうやって使う為には、取り込んだ魔力を任意で自在に操れるよう、ぴったり一定量を放出し続けられるよう、安定させる必要がある――人の手だけでは「一定に」と言うのがまずなかなか難しい。だからその為にこそ機能を調整された魔法道具の力を借りる訳である。ごく繊細に、僅かな揺らぎもさせてはいけない――その効果を得られるように魔法道具の機能を設定しなければならない。その為の調整は、どれだけ心を砕いても、足りないとも言える。

 …事実、現時点では悉く失敗続き。

 必ず何処かに、綻びが出来てしまう。…その辺の「些細な揺らぎ」は魔法道具を使う使い手が使う時に適宜調整すればどうとでもなる事じゃないのか等々、魔法を旨とする者たちからは呆れてしまわれそうではあるが――それでも研究者としてはより高みを目指してしまうのが、当たり前と言えば当たり前。ほんの少しずつの遅々とした歩みでも、より完璧に近付こうとずっと努めて今に至る。
 が、やはりと言うか何と言うか、現時点では完成――と言うか研究者自身が納得出来る出来――までには程遠い。
 最近は、根の詰め過ぎなのか――どうにも気が滅入ってしまってもいる。

 …このままでは出来るものも出来ない。

 そう焦った研究者の彼女は――目先を変えて、少々気分転換をする事にした。まだ調整し切れていない、未完の魔法道具――の機能を転用、まるで宝石のように見える「魔法道具の核」を試作し、有用な研究データ取りも兼ねて少々悪戯をする事にした。調整し切れていないと言う通り安定化に少々難のある代物だが、この「悪戯」をする分には充分用が足る――と言うか、安定していないからこそ「この悪戯」が出来るとも言うのだが。そして今後の研究に役立つデータも取得出来るとなれば、一石二鳥ではないかとも思う訳で。

 ともかくそれで、研究データの犠牲――もとい取得、に協力して貰う相手は、当然、決まっている。
 素敵な世界を教えてくれた、恩人の貴女に。



 はわー、と何やら感心した様子で、好奇心の赴くままにきょろきょろと研究室内を見回しているのはファルス・ティレイラ。この部屋を見てそこまでの反応をして貰えると、研究者の彼女の方でも素直に嬉しくはある。…いい子だ、と思う。…シリューナが「趣味の世界」絡みの話をする際、良く話に出て来るシリューナの同族であり弟子でもある少女。殆どシリューナの妹、と言っても過言では無いのだろう相手。シリューナにとっては特別なのだろう存在、でもある。
 だからこそ今日は、シリューナに――そのティレイラを連れて一緒にこの研究室に来て貰っている…とも言える。

 …そう、シリューナの話によく出る「件のお弟子さん」に、研究データの取得に協力してくれるよう頼んでみた結果が、今になる。

 シリューナ相手にそう話を転がせば、まずシリューナ自身も付いてくる。…シリューナの薫陶を得た結果、研究者の彼女が「協力」の名目でティレイラに何か「素敵な事」を仕掛けようとしているのだろうと当然のように裏を読み。そしてそういう事なら私を抜きは無し、とばかりに、シリューナもまた嬉々として頼みを引き受け、ティレイラを連れて来るお膳立てもしてくれるだろうと読んでいた。
 そして、その読みもまた、当たり。
 状況は思惑通りになっている。

 何にしろ、当のティレイラは余程魔法道具の研究施設が珍しいのか、好奇心に目を輝かせたままできょろきょろそわそわと落ち着かない。その目の前に、研究者の彼女は、はい、とばかりに「件の魔法道具の核」を差し出した。不意に差し出されたそれを見て、ティレイラは、わ、とびっくりしたような声を上げつつ目を見開く。
 それから、おおおお、とばかりに感嘆の声を上げつつ差し出された「件の魔法道具の核」に顔を近付け、じいっと見つめている。…それだけの反応でも、何と言うかまた、可愛らしい。

「…えっと…これがデータ取得したいって言う、魔法道具の核なんですか? 凄く綺麗…」

 実際、この「魔法道具の核」はまず装飾品にしか見えないだろう。…装着し易いようにそう作った。これもまた造形、見た目を重視。着けたくなるように、綺麗なモノが好きなシリューナなら食指が動くだろう形に。
 と、元々シリューナを狙って作ったモノでもあるが、弟子であり妹のようなものでもある同族のティレイラもまた、こういった綺麗なモノに食指が動くタイプであるらしい。…まぁ、環境が環境となれば無理も無いか、と思う。ある意味ではそれを想定してもいた、とも言えるし。
 ともあれ、差し出された通りにティレイラは結構あっさりその「魔法道具の核」を受け取った。研究者の彼女は安心させるようにティレイラに頷き返すと、その「魔法道具の核」を装着するようティレイラに促す。シリューナもまた、研究者の彼女に続いてティレイラに頷いて見せる。
 二人からそうされたティレイラは――何やら良からぬ想像(データ取得の名目でまた魔法を掛けられて遊ばれるのでは…とか事実全くその通りの事を狙われているのだが)をしたようで少し渋りはしたのだが、少し間を置いてから――意を決したように、結局素直に装着した。…やっぱりいい子である。くるくると表情が変わり、一つ一つのモーションが元気溌溂としている姿は文句無く可愛らしいし、その上にいい子だとなれば――シリューナが事ある毎に自慢するのも良くわかる。

 …そしてその「動き」が止まっても、可愛らしい事は変わらない。

 手渡した「魔法道具の核」を素直に装着した瞬間、覚悟を決めてぎゅっと目を閉じて縮こまった瞬間の姿を切り取り、ティレイラはぴたりと動きを止めている。まるで美しく透き通った宝石のように結晶化し――これで、ティレイラ自体を、研究対象そのものである魔法道具に仕立てた事になる。
 理屈としては、ティレイラの魔力を借りて、研究中に行き詰まっていた「揺らぎ」部分の補強をさせて貰ったような事になる。装着された「魔法道具の核」が装着対象であるティレイラの持つ魔力を収集、凝縮し、その作用として――核と共に一気に結晶化する。結晶化したならその時点で安定は成る事になり、これで一定の魔力を放出する魔法道具は完成、となる。
 つまりは今回ティレイラが務めた部分、引き算をしてその「補強分」のデータだけを取得さえすれば、後に魔法道具を創る為の有用なデータになる訳で…と言うかそれ以前にこの姿がもう綺麗で可愛いのである意味研究者の彼女の方でも既に満足とも言えるのだが。

 …が。
 研究者の彼女としては、やりたい事がもう一段階ある。

 それは、シリューナの方。
 目の前で一気に結晶化、魔法道具と化したティレイラの姿に感嘆の声を上げているシリューナこそが、研究者の彼女にとっては今回の本命である。…今はもう、シリューナは完全にティレイラの方に気を取られている。そっと手を差し伸べ、透き通った結晶体様になっているティレイラの頬につと指先を滑らせて――うっとりと滑らせたところで。

 研究者の女性は、こっそりもう一つ用意していた「魔法道具の核」をすかさずシリューナに取り着けた。シリューナは完全に油断していたのか、防御も何も反応する間も無くその瞬間に一気に固化する――新たな「魔法道具の核」と共に、ティレイラとお揃いの、透き通った宝石のような結晶――もう一つの魔法道具と化している。
 そこまで成功した時点で、よし! とばかりに研究者の彼女は大はしゃぎ。…ティレイラを上手く巻き込めればシリューナは油断はするとは思ったが、ここまで綺麗にキマるとまではさすがに思っていなかった。そして「そんな姿」な二人を前にした時点で、確かにこれは素敵ね、と研究者の彼女の方でも、うっとりと暫し見つめて鑑賞してしまう。

 …が。

 はっ、と気が付き、研究者の彼女は我に返る。ここはまず、研究用のデータを取得するのが先。折角、ティレイラだけでは無くシリューナでも成功したのだから比較対象は多ければ多い程有用なデータになる――鑑賞するのは後回しでも充分間に合う。思い、「二つの魔法道具」の魔力状態を計る――その為に、直に手で触れる。触れた時点で、硬質のひんやりした感触がまた心地好いと反射的に感じてしまい、離れ難くなってしまった。これもデータ取得の為と己に言い訳しつつ――でも目にもあやで感触も極上となれば、こうしている今、最早データ取得が目的なのか鑑賞が目的なのかわからなくなっても来るもので。

 そう一頻り煩悶した後、結局、研究者の彼女は――まぁ、両方兼、って事で、と開き直る事にする。そうなればもう独壇場。何も悩む事は無い。ティレイラとシリューナの「二つの魔法道具」は惚れ惚れする出来映えである。シリューナが言っていたのはこれね、これなのね、と見れば見る程しみじみ実感、感動しながらも、鑑賞の――そして同時に研究、の手は止めない。…止まらない。

 まるで普段、シリューナがオブジェと化させたティレイラを鑑賞している様そのままに――研究者の彼女は「二つの魔法道具」の造形を堪能し、夢のような時を暫し愉しむ事を選ぶ。





 …取り敢えず、後の事は、後の事。

 そう。機能を追求する事しか頭に無かった自分に、こんな素敵な世界を教えてくれたのは貴女自身なのだから。
 このくらいの事で怒ってしまう程、心が狭くはないわよね? ねぇ、シリューナ?

【了】