|
二人のアリア
「あっつい……から、アイスがよく売れる……のは良いんだけど、半端な売れ残りは困る……」
七月のある日、アリア・ジェラーティ(8537)は台車を引きながら、アイスキャンディーを売り歩いていた。
流石に七月ともなると午前中から暑く、アリアが売るアイスキャンディーは飛ぶように売れている。人が多いオフィス街や駅前、公園などを通り、今は住宅地を歩いていた。
しかしお昼を過ぎた頃になると客の姿が見えなくなり、売れ行きが悪くなる。だがアイスクーラーには、残り二本のアイスキャンディーがあるのだ。
涼し気な美少女の外見をしているアリアは、見た目に反して熱い商売根性を持っている。
どうしても売れ残りを何とかしたくて歩き回っているうちにふと、見慣れた店の前まで来ていたことに気付く。
「……アレ? ここって……アンティークショップ・レン? 別に買いたい物はないけれど……、売りたいモノは、ある。ちょっと……寄ってみよう」
台車を店の前に置いて、アリアはドアを開ける。
「いらっしゃいませ。ようこそ、アンティークショップ・レンへ」
しかしアリアは店内に見慣れぬ女性がいることに驚いて、その場で立ち止まった。
「えっと……、あの、店長さんは……?」
「店長はただいま、外出中でございます。代わりに私が」
どこか人間離れした雰囲気を持つアリア(NPCA044)は、淡々と語る。
「ご用件は何でしょうか?」
「うん……と、アイスキャンディー……、いかがですか? 冷たくて……、美味しいですよ」
「アイスキャンディーをお売りに来たんですか?」
「うん、そう……」
店員のアリアはふむ……と腕を組み、グルッと店内を見回す。外が暑いせいか、この店には二人のアリアしかいない。外にも人の姿はなく、しばらくは誰も来そうにない――。
そう判断した店員のアリアは、アイス売りのアリアに頷いて見せる。
「それでは一本、売ってください」
「ありがとう、ございますっ……!」
店員のアリアの勧めで、アイス売りのアリアは涼しい店内で休憩することにした。
二人はカウンターを間にはさみ、イスに座ってアイスキャンディーを食べ始める。
「でも……良かったの? アイスキャンディーの代金……、二人分出してくれて……」
「ちょうど暇をしていたので、話し相手になっていただければ良いですよ」
店員のアリアが言うには店主は朝、開店と同時に外出したらしいが、今まで客は全く来ないらしい。
もっともこの店は特殊で、店の品物が客を呼び込む。客が来ようと思って来られる店ではない為に、下手をすると誰も来ない日が数日続く事もあるようだ。
「……ところでお店の中、何でこんなに涼しいの?」
アイス売りのアリアは、店内がヒンヤリしていることを不思議に思う。クーラーも扇風機もなく、風も感じないのに何故か肌が冷える。
特殊な能力を持つアリアでも、何が原因なのかが分からないところが恐ろしいのだ。
すると店員のアリアは、サッと視線をそらす。
「それはまあ……企業秘密、ということで。季節が夏になった途端に店主が倉庫から『何か』を持ち出して店内に置いたらしく、そのせいで涼しいそうです」
「……そう」
詳しく聞いてはいけない――、そうアイス売りのアリアは直感的に察した。
「あっ……、自己紹介、まだしていなかった……。私はアリア・ジェラーティ、アイス売りをしているの……」
アイス売りの少女の名前を知り、店員のアリアは眼を丸くする。
「『アリア』? あなたも『アリア』というお名前なんですか?」
「それじゃあ……」
「ええ、私も『アリア』という名前です。正式名称はアリアンロッド・コピーですが」
「……『正式名称』?」
店員のアリアは何故自分が今ここで働いているのか、アイス売りのアリアに語って聞かせた。
話を終えた頃にはアイスキャンディーを食べ終えていて、店員のアリアは麦茶をグラスに入れてカウンターに置く。
アイス売りのアリアはグラスを両手で持ち、麦茶を飲んでため息を吐いた。
「……結構、波瀾万丈な人生を送ってきたんだね」
「まあ過ぎてみれば、あっと言う間でしたけど。今は充実した日々を送れて、楽しいです」
ニコッと微笑む店員のアリアは、確かに満ち足りているようだ。
そこでアイス売りのアリアは窓の外がオレンジ色に染まりつつあるのを見て、慌てて立ち上がる。
「いけない……! そろそろ帰らなきゃ……」
「ああ、もうこんな時間ですか。長くお引き止めして、申し訳ありません」
「ううん……。いっぱいお話しできて……楽しかった」
「そうおっしゃってくださると、嬉しいです。また来てくださいね」
「うんっ……!」
店員のアリアに見送られながら、アイス売りのアリアは店を出た。
「……今日はアイスキャンディー、完売したし……、新しいお友達ができた……。良い日だったの……」
軽くなった台車を引きながら、アリアは家への道を歩く。
そこでふと、アリアは店主が以前言っていたことを思い出した。
「あのお店には……縁がないと、たどり着けない……。それなら今日の『縁』は……彼女と、出会うこと?」
結局店主は帰って来なかったし、品物を売り買いすることもなかったのだ。客が店に来ることもなく、ずっと二人っきりの時間を過ごした。
今日はただ彼女にアイスキャンディーを二本買ってもらい、一本貰って食べて、そして楽しくお話をしただけ――。
「……でも、それならステキ。また、近いうちに行こう……」
次に会う時には同じ名前である自分達をお互いどう呼び合うか、その事について話し合おうと思う。
<終わり>
|
|
|