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捕獲のつもりが捕獲され
ファルス・ティレイラは、息を呑んだまま辺りを伺っていた。
(まだ、来ていないわね)
ほっと息を吐きつつも、大きな赤の目をきょろきょろと動かす。周りにはたくさんの美術品が並んでおり、そのどれもが美しい。
「このどれもが、魔法の美術品なのよね」
ぽつり、とティレイラは呟く。
魔法使いの女性から相談があったのは、今朝のことだった。
館に貯蔵している美しい美術品を盗む魔族がいるのだ、と。毎夜一つずつ持っていかれており、罠を張ろうが見張ろうが、盗まれていってしまうのだという。
「それなら、私が捕まえますっ!」
にっこりと笑って、ティレイラは言い放った。力なら負けるとは思わなかったし、魔法だって修行中とはいえ、一応は使える。
魔族に負けるはずが無い。
そう、固く信じて。
夜が更けてきた頃、ティレイラはふわ、と欠伸をしていた。
最初こそ意気込んで目を光らせていたものの、緊張は徐々に解けていっていた。
「いい夜だなぁ」
ぼんやりと、窓から外を見る。満月だ。まん丸の月が、ティレイラの目の中に光を届ける。
(あ)
ふと、光の中に影が走った。ティレイラが確認すると、その影は人の形をしているように見える。
(来た?)
どくんと震える心臓を押さえつけ、ティレイラは身を潜める。人影はあっという間にティレイラのいる部屋に姿を現し、目踏みするようにゆっくりと歩き出した。
少女だ。少女の姿をしている。
ティレイラはきゅっと唇を結び、背に力を込めて翼を生やす。そうして勢いよく地を蹴り、少女姿の魔族に体当たりを試みた。
――どんっ!!
衝撃が走り、魔族は体勢を崩す。そこを見逃さず、ティレイラは魔族の体をがっちりと両手で抱きしめる。
「つっかまえた!」
捕獲の喜びを噛み締めると同時に、ティレイラは大きく体をよろめかせた。
捕まえたはずの魔族が、ティレイラの両手を振りほどき、突き飛ばしたのだ。ティレイラは慌てて体勢を立て直し、再び掴みかかろうと手を伸ばす。
「もう、しつこい子ね」
魔族はそういうと、懐から玉を取り出し、床に叩きつける。すると、あっという間の巨大な金属質の球体が現れた。
それは、シャボン玉のように見えた。
巨大な、ギラギラした光を放つ、シャボン玉。
「何、これ?」
ティレイラが問うと、魔族はふふ、と小さく笑う。
「封印玉よ。さあ、あなたはどんな姿のオブジェになってくれるのかしらね?」
魔族はそういうと、ティレイラをシャボン玉の中へと押し込もうとしてきた。ティレイラは以前の似たような膜に閉じ込められたことを思い出し、ぐ、と息を呑む。
「やだこれ、固まる奴じゃないの?」
「あら、良く知っているのね」
ぐいぐい、とティレイラを押しながら、魔族は言う。
「ヤダヤダヤダヤダ! もう、ごめんなの」
ティレイラはそう言いつつ、ばたばたと体を動かして逃げ出そうとする。
「ちょっと、暴れたら駄目じゃない」
「暴れるなって言う方が無理じゃない!」
「あ」
「あ!」
ばたん、とティレイラと魔族はシャボン玉の中に入った。暴れるティレイラに、背を押す魔族。その二人が、シャボン玉の中に入ってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと、どうするの?」
「どうもこうもないわね」
「そうじゃなくて、そうじゃなくて! 何か対処は無いの?」
あたふたと慌てるティレイラに、魔族はあっさりと「ないわね」と答える。
「ええ、いやいや! 何かあるでしょ?」
「それが、ないのよね」
魔族はそういうと、そっとティレイラの頬を優しく包み込む。
「あなた、可愛いのね」
「え?」
「竜族のあなたのオブジェ、どれだけ美しくなるのかしらね」
ぴた、とティレイラの表情が止まる。魔族は小さく溜息をつく。
「あなたのオブジェが、自分で愛でることができないのが残念ね」
「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
「それでも、あなたと一緒にオブジェになるのも悪くないわね。ほら、こんな風に素敵な翼を撫でたり、尻尾に絡まったり」
うふふふ、と魔族は恍惚の表情を浮かべる。あんなことや、こんなこと、と何度も呟きながら。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ。私、オブジェになんてなりたくない」
「だけど、私たちにはどうしようもないのよ。それに、この中は魔力が強いほど、高純度の魔法金属と化して封印する力が発動するの。……ほら」
魔族はそう言い、己の両手に目線をやる。みれば、ティレイラの翼を抱く手のまま、金属になっている。
「ちょっと、私、どうしたら!」
涙目になっているティレイラに、魔族は「うふふ」と頬を赤らめて笑う。
「そうそう、いいわぁ。その表情、とても可愛いわ。私の手も、足も、あなたとこうして絡まったまま封印さ」
ぴき、と先に魔族が固まりきった。ティレイラはなんとか絡まったままの手足をどかそうとするが、ぴくりとも動かない。それに、ティレイラ自身も少しずつ固まっている。
「もう、もう……どうしたらいいの?」
魔族の絡む手は、取れない。絡まれた足は、取れない。近しい顔も、振りほどけない。
「もう、私っ……」
――キイィン!!!
涼やかな音が鳴り響き、封印が終えられた。
月明かりが差し込む中、竜族と魔族の絡まったオブジェが、佇んでいた。
涙目の竜族に、恍惚の表情の魔族。絡んでくる魔族から逃げ出そうと試みるも、失敗してしまった事を思わせる、見事なオブジェだ。
そうしてそのオブジェは、助けがくるまで館の貯蔵品として、佇むことになるのだった。
<貯蔵品の一つと変わり果て・了>
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