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―夢と現実と・11―
「外洋に出るだけなら、他の航路を取れば良いだけの事だけど……」
目深に被ったローブの奥から瞳を覗かせつつ、沖の方を見詰めて少年――ウィザードが呟く。
「何か気になるんだよね。仕組まれたイベントにしては突飛すぎるし、必須のクエストとも思えないけど……」
翼を畳んで甲板に立つガルダ――瀬奈雫が、少年の台詞を引き継ぐように先を続ける。そして……
「あの島には何かある、それは確かだと思う。でなければ、いきなり神獣クラスの相手が敵対する筈が無いよ」
避けて通るつもりは無い、その意思を露わにしたラミア――海原みなもが海面を見降ろしながら、二人の考えを総括するように言葉を紡ぐ。
港を出て直ぐの位置にある、小さな無人島。そこで遭遇した神獣・リヴァイアサンに敗北してから2週間余りが経過していた。
その際に目の当たりにした相手との実力差は、絶望を誘う程に開いていた。かなり相手に肉薄したのか、酷い損傷を受けながら漸く港に帰り着いた船もある。
「ありゃあ、公式イベントじゃねぇぜ。あそこに居るバケモンも、俺たちと同じユーザーキャラだ」
「だとしたら……分かんねぇなぁ。何であんな処に居座ってるのかね? 神獣クラスが」
修理中の船を見上げながら、他のパーティーも頭を抱えている。皆、あの島に接近して返り討ちに遭った者ばかりだ。
ウィザードの言の通り、他のルートから外洋に出ればリヴァイアサンに狙われる事も無い。だが、その為には大変な遠回りをしなければならない。島に上陸する気配を見せなくとも、近海を通過するだけで気配を察知され、威嚇されてしまうのだ。
不可解なのは、リヴァイアサンは『近付かなければ攻撃はしない』を繰り返し、飽くまで防戦に専念している事だ。つまり、決して向こうから攻撃を仕掛けて来る事は無い。が、それだけに、余計に不気味に見えるのだ。
「攻略するか、無視するか……」
「少なくとも、この港を拠点とするパーティーにとっては邪魔よね。あの神獣は」
敵に回って、簡単に勝てる相手で無い事は確かだ。しかし、このまま放置する事も出来ない。
ならば、他のパーティーがそうするように、遠回りをしてでも島への干渉を避けるべきか……その問いに対する答えを求める事は、彼女に言わせれば『愚』であっただろう。雫の言葉は、ウィザードの呟きを真っ向から否定するものだった。
「ゲーム進行阻害として、運営に訴える事も出来るけどね。アレは明らかに、他のキャラの行動を制限しているから」
「待って! ……何か、訳がある筈だよ。他のキャラを傷つけてまで、島への接近を妨害するんだよ? 余程の理由が無ければ、そんな事する必要は無いと思わない?」
「確かに……神獣クラスにまで上り詰めたプレイヤーが、ゲームのルールを無視してまで反抗するとは思えないしね」
この『魔界の楽園』には、明確なクリアの定義は存在しない。通常のRPGと違い、『ラスボス』の存在が無いのだ。
時折、運営が企画したクエストが発表され、それに参加する事で特別ボーナスやレア・アイテムが与えられる事もある。その際の討伐目標はNPCとなり、誰が倒したのかと云う事実は公式記録としてデータに残される。
言い換えれば、全てのキャラクターが敵となり得ると同時に、コミュニケーションを取る事で味方にもなるのだ。これこそが『MMO』と総称されるゲームの特徴であり、醍醐味でもある。プレイヤー同士が戦う事でレベルアップするも良し、共謀して大きなクエストを制するも良し。楽しみ方はプレイヤーの数だけ存在すると言っても過言ではないのだ。
ただ、特定の強力なキャラが、他のキャラの行動を意図的に阻害して全体の進行を妨げる事は認められていない。要は、あの無人島を占拠し、接近するプレイヤーの進行を妨げる行為は『ルール違反』に相当する為、運営に報告し、当該キャラのアカウントに対してペナルティを課すよう訴える事が出来る、と云う訳である。
「運営に訴える事は簡単だけど、それじゃあ、あまりにつまらないと思わない?」
「確かにね。それに、ああまでしてあの島に執着する理由も気になるし」
みなもの考えに、雫が同調する。彼女も、戦わずして『神』の審判を待つ事を良しとは思っていないようだ。が……
「でも……そう考えているなら急がないと。誰か、他のプレイヤーが先に訴えを起こす可能性は大きいよ」
同じく、リヴァイアサンを駆るプレイヤーの言い分を聞き、公正な判断をと考えるウィザードが、額に汗を滲ませながら静かに呟いた。このまま放置すれば、あのリヴァイアサンはいつか運営判断にて強制排除されてしまうだろう。その前に、事情だけでも聞いておきたい……それが彼の考えだった。
***
「なんとも……良く出来たゲームだねぇ、これは」
「まさか、卵を産んじゃうとは思わなかったよ」
同刻。無人島のジャングルには、己が身と腹に抱いた卵を護る海龍が居た。そう、『あの』リヴァイアサンの恋人である。
「ね、これって孵ったらどういう扱いになるのかな?」
「所持アイテムとして保持されるようになる筈だよ。『召喚キャラ』ってのがあるだろ? アレだよ」
プレイヤー・キャラが産卵して子を持つ。レアなケースだが、これは最初から用意されていた機能の一つだった。
普通の野生動物がそうであるように、つがいとなった同種族の雄と雌が一定期間パーティーを組み、親密度が上がると起こるイベントである。が、卵が孵るまでの間、雌は抱卵していないとならない。仮にこれが他のキャラの手に落ちれば、孵った雛はそのキャラのアイテムとして『鹵獲』されてしまうのだ。
「もう、3週間になるね。此処に居座ってから」
「仕方が無いさ、動こうにも動けないんだから」
つまり、抱卵していて動けない雌と、卵を外敵から守るために、リヴァイアサンは無人島を守護し、近寄る他のキャラを撃退していたのだ。やむにやまれぬ事情あっての行動だったのである。しかし、その事情を説明したとして、『ハイそうですか』と納得し、素通りしてくれるキャラはまず居るまい。弱体化した雌の存在が露わになれば、そこに攻撃を集中させて来る事は明白。依って、ルール違反スレスレだと分かっていながら、彼は雌と卵を守っていたのだ。
「……! 近付いて来る気配がある……君は此処を動くなよ、いいね?」
少なくとも、同格かそれ以上のレベルを持ったキャラが攻めてこない限り、彼が負ける事は先ず在り得ない。が、それだけに通報されれば運営の餌食になる事は確実だった。しかし、彼は防戦を続ける以外に手だてが無かった。
「それ以上接近するな、近寄らなければ危害は加えない」
最初の警告だ。大抵の場合、この後に威嚇を行って力量を見せつけ、格下のキャラを撃退する……これがいつものパターンだった。思った通り、向かって来る船舶は針路を変えず前進を続ける。
(愚かな……)
警告を無視された以上、威嚇をせねばならない。少々痛い目を見せてでも、追い返すしか無いのだ。
(恨むなよ、接近してくる君が悪いのだぞ)
降り注ぐ雷光を掌に集め、光球に変えて放とうと構える。が、船の甲板には、白旗を掲げながら叫ぶ少年が居るではないか。
「俺たちに、攻撃の意思は無い! 頼む、話を聞いてくれないか!?」
「話、だと……?」
確証は無い。しかし、何かが動き出した瞬間でもあった。
<了>
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