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<東京怪談ノベル(シングル)>


―― 失われていく何か ――

 男性らしさが失われている。
 そのことに松本・太一は『LOST』への恐ろしさを感じていた。
「……」
 身だしなみを整え、化粧を施して家を出る。
 これは最近の松本にとっては『日常』になりつつあり、甘く香るフェロモン、魅力的な笑顔が周りの男性を虜にしていることに松本が気付いたのは、随分と女性化が進んでからだった。
(……私は、無意識で『女性』として行動をしようとしている?)
 当たり前になった化粧品、何気ない仕草――。
 ダメだと分かっていても、無意識のうちに女性として行動してしまうため、松本自身にはどうすることも出来ず、ただ進みゆく女性化に恐怖を感じることしか出来なかった。
(これが『侵食』なのでしょうか……)
 いっそのこと何も気づけなかったら幸せなのかもしれない。
 自分ではない何かになっていくことを感じながらも抗えない、それは周りが考えるよりも恐ろしいものだ。
「あ……」
 そんな時だった。
 いつも歩く道の中で人々がざわめいていることに気づき、松本も眉をひそめながらその場所へと向かう。
 すると男性が交通事故に遭い、ぐったりとした姿で道路に倒れていることに気づいた。
(……酷い怪我)
 道路には血がべったりとこびりつき、その量が決して軽い怪我ではないことを物語っている。
「救急車は?」
「呼んでいるみたいなんですけど、この時間帯は混むから……もう少し到着が遅くなるかも」
 松本が近くにいた女性に聞くと、救急車がすぐに来る状況ではないことも分かる。
(……出来るでしょうか)
 自分の手を見つめながら、松本は心の中で呟く。
(『LOST』に侵食されているのなら、あのゲームの中での能力を現実でも使うことが出来るはず……)
 現に松本は日常スキルを使用して、現実世界でも男性を虜にしているのだから。
(ただ、現実世界で『LOST』内部の能力を使えば、私自身の侵食も――……)
 一瞬だけ頭を過った考えを振り払い、松本は倒れている男性に近づき『ユニコーン憑依』を使用して『完全治癒』で男性の傷を癒していく。
「あ、なたは……」
 虚ろだった男性の瞳に光が戻り、信じられないものでも見るような視線を松本に向ける。
 騒ぎにならないように魔女の能力で情報を操作したものの、今の松本は『男性にとって理想の女性』であることに気づく。
(理想の女性と、理想の自分……)
 似て非なるものの境界が、松本の心をチクリ、またチクリと苛んでいく。
(これは果たして周りの男性が望む『理想の女性』なんでしょうか?)
 松本の周囲には同僚や魔女など、強くも怖い女性達に囲まれているため、今の松本のような清楚で優しい女性などいなかった。
(もしかしたら、これは『ログイン・キー』に私自身が望んでいる姿では……?)
 今まで出会ったことがないからこそ、自分自身を『理想の女性』に変えているのかもしれない。
 ――つまり、今の自分を願ったのは自分自身なのではないか。
 その不安と恐怖が松本の心を一気に侵食していく。
(怖い……)
 思い通りに行動出来ない自分。今の行動でさえ『理想の自分』に突き動かされているだけなのではないか、という恐怖にゴクリと喉が鳴る。
「あ、なたは……」
 大量に血を失い、顔色も悪かった男性なのだが、松本の治療により何とか喋ることが出来るまでに回復出来たらしく、疑問を投げかけてくる。
「大丈夫。もうすぐ救急車が来ますよ。それまでに傷は治しますから……」
 怯えさせないよう、自分自身の心が恐怖に負けないよう、松本は精一杯の笑顔を男性に向ける。
「……とりあえず、これでいいでしょう」
 ふう、と小さな息をついた後、松本は立ち上がり会社へと向かい始める。
(情報を操作しているから、騒ぎにはならないはずなのですが……)
 けれど、松本は知らない。
 悩んでいたせいか、それとも『LOST』の影響なのか、情報操作が上手くできていないことに――……。
 この日より、東京に現れる『聖女』の噂がひそやかに流れ始めるのだった。



―― 登場人物 ――

8504/松本・太一/48歳/男性/会社員・魔女

――――――――――

松本・太一様

こんにちは、いつもご発注頂きありがとうございます!
今回は恐怖のお話でしたが、いかがだったでしょうか?
気に行って頂ける内容に仕上がっていれば嬉しいです。
いつも書かせて頂き、ありがとうございます。
また機会がありましたら宜しくお願い致します。

2016/8/9