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<東京怪談ノベル(シングル)>


真珠の牢獄


 魔女とは、執念深い生き物である。
 同じ魔女の1人として、私が思う事。それは魔女結社の壊滅の原因だ。
 あの愚か者たちは結局、己の執念深さで身を滅ぼした。
 鏡幻龍の力に、固執し過ぎたのだ。
 さらに言うならば『鏡幻龍の力をイアル・ミラールから奪い取る』事に、異常な執着心を燃やしていた。
 1度、失敗した事には、成功するまでひたすら挑み続ける。その執念が良い結果をもたらす事は無論ある。
 時と場合によっては、しかし1度の失敗で見切りをつける事も必要なのだ。
 魔女結社の中枢にいた者たちには、それが出来なかった。
 あの手この手でイアル・ミラールを虐め抜き、鏡幻龍を引きずり出す。その事に固執し続けた結果、虚無の境界を敵に回し、IO2の介入を招き、魔女結社を壊滅へと導いたのだ。
 私は元々、結社の中枢からは距離を置いていた。あの連中と仲良くする気には、どうしてもなれなかった。
 連中が躍起になっていたイアル・ミラール虐めにも、参加しなかった。
「あんな無駄な事をしなくても、これこの通り……お前たちは、私のものさ」
 ボーリング球ほどの大きさの巨大な真珠を、私は抱き締めて愛撫した。
 私の自信作、人面真珠である。
 人間の顔が、良い感じに不気味な模様となって浮かんでいる。
 イアル・ミラールの、恐怖に歪みきった表情だった。
「お手柄だったね、お前のおかげだよ。結社の連中、そこそこ役に立つ戦力を遺してくれた」
 メイドの如く傍に立つ女に、私は言葉をかけた。
 イアル・ミラールと懇意であった女教師に、サキュバスが取り憑いたものだ。
 これのおかげで私は、こうして極上の人面真珠を手に入れる事が出来た。
 人面真珠。私の店の、主力商品の1つではある。
「だけどね、お前たちを売りに出すつもりはないよ。イアル・ミラール……それに、鏡幻龍」
 歪みきった人面模様に、私はそっと指先を走らせた。
 鏡幻龍は、この中にいる。この真珠の中に、鏡幻龍の力はある。
 わざわざイアル・ミラールから引き離す必要など、ないのだ。
 この状態で使う。使いきって、捨てる。電池のように。
 なかなかに強大な、魔力の電池。鏡幻龍の力など、それだけのものでしかないのだ。
 自分たちの身を滅ぼしてまで執着するほどのものではない。
「執着するのを、やめた瞬間……こうして手元に転がり込んで来る。まあ、よくある話さ」
 真珠の表面で恐怖におののくイアル・ミラールを、私は愛撫し続けた。


 愛撫されている。
 それをイアル・ミラールは感じていた。
 他に感じられるものと言えば、悪臭だけだ。
 コールタールの臭い、貝の生臭さ。
 呼吸の出来ない状態で、しかしそんなものが感じられてしまう。
 鼻を塞ぐ事も出来ない。手足が動かない……と言うより、手足が存在しないのではないか。
 形良く伸びやかな四肢を有する女体を、イアルは今、完全に失っている。
 肉体が、存在しない。
 肉体は完全な球形に固められ、真珠と化している。
 その中でイアルは今、霊体に近い状態で、悶え苦しんでいた。
 悪臭が、おぞましい怪物の触手の如く絡み付いて来る。
 その悪臭を引っ掻き回すようにして、無数の繊手が群がって来る。
 魔女の、優美な五指の群れ。
 霊体に近い状態のまま、イアルは快楽の海に溶け込んでいった。
 イアル・ミラールという存在は原形を失い、溶けて流れ落ち、そうではないものが残った。
 眩く輝きながら、厳然と存在するもの。それが、だらしなく快楽に蕩けたイアルの有様を見下ろしている。
(……ミラール……ドラゴン……)
 イアルは呼びかけた。
 鏡幻龍は、何も応えてはくれない。
 眩く、厳然と輝きながら、遠ざかって行く。どこかへ、行ってしまおうとしている。
(私……やっぱり、見放されるのね……)
「そう。あんなものとは、おさらばしちまいな」
 声が聞こえた。
 イアル・ミラールという存在が、溶けて原形を失ったまま、どこかへ流されて行く。とてつもなく深く暗い、どこかへ。
 その暗い深淵に潜む何者かが、笑いながら語りかけてきているのだ。
「いい感じに蕩けているじゃないか。そのまま、こっちへおいで……あたしと一緒になるんだよ。本当の自分ってもの、思い出させてあげるからさぁ」
(嫌……!)
 魔女たちよりも禍々しいものが、待ち構えている。
 それをイアルは本能的に感じたが、そこへ流されて行く自分を止める事が出来ない。
(嫌……嫌よ……いやよぉ……ッッ!)
 自分は、それに出会ってはならない。
 自分は、それを見てはならない。一生、見て見ぬふりをし続けなければならない。
 それが、そこにいた。


 ダイビング用品を中心とする、マリンスポーツ関連の品を、豊富に取り扱っている店だった。
 海に関係ある、とは言っても若干そぐわないものが、シュノーケルセット等と一緒に陳列されている。陳列と言うか1つだけ、棚の上に放置されている。
 商品ではなく店のインテリアか、とも思えるが、だとしたら悪趣味であると言わざるを得ない。
 人面模様の浮かび上がった、大型の真珠である。
 茂枝萌は、それを手に取った。
 見れば見るほどイアル・ミラールにそっくりだ。
 苦痛あるいは恐怖に歪み引きつった、イアルの表情。それに酷似した模様を鮮明に浮かべた、ボーリング球のような大型真珠。
 萌は、店主とおぼしき女性に声をかけた。
「すみません。これ……売り物ですか? 値段付いてないんですけど」
「ああ、それね。いくらにするか、ちょっと迷ってまして」
 美しい、そして年齢の読めない女性である。20代にも、4、50代にも見える。
「もう面倒くさいから、そうねえ……何か買ってくれたら、おまけに付けてあげる。どう?」
「……じゃあ、これを」
 少しだけ気になっていた水着を、萌はレジに持って行った。
「本当に、いいんですか? 本物の真珠なら、この大きさだから物凄い値段になりますよ」
「そんなのより、もっとお金になる商品、扱ってるから」
 店主の女性が、婉然と微笑んだ。
「このお店に、置いてあるわけじゃあないけれど……ね」


 店を出たところで、何者かが萌に話しかけてきた。
『間違いない。あの店主……魔女結社の、残党だ』
「本来なら、和やかにお買い物なんかしてる場合じゃないと」
 ボーリング球のような真珠で膨らんだショルダーバッグを、萌はそっと撫でた。
 声を発しているのは、同じバッグに入っている手鏡だ。五匹の龍で縁取られた鏡。
 結局IO2の経費では落とせなかったので、萌が完全な私物として持ち歩いているのだ。
「……この真珠は、本当に?」
『イアル・ミラールだ。それも間違いない』
「随分あっさりと手放したのは……用済み、だから?」
『その通り。今のイアルは、魔力と生命力を全て吸い取られた……単なる真珠玉だ。言ってみれば、真珠の形をした屍』
 本当にその通りならば、鏡幻龍も力を吸い取られて存在を失っているはずである。こんなふうに、鏡を通じて会話をする事も出来ない。
『……と、そのように私が見せかけているのだがな』
「魔女の目を欺くための、偽装……仮死状態、死んだふり、というわけね」
 萌は言った。
「もし、そうじゃなかったら……あんなお店、サイキックアローで撃ち砕いているところ。もちろん店主もろとも、ね」