コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


クソゲーハンターSHIZUKU


 ファンタジー系のステージ衣装なら、仕事で何度か着用した事がある。
 あれらを何倍も際どくしたようなものを、SHIZUKUはひらひらと舞わせていた。胸の谷間を、おへそと腹筋を、太股を、群れる魔物たちの目に晒し続けた。
 胴から下半身にかけてのラインには、自信がある。とにかく人様に見せられるお腹と太股を維持する事。アイドルとしての、最低限の務めである。
 胸の谷間が、例えばイアル・ミラールと比べて浅くなってしまうのは、まあ如何ともしがたいところだ。
「い、いいもん。胸は無理して大っきくする必要ないって、マネージャーさんも社長さんも言ってくれたもん!」
 半ば無理やり自分を奮い立たせながらSHIZUKUは、頭の中でイントロを流した。『恋のダイナミック・アブダクション』。歌って踊れるオカルト系アイドルSHIZUKUの、ヒットナンバー……と言うほどヒットはしていないが、カルト的な名曲として評価してくれる人はいる。
 戦巫女の神殿におけるイベントで修得した、この『破邪の舞い』に、音楽を付けるとしたらこれしかない、とSHIZUKUは思う。
 アークデーモン、ゾンビゴーレム、ドラゴン・マミー、サイコバンパイア……各種魔物たちが、あらゆる方向から襲いかかって来る。
 その襲撃の真っただ中で、SHIZUKUは歌い、身を翻し、両の細腕を舞わせ、踊り衣装をあられもなく舞い上げ、すらりと形良い太股を躍動させた。
「キミの〜、だいじなトコだ〜け〜、きりとっちゃーうーぞっ☆」
 歌と踊りに合わせて、SHIZUKUの全身から破邪の光がキラキラと振り撒かれる。
 魔物たちが、ことごとく砕け散ってゆく。
 それら肉片を蹴散らして踊りながら、SHIZUKUは苦笑した。
「あたしの歌と踊りで、みんな死ぬ……何かアレねえ。リサイタル開いてる、某ガキ大将になった気分」
 何故このような事になっているのかと言うと。
 恩師と言うより親友に近い、とある女教師のマンションをSHIZUKUが訪ねたところ、その女教師本人は留守であった。新しいオカルトスポットを見つけたので、彼女とイアルを誘って探検でも、と思ったのだが。
 留守なのに、玄関には鍵がかかっていなかった。
 SHIZUKUは当然のように上がり込み、そして電源入れっぱなしのパソコンを発見した。
 その画面に、イアル・ミラールが映っていたのである。
 それは一見すると、イアルの姿が彫り込まれたレリーフ像で、家主である女教師が戯れに作ったCGかも知れないとは思えた。
 そのレリーフ像に、SHIZUKUが何となくポインタを合わせてクリックをした瞬間。
 SHIZUKUは、このゲームの中にいた。勇者でも戦士でも魔法使いでもなく、踊り子として。
「要するに、イアルちゃんも……このゲームの中に引きずり込まれて、何かフラグ立て間違えてバッドエンドになっちゃったと。そうゆうわけ? よね」
 砕け散った魔物たちの、粉末状の屍を踏み越えてSHIZUKUは、魔王の迷宮の恐らくは最奥部に近い所を歩いている。
「あー……レベル上げんの、マジたるい」
 歩きながらSHIZUKUはつい、このゲームの感想を正直に漏らしてしまった。
 レベル上げ。それはRPGの、根幹とまでは言わずともそれに近い要素ではある。
 以前SHIZUKUがプレイした、とあるアクション系RPGは、このレベル上げという部分に関しては秀逸な出来であった。
 大勢のキャラクターによるパーティー組み合わせと、それに基づく戦闘前・戦闘中・戦闘後のセリフの掛け合いが本当に面白く豊富で、全ての会話を聞いてやろうという気にさせてくれたものだ。声優だけで製作費用の半分以上を使っているのではないか、と思えたほどである。
 シナリオは一本道もいいところで、お使いイベントだけでストーリーが成り立っていた。
 キャラクターに魅力がありさえすれば、そんなものはどうでも良くなる。ゲームというものはそれでいい、とSHIZUKUに教えてくれた作品である。
 対して、このゲームはどうか。
 プレイヤーキャラクターはSHIZUKU1人で、戦闘は単調この上なく、『破邪の舞い』さえ覚えてしまえば、これを連発しているだけで勝ててしまう。勝ったところで、祝福したり褒めたりけなしたりボケたり突っ込んだりしてくれる仲間もいない。
「やっぱり駄目! 駄目なわけよ芸能人ってのは、リアクションしてくれる人がいないと!」
 SHIZUKUの叫びが、迷宮内部に虚しく響き渡る。
 観客のいない会場で、1人ひたすら歌って踊り続ける。SHIZUKUにとってはそれが、このゲームの戦闘システムであった。
 芸能人にとっては苦行以外の何物でもない、そんな戦闘を繰り返して、レベルを上げていかなければならない。それが、このゲームだ。
「ってなわけで、このゲーム……作った人には悪いけどクソゲー認定。とっととイアルちゃん助けてクリアしなきゃ」
 言いつつSHIZUKUは立ち止まり、可愛らしい鼻をひくひくとさせた。
「ほらほら、クソゲーの臭いがしてきましたよー……んー、これは何日もお風呂に入ってない臭い。飼い主にお世話されてない犬の臭いともゆう。イアルちゃん時々こんな臭いさせてるよねー」
 石柱の陰から、ふらりと姿を現したのは、しかしイアル・ミラールではなかった。
 汚れきったボロ布をまとう、1人の若い女。ほつれた髪が、肌にべっとりと貼り付いている。
 血走った両眼が、ぎろりとSHIZUKUに向けられた。
「……引き返しなさい……早く……」
 番組の企画で、とある高名な霊媒師の女性に、霊を降ろしてもらった事がある。
 あの時、いわゆるトランス状態に陥った彼女と、同じような口調であった。
「私が……人の、心を……保っているうちに、早く! ……逃げて……ッ!」
 正気を失いかけている。正気を、辛うじて維持している。
 1つ、SHIZUKUは思い出した。
「そう言えば……魔王にさらわれた、お姫様だかがいるって話だけど」
「忘れていたのか、勇者よ」
 苦笑と共に、優雅な姿が1つ、出現していた。
「いや、勇者ではなく……聖戦士でも魔導師でもなく、踊り子であるか。何とも珍しい」
「貴方が……魔王ちゃんね」
 頭の中で、SHIZUKUはイントロを流し始めた。
 魔王である。何も考えず『破邪の舞い』を繰り出すだけで、勝てる相手ではないだろう。
「まあ勇者でも踊り子でも大した違いはあるまい。所詮、自分より弱い者どもを作業的に殺戮するだけの輩よ。姫君の救出という目的すら忘れるほど、それに没頭し」
 魔王はそこで口上を止めた。狂人になりかけた姫君を、ちらりと見やりながら。
「否……今までの者どもとは、少し違うようだな。姫が、強大な獣と化しておらぬ。機械的な戦闘経験が、転送・蓄積されていない。ふむ、これは」
「機械的な戦闘経験……レベル上げの事? だってこのゲーム、戦闘が超かったるいんだもの。経験値稼ぎがね、拷問にしかなってないわけ」
 SHIZUKUは、ふわりと踏み込んで行った。
「だからね、低レベルクリアを目指す事にしたの。そのお姫様もだけど……イアルちゃんもね、さっさと助けなきゃいけないのッ!」
 魔王の背後に安置された、レリーフの女人像に向かって、SHIZUKUは踊りを開始していた。
 間違いない。あれはイアル・ミラールだ。
「低レベル、だと……ふん、私の力を見極めたとでも言うつもりか小娘!」
 怒りの言葉に合わせ、魔王の全身から攻撃魔法が迸った。炎の渦、雷の雨、冷気の嵐、闇の波動。
 その全てを、SHIZUKUは細腕・繊手の一振りで粉砕し、スリムな美脚の躍動で打ち砕いた。
 破邪の舞い。だが今回、合わせているのは『恋のダイナミック・アブダクション』ではない。
「キミへの〜おもいーがぁ、おりてっくるくる、ろくおくこーねんかなたからぁあ♪」
 SHIZUKUの2ndアルバム『ウィジャボードは教えてくれない』に収録された、知る人ぞ知るマイナー曲『自動筆記のラブレター』である。
 合わせる歌が変われば当然、振り付けも違ってくる。
 破邪の舞いは、今やSHIZUKUオリジナルの謎めいたダンスと化し、魔王の攻撃をことごとく砕き防いでいた。
「こ……これは……」
「この歌ねえ、はっきし言って全ッ然売れなかったんだけど、実はあたしの一番のお気に入りなの」
 訊かれてもない事を、SHIZUKUは語った。
「破邪の舞いを教えてくれた巫女さんがね、言ってたの。地水火風、雷、物理、光と闇……あらゆる属性に強い魔王が唯一、弱点とするもの。それが『心』の属性」
 破邪の舞いに、踊り手の『心』を宿し、世界に1つだけの舞踏を完成させる。
 それが魔王を倒す唯一の手段であると、巫女は教えてくれた。
「だからね、あたしの1番好きな曲! だぁれにも、よめないラブレタぁ〜♪」
「ふっ……何とも、珍妙な……歌と、踊りよ……」
 魔王が、砕け散りながら消滅してゆく。
「だが……私は、嫌いではない……」
 ネットでも評価されない曲を、ようやく評価してもらえた、とSHIZUKUは思った。


 生身に戻っても、イアル・ミラールはしばらく放心状態であった。
 魔法物質の悪臭が染み付いたイアルの身体を、SHIZUKUはそっと抱き締め、丁寧に洗った。
 救出された姫君のはからいで、SHIZUKUとイアルは今、王宮の大浴場を借り切っているところである。
「し……ずく……?」
 イアルが、ようやく意識を取り戻した。
「私……一体、何を……」
「さ、何だろうね? よくない夢でも見てたんだよ、きっと」
 イアルと一緒に、お風呂に入っている。
 元の世界には戻れなくてもいい、このままでいたい、とSHIZUKUは一瞬、思ってしまった。