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<東京怪談ノベル(シングル)>


おとぎ話の赤い月
 夜です!
 月です!
 異世界です!
 だめです! 無理と切迫感がありすぎて、語呂はともかくオチません!!
 ――と、いうわけで。あたしこと海原・みなもは豪快な太さの木に森々(がんばってシャレてみました)と囲まれながら、異界の赤い月なんかを見上げておりますよ。
 で。どうしてあたしがこんな場所にいるのかと言いますと。

 今日のお昼ごろ、あたしはバイトへ行こうと通りを歩いていました。
 すると見つけてしまったわけです。いつぞやの子犬さんならぬ子人狼さん(四足歩行形態)の“お嬢さん”を。
 お嬢さん、ツンツンと顎を反らして堂々と、歩行者のみなさんの足元を危なげなくすり抜けていきます。
 うーん、あれだけ堂々とされていたら、お家の方やご近所さんが脱走に気づかないのも無理はありませんね。いやそれよりも、お家の方は人間さんじゃなくて人狼さんなんでしょうか? ご近所さんはどうなんでしょうね?
 ともあれあたしはお嬢さんを追いかけることにしました。脱走中なら確保して、お家へお届けしなくてはなりませんからね。彼女の身の安全のために。そしてこれ以上、人狼被害を広げないために。
 においで気づかれないよう、風下を意識してお嬢さんの後をついていきます。もし彼女が暴れても被害が出ない場所で、一気に捕獲です。
 しばらく歩いていると、お嬢さんがふと通りを曲がって路地へと突入しました。これはチャンスです。チャンスの女神様には前髪しかないそうですけれども、人狼さんにはシッポがありますからね。後ろからがっちり捕まえさせていただきますよ。
 意気込んで路地にすべり込んだあたしでしたが……
「いらっしゃいません、ね?」
 凜々しくもかわいらしいお嬢さんのシッポはどこにも見えず。
 あたしは自然と路地の奥へ踏み入っていくことになり。
 なんだか頭がぐるぐるし始め。
 わけがわからないまま、あたしは足を踏み出し続けて。
 気がつきましたらば、見慣れたサイズの二倍以上の大きさがあるでしょう赤い月の下、尖った葉っぱを青々と茂らせた大木に囲まれていたのでした。

「……ここ、人狼世界なんだねぇ」
 しゃべってるうちにはみ出しかけた舌を肉球で戻し戻し、アタシはあらためて辺りを見回した。
 いやいや申し遅れちゃったけどアタシ。またまた人狼じゃなくて人魚狼になってるよー。
 正直ガマンできんかった。あの赤い月、すっごいうずうずパワー出してるから。アタシの人魚抗体――ようするに白血球みたいなもの――が封じ込めてた人狼ウイルスが休眠状態から一気に起動、一瞬で人魚のあたしを人魚狼のアタシに変えた。
 しぶといよ人狼菌! かけっこしたい! どうせならなんでもない日常で役に立ってもらいたかったよ! 引っぱりっこしたい!
 ……欲望が止められぬー。犬科ってほんと、オンとオフしかない生き物だよねぇ。
 でもまあ、その人狼遺伝子が、アタシにここがどこかを教えてくれた。
 とはいえ、月が空のてっぺんから1ミリも動かない理由とか、日ざしがないのに木が生い茂ったりできる原因とか、そういうのはわからない。人狼にはこの常闇が日常で、疑問なんか持ったことないんだろうから。
 いろいろと興味は尽きないけど、今はがんばって封印。お嬢さんのにおいを求めてつやつやの鼻をひくひくさせてみた。
 色濃い夜と、緑と、魔力のにおい。それをかき分けて目当て(鼻当て?)のにおいを探す。探して、探して、探して――
「ウォウッ!」
 ――鼻より先に、耳でそれっぽいのをキャッチしてしまった。
 下生えを蹴り散らし、ツタやら枝やらを殴り折りながら、人魚の足なら5分はかかっただろう距離を1分足らずで踏破して到着した先では。
「ブォフ! 狼は殺す。たとえ戦いの儀も術も知らん産毛者(ひよっことか、子どもってことらしい)でもな」
 縦も横も太くて厚い、甲冑を着込んだブタ顔の二足歩行生物が、お嬢さんに丸太みたいな指を突きつけた。
 人狼の血がアタシにささやく。あれはこの世界を人狼と二分する仇敵、オークだって。
 やばいね。血が騒ぐ。体仲の血管から殺せ殺せって音がする。どうどう、落ち着けアタシ。人魚狼は人狼とちがうんだから。牙と爪にリボンをかけて、ラブとピースでブタを討つ……って、まだ引きずられてるな。深呼吸深呼吸。
 アタシがすはすはしてる間に、お嬢さんが変形を開始した。四足歩行形態から二足歩行形態に。狼から人狼に。
「ガウ! うぶげはブタげよりすてき!」
 ……ちっちゃい。物理的にも精神的にもちっちゃいよお嬢さん。お腹、見事にイカ腹だし。狼なのにイカかよー。
「ハハがゆってた! ブタはとにかくですとろい!」
 人狼とオーク、仲悪いからな! それにしてもお嬢さんのお母さん、娘の教育が雑!
 ――っと、顔も知らない子人狼・母に文句つけてる場合じゃない。助けなくちゃ! この、漲る人狼パワーで……って言うとそれっぽいんだけど、人魚狼状態のアタシは人魚パワーが使えないから、人狼パワー出すしかないんだよね。
 ただし。人狼ボディは高性能だけど、アタシの脳は基本的に人魚のまま。OSと機体が噛み合ってない状況で、どれだけやれるかな。
 困った。不安しかない。でも。お嬢さんが死んじゃったら、多分アタシは一生後悔するから。うん。やるしかねーのだ。
 ウォォォォォン!!
 とりあえずお嬢さんに味方だってことをお知らせしつつ、アタシは四足歩行形態でダッシュして、ジャンプ。宙で二足歩行形態に変形して、つま先でオークの目を蹴りつけた。
 オークは全部で三匹。なんだ、相手が三匹のブタなら、レンガの家にさえ篭もられなきゃ狼の勝ちだね!
「ガフ!」
 戦闘に慣れてるんだろう。オークは顔を振ってアタシの蹴りをかわし、トゲトゲの鉄球がついた棍棒――モーニングスターを振り込んできた。
 アレが当たったらスイカみたいに割れるんだよねアタシの頭! アタシは空中で顔をのけぞらせたけど、体勢が悪すぎたし、アゴの長さがいつもとちがうの、すっかり忘れてた。
「痛っ!」
 アゴの先をかすめていくトゲ。うあー、アゴ痛い。地面に落ちた背中痛い。それよりなにより、脳が揺れててやばい。前言撤回! 普通に狼、ブタに負ける!
「ブォ!」
「ブガッ!」
 ほかの二匹がすかさずアタシにモーニングスターを振り下ろしてくる。でかくて太いだけに体捌きが速いわけじゃないけど、もきもきの筋肉が振り回す武器の速度は超速い。しかも、重い。
 頭がくわんくわんする。それでもアタシは必死で地面を転がった。土を叩く三つの鉄球の振動が、イヤな感じでアタシを追っかけてくる。
 お嬢さんはオークの一匹の脚に噛みついたりしてるけど……ダメだ。あの子の短い牙じゃ、オークのすね当てに傷もつけられない。って、あー。オークにつまみあげられちゃったよ。
 なんとかしなくちゃいけないんだけど、どうしたらいいんだろう。
 慣れない格闘戦じゃ、武器持ちでしかも技もあるっぽいオークにかなわない。せめて異能力かアイテムが使えたらいいんだけど、肝心の装備アイテムからまるで力が感じられないんだ。元の世界と人狼世界じゃ支配してる法則がちがうからなのかなとは思うけど、とにかく今出したところでなんの役にも立たないだろう。
 だとしても逃げらんない。明日もおいしくごはんを食べたいからね。
 アタシは肚を決めてかろやかに立ち上がり、オークどもに言い放った。
「アンタらもオークの戦士とかなんだろー? アタシが相手するからお嬢さんは返せ!」
 オークは笑った。嘲笑ってるのがわかるくらい、思いっきり笑ってくれやがった。そして。
「ブフ。返してやるから抱えてろ。いっしょに叩き潰してやるわ!」
 お嬢さんをこっちに放り投げてくれた。アタシが受け取った瞬間、三匹がかりで攻めかかってくる気だね。わかるよ。アタシは格闘戦の経験がないだけで、戦闘の経験は十二分に積んできてるんだから。三匹がどんな陣形でどうかかってくるかも――読める。
 アタシは手の伸ばしてお嬢さんをキャッチした瞬間、右側のオークにお嬢さんを豪速球で投げ返した!
「ブハァ!?」
 もう踏み出してたオークはお嬢さんをかわせない。
 お嬢さんはオークの顔面に貼りついて、反射的に引っ掻きまくる。短いけど尖った爪が、剥き出しのブタ面をズタズタに傷つけていく。
 アタシはそれを確認せず、左側のオークのほうへ走った。
 足を止めて丸盾を構えるオーク。そうそう、なにが来るかわからないから、まずは顔を守るよね。
 アタシは上から、オークの顔目がけてちょいゆっくりめに左腕を振り下ろした。
 オークの盾が持ち上がって、そのブタ面をすっぽり隠す。計算どおりだよ。そうしてくれたから見えなかったよね? アタシが急にしゃがみこんだの。
 下からはオークのがら空きのアゴがよく見える。アタシはしゃがませてた体を思いっきり上へ伸ばして跳び、人狼パワーを全部乗せてジャンピングアッパーカットを突き上げた。
 声もなく、ぶつりと真下へ崩れ落ちるオーク。
 お嬢さんに貼りつかれてるオークは、あと30秒くらいは放っておいても大丈夫だろう。その間に、もう一匹を倒す。
「ブフォハ、やるな」
 右手のモーニングスターと左手の丸盾を隙なく構えるオーク。
「力加減がわかんないから、思いっきりやってるだけ」
 これはアタシの本音だ。どのくらいの力で殴ればオークが気絶してくれるのか知らないし、体の制御みたいなのは全部人狼の本能に丸投げしてるし。おかげで格闘ゲームみたいなアッパー決められたけどなー。
「ブフフ。心配はいらんよ。もう、やらせん」
 奇襲はもう通じない。奇策はあのお嬢さんが最初で最後だ。正攻法じゃまずかなわないし、時間もないしね。これぞ見事な四面楚歌。
 オークのモーニングスターがフェイントかけてきてアタシを誘う。釣られないけどね。いや、むしろ手が出せないんだけどね。ケンカってこんなに怖いんだなぁ。あやかしを相手にするのとはぜんぜんちがう。心がキシキシ冷たくて、痛い。
 でもやるしかねーって決めたんだから、やるしかねー!
「やらせんって言われてもやるよ」
 アタシは頭の中で30からカウントダウンしつつ、オークの左側へ回り込む。ああいう直接攻撃武器を相手にする場合、それを食らいにくいほうへ動くのがセオリーだからね。ただし。
「ブガッ!」
 盾で殴りつけてくるシールドバッシュには要注意。当たると痛いだけじゃなくて、体勢を崩されるから。でも。
 アタシはこれを待ってたんだ。
 盾がオークの体から離れるってことは、そこに隙間ができるってこと。アタシは左手で盾の縁をつかんで、自分のほうに強く引っぱった。犬科大好き、引っぱりっこだ。
「ブォ!?」
 オークが内側につんのめった。
 ふふー、驚いたでしょ? こっちが素手だからできることなんだけど、武器持ってる人には思いつかない手だよね。だって武器持ってるほうが絶対強いから。
 アタシの場合はどうせ武器拾ったってうまく使えないし、もうこれしかないなってだけの手だったんだけど、うまくいってくれてほんとに助かったよ。
 アタシはそのまま左から回り込んで、オークの左耳に肉球を叩きつけた。
「ブ!!」
 やわらかい、空気を通さないもので勢いよく耳の穴を塞いでやると、耳の中に押し込まれた空気が三半規管を激しく揺らす。片側だけ揺れた三半規管は相手の平衡感覚を狂わせるんだ。
 このへんの知識はバイト先で教わったことだけど、人魚狼の身体能力がなかったらアタシに使いこなせる技じゃない。だから今まで使わなかったし、だから今使った。
 で。一応、鼓膜破れないようにしたつもりだけど、とにかくオークは酔っ払ったみたいにふらついてる真っ最中。
 ここを逃したらお嬢さんが危ないし、アタシの勝機も消えちゃうからね。一気に人狼パンチの連打でしとめさせてもらった。安心せい。峰打ちじゃ。
 ……というわけで、アタシは三匹めもなんとかしとめて、お嬢さんの救出に成功したんだった。

 赤黒い森の中。
 アタシはいっしょに戦ったことでなかよしになったお嬢さんと手をつなぎながら歩く。
「お嬢さんはなんでこっちに来たの? 向こうの世界で暮らしてるんでしょ?」
「おとどけにきた! めいどのみやげ!」
 その後の聞き取り調査で、お嬢さんはお母さんに頼まれ、こちらの世界に棲むおばあさんへ風邪薬を届けに来たことがわかった。よかったよ。おばあさんの首を獲るのが成人の儀式とか言われなくて。
 それに、こんな小さくて見境ない暴れ幼女、ブタ戦士がうろついてる危険地帯に送り出すとかなに考えてんだーとか思ったけど、「かわいいこにはたびさせろ!」ってお嬢さんが言うので、多分はじめてのおつかい的な教育? 人狼の本能は理解できるけど、思考はさっぱり理解できない。
 しかし。赤い頭巾はかぶってないにしても、幼女狼が森の奥のおばあさん狼になにか持って行くとかどうよ……? ブタに食べられて大変なことになるとか?
 まあ、おばあさんの家にブタはいなくて、普通におばあさんが孫と触れあって終わり――と思いきや。アタシがあたしに戻ってしまい、人魚がしゃべると台無し! などとおばあさんが盛り上がってしまって、実に大変なことになったりしたのですけれども、それはもう、語りたくないどころか思い出したくないお話なのでした。