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<東京怪談ノベル(シングル)>


再び湯けむり調教


「ユーと一緒に、お風呂に入る。これはねえ、IO2エージェント5〜6人と殺し合うよりも危険なミッションなわけよ。私のはらわたが、お湯にぷかぷか浮いて……ふふっ、懐かしいわ」
 エヴァ・ペルマネントが、そんな事を言っている。
 イアル・ミラールは黙々と、彼女の背中を流し続けた。
「虎やライオンがね、悪意もなく甘えてじゃれつく……人間なんて、それだけで顔の一部がもげちゃったりするわけ。だけど私は大丈夫、じゃれついて来てもいいのよ? イアル・ミラール。ユーの調教に関しては私、A級ライセンスを取得しているんだから」
「……使い道なさそうなライセンスね」
 エヴァの全身に、イアルはお湯をぶちまけた。
「虚無の境界という組織に関して、一通りの事は聞いたわ……貴女たち、魔女結社と大して違わない事を世界中でやらかしているのね」
「駄目よイアル。私たちを、あんな悪趣味な商売人の集まりと一緒にしては」
 エヴァの細腕が、蛇の如くイアルに絡み付いて来る。
「ユーを商品として扱う連中を……私、絶対に許しはしないわ」
「私を物扱いしているのは今のところ貴女よ、エヴァ・ペルマネント」
 その腕を、イアルはやんわりと振りほどいた。
「虚無の境界がどういう組織であっても私、貴女個人には……その、悪い感情は持っていないけど。恩人である事に違いはないから。だけどね、私は貴女の所有物じゃあない。それだけは、はっきり言っておくわよ」
「そうねえ、ふふっ……可愛いペットを、所有物と呼ぶべきかどうか、という問題よね」
「……私どうして、こんな女の背中を流しているのかしら」
「お互いコールタール臭かったからねぇ。ほらユーの身体も、もっとよぉく洗ってあげるわ」
 気がついたら、こうして一緒に風呂になど入っている。
 IO2日本支部の、入浴施設である。当然、監視はされている。
「あのクールなヴィルトカッツェがね、今の私たちを監視カメラで覗き見して……まさしく盛りのついた山猫みたいに欲情しているのよ、今頃きっと」
 エヴァの、今度は長く綺麗な両脚が、ぬるりとイアルに絡まって来る。
 身体が、何となく覚えている。
 この女とは、こうして手足を絡め合いながら戦闘訓練に励んだものだ。
「……彼女と貴女の、関係は?」
 いや、あれは本当に戦闘訓練だったのか。
 そんな事を思いながらイアルは、絡み付く美脚からの脱出を試みた。
「一応、敵同士なのよね」
「あの子とはね、随分と殺し合ったもの……憎しみが、1周回って愛おしさになってしまいかねないほどに」
 脱出が、出来ない。
 気がついたらエヴァの両腕が、またしても変な形に巻き付いて来る。
「あの子が山猫なら……ユーは何かしらねえイアル。やっぱり野良犬? それが嫌なら私に飼われなさいっ」
「だ、誰が犬……って、ちょっと痛いっ、何なのこの技は痛ッ、いたたたた痛い痛いいたいぃいいいいいいっっ!」
 わけのわからぬ関節技が、イアルの全身を拘束していた。
 特に股関節が、容赦なくはしたなく責め上げられている。
「うっふふふふ。私が盟主様から教わった必殺『虚無の境界式・恥ずかし固め』よ。さあ、よぉーく見なさいヴィルトカッツェ!」
「くっ……このっ、調子に乗らないでッ!」
 ボディーソープの泡にまみれた肢体を、イアルは浴室のタイルの上でぬるりと躍動させた。
 関節技から滑り抜けた手足が、逆にエヴァの身体を捕らえて捻り上げ、折り畳む。
「何か思い出してきたけど貴女って確か、身体真っ二つになったくらいじゃ死なないのよね。このまま捻じ切ったりしても大丈夫よね? すぐ元に戻っちゃうから」
「すぐに……は無理……少なくとも1日はかかるわ。その間は当然、無防備……だから、ね。人の身体むやみに真っ二つにしては駄目よ? イアル・ミラール」
 名を呼ばれた瞬間イアルは、何が何だかわからなくなった。


 思った通り、である。
 魔女結社がイアルに施した呪いは、失われていない。魔女たちが死んでも、呪いは死なない。
 イアルの、身体や心にではなく名前に、呪いが仕掛けられているのだ。
 それが発動した結果が、これである。
「うにゃああぁん……ごろごろ」
 複合関節技でエヴァの肉体を破壊する寸前であったイアルが、まるで別人、と言うより別の生物のようになって甘えてくる。
「うっふふふふ……駄目じゃないのイアル。こんな簡単にゴロゴロ言うようになっちゃあ」
 獣になってしまったイアルを、エヴァは撫で回した。弄り回した。
「呪いが発動したらユー、誰に対してもこんなふうになっちゃうの? ……駄目よ、そんなの」
「くぅん……くぅ……ん……」
 イアルが、エヴァの身体のあちこちを弄り返す。指、だけでなく唇を、舌を、使ってだ。
「……ユーをね、ペットみたいに扱っていいのは……私だけ……」
「……ほざくなよ、小娘が」
 エヴァは耳を疑った。今の言葉は、誰が発したのか。
「誰がお前のペットだあ? 男遊びの1つもした事ない嬢ちゃんが、おかしな夢見やがって」
「…………イアル?」
 エヴァは息を呑んだ。
 信じ難い言葉が、イアルの綺麗な唇から紡ぎ出されている。
 否、とエヴァは思った。この女は、イアル・ミラールではない。
 得体の知れぬ何者かが、イアルの肉体を乗っ取っている。
「まさか……悪霊、いえ怨霊?」
 だとしたらエヴァにとって、馴染み深い存在ではある。
 だが、何かが違う。
 悪霊・怨霊の類が取り憑いている、にしては何かがおかしい。
 そんな事を思っている間にエヴァは、イアルに抱きすくめられていた。タイルの上に、押し倒されていた。
「な……何をするのユーちょっと……調子に、乗らないでっ!」
「調子に乗ってるのはお前だよ嬢ちゃん……って言うか、ふぅん。へえ? なるほど」
 自分が何をされているのか、エヴァはわからなくなり始めた。
 調べられている。身体の隅々まで、イアルに観察されている。解析されている。それだけは、何となくわかる。
「お前……フレッシュ・ゴーレム? みたいなもんか。おっそろしく出来のいい、生きたお人形ちゃんだねえ。面白い」
 怨霊ではない、とエヴァは感じた。
 イアルの美貌をニヤリと邪悪に歪める、この何者かは、元々イアル・ミラールの内部に存在していたのだ。
 だとしてもエヴァは、
「やめて……やめなさい、イアル……」
 イアルに、呼びかけるしかなかった。
「やめないと怒るわよ私、お仕置きするわよ……ねえちょっと、やめて……やめなさい……」
 こんな事が、許されるはずはなかった。
 イアルを愛玩動物として可愛がり弄ぶ、それは自分エヴァ・ペルマネントにのみ許された至上の娯楽だ。
 エヴァの方が可愛がられ弄ばれる事など、あってはならないのだ。
 あってはならない事が今、行われようとしている。
「童心に帰って……ふふっ、お人形遊びといこうか」
「やめて……やめて、やめて! やめてぇえええええッッ!」
 エヴァの悲鳴が、バスルームに響き渡った。


 イアルが目を回している。
 その頭で、巨大なタンコブがぷくーっと膨れ上がっている。
 エヴァは呆然と、声を発した。
「今頃……何しに来たのよ、ヴィルトカッツェ……」
「助けに入るべきかどうか、思案してたの」
 入浴施設内を監視していたIO2エージェントの少女が、片手でくるりと金槌を弄んだ。
「IO2の施設内で、これ以上おバカをやらせるわけにはいかないから……それにしてもエヴァ・ペルマネント。手足もげても平気な女が、随分な悲鳴を上げるもんだね」
「私……もう、お嫁に行けない……」
 気絶しているイアルに、エヴァはぐったりと寄り添っていった。
「この身も心も、イアルお姉様のもの……私の事、もらって下さるのよね? お姉様……」
「……湯あたりしてるね、完全に。まさか、お嫁に行けるつもりでいたとは」
 IO2エージェントの少女が、溜め息をついた。
「貴女には、まだ訊問しなきゃいけない事いくらでもあるんだけど……イアルに任せてみようかな」