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―夢と現実と・13―
大陸の沖合、約10カイリあまりの距離にある小さな無人島。何の変哲もない、ごく普通の島である。
……が、何故かこの島を目指したパーティーのメンバーは、口を揃えて『あの島には近づくな』を連呼するようになった。
曰く、あの近辺には魔女が出るから……と。
「……おー、やってるな?」
その島から少し離れた海上に、一隻の小型船が浮かんでいた。大陸側――島の西側からのプレイヤー接近を監視しつつ、舵輪を握る少年が島の上空を眺めながら呟く。
密林の上空が一瞬光った後、微かに獣の鳴き声が聞こえて、また静かになる。『狩り』が成功した証拠だ。
「エサ集めも大変だよなぁ、何しろガタイが桁違いだからね」
苦笑いを浮かべながら、少年――ウィザードは海上の監視を続ける。飛翔能力も、海中での行動能力も持たない人型ゆえ、彼だけが船を使って哨戒活動をしなくてはならない事に、少々の不便さを感じてはいたが。
一方で、外洋側の海中を泳ぎ、哨戒と獲物の捕獲を同時に行っていた少女――ラミアに扮する海原みなもが、時折海面に顔を出しながら、捕まえたサメや大型の魚類などを捕獲網の中に放り込んでいる。捕獲網は樹木の繊維を編んで作った紐を組み合わせて作ってあり、大型魚類の浮袋を利用して海面に浮かぶよう制作してあった。無論、ただの網では破られてしまう為、内側から応力を加えれば衝撃が与えられるよう、仕掛けがしてある特別製である。
「あの時は妙な事を言って、恥かいちゃったからなぁ。頑張って点数稼がないと!」
大陸側と違い、外洋から攻めて来る敵はまだ少ないと判断される為か、此方の哨戒活動は幾分かのんびりとしたムードだった。然もありなん、外洋へと出ていく一番の近道を封鎖している形になっているのだ。遠回りをして遠洋に出たパーティーが引き返して来ない限りは此方側で接敵する可能性はまず無い。だからであろう、哨戒と云うより寧ろ、漁に出ているという雰囲気の方が強いのだ。
そして、島の上空を哨戒しつつ、野山の小動物や猛禽類を光の矢で仕留める少女――ガルダに扮する瀬奈雫が、やはり緊張感の無いムードで『つまらない的だなぁ』と呟きながら獲物をバタバタと墜としていた。先刻、ウィザードが密林の上空が輝くのを見たのは、彼女が獲物を捕らえた瞬間のものであり、交戦した結果ではない。万一、獲物では無く外敵に遭遇した場合、単独での防衛はしないで集合を掛け、チームプレイで確実に勝利する約束になっている為だ。
「ドラゴンの子供って、何を食べるのかなーと思ったら……あたし達と大差ないんだよね。普通に肉や魚をモリモリ食べるんだもん、ビックリだわ」
そう、食べるものは普通の爬虫類と同様、獣や魚類等の肉である。但し、食べる量が半端ではない。普通の人間を1として、凡そその2〜30倍はペロリと食べてしまうのだ。彼女やみなもがせっせと集めた獲物を一呑みで腹に収めてしまうのだから、その労力は想像を絶するものがあった。
「苦労を掛けるな、ガルダの少女よ」
「あー、何て事ないですよ。ただ、あたし達もそろそろお腹減ってきたんですけど」
「そう思って、声を掛けに来たのだ。降りるがいい、他の二人もいずれ戻って来よう」
と、普通に対話が出来るようになって一週間余り。以前はその威圧感で声を掛ける事も出来なかった、格上の存在……神獣・リヴァイアサンが雫を呼びに来ていた。彼女たちに哨戒を依頼している、張本人である。
「あたしもお腹ペコペコだけど、あの子はもっとコレの到着を待っているだろうなー」
「並みの爬虫類とは桁が違うからな、成長期ゆえに食欲旺盛でもある……成獣になれば、このような苦労は無いのだが」
リヴァイアサンの方が、申し訳なさそうに首を垂れる。それを見て、雫は思わず『いえいえ!』と委縮してしまっていた。
(あたし達、とんでもない縁を作っちゃったかも……ドラゴンが、神獣が頭下げてるよー! どうしたらいいワケぇ!?)
地上へと降下しながら、雫は『早く着いて!』と祈っていた。相手に敵意が無いと分かってはいても、やはり格上の相手との対等な会話は怖いらしい。
***
「あっ、殻に亀裂が!」
「むぅ!」
そのとき一瞬、場の空気が凍り付いたように緊張が走った。母親の腹に抱かれていた卵が僅かに震え、亀裂が入ったのだ。卵は大きく振動を繰り返し、遂に殻の一部が剥がれて、その隙間から薄桃色の肌が覗いた。雛が鼻先を使って顔を外に出そうとしているらしい。
そうして、皆が手に汗を握って見守る事、十数分……まだ鱗も無い、柔らかな雛が卵の殻を破って誕生した。新たな命の息吹が、そこにあったのである。
「……! た、大変! ミルク、ミルク!」
「待て、落ち着け。ドラゴンだぞ? 多分、えーと……」
「爬虫類だ、哺乳類では無い。依って授乳の必要は無い」
「そう、それ!」
あの沈着冷静なウィザードですら、思わず取り乱すシチュエーションであった。しかし、そこで一番赤恥をかいたのは、最初に授乳を心配した彼女――そう、みなもである。
ともあれ、こうして皆に祝福されながら、リヴァイアサンの雛は無事に孵化したのだった。
***
そして今。その雛は短期間で立派に成長し、鱗も生え揃って、時折翼を広げて天を見上げるまでに至った。
「凄いですね、本物だったらここまで育つのに何年かかるやらって感じですけど」
「この子はプレイヤーキャラではない、架空の存在なのだ。我々とは扱いが違う」
「でも、不思議ですよね。妙に情が移ると云うか」
ほのぼのとした会話である。が、そこに居るのは自分たちより遥かに大きな体躯を誇る、ドラゴンの子供なのだ。それを見上げながら交わされる会話としては、些か違和感を感じ得なかった。尚、雫があまりに怯える為、リヴァイアサンは擬人化して、人間の姿となっていた。単なる人化と異なるのは、その姿でも竜の力を発揮できる点にある。
「あ!」
「頑張れ、あと一息だ!」
雛が、その翼を大きく広げ、羽ばたき始めたのだ。これで空を舞うことが出来れば、立派に成獣の仲間入りである。
「諸君、そこに居ては危ない! 此方側に退避したまえ!」
その号令で、全員が雛の正面から背面に回り、固唾を呑んでその様を見守った。そして……
「クエエェェェ!」
雄叫びを上げながらフワリと空中へと舞い上がった雛を見て、青年――リヴァイアサンは思わず感涙にむせぶ。まさに、男泣きと言うに相応しい光景であった。
「あっ?」
「消え……た?」
気持ちよさそうに宙を舞っていた雛が、消えたのだ。その様を見て、みなも達は驚いた……が。
「成獣となったからな、育成の必要が無くなってアイテム化したのだ。必要に応じ、具現化させる事が出来よう」
なるほど、子育て段階は終わり……もう戦力として当てに出来るのか、と、みなもたちは改めて戦慄した。
そして、程なくしてリヴァイアサンたちは二頭連れだって飛び立っていった。深々と頭を下げ、別れを惜しみながら。
「行っちゃった、ね」
「これで、俺たちが此処を守る必要は無くなったけれど……」
「何だか寂しいね。短い間だったけど、凄い感情移入してたから」
何とも言えない、虚無感の中に彼らは立たされていた。
感動の幕引きとなった、それは間違いない筈なのに……この寂しさは何なんだ? と、三人ともが俯いたまま、暫し微動だにしなかった。
<了>
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