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<東京怪談ノベル(シングル)>


再び、出会いのブティックにて


 2ndアルバム『ウィジャボードは教えてくれない』が出たばかりである。赤字にならない程度には、売れているらしい。
 1stアルバム『SHIZUKUミューティレーション』と比べて、売り上げは微増といったところであろうか。
 その1stアルバムの最後に収録された『終末の予定』が、店内BGMとして流れている。
「微妙なチョイスしてくれるじゃないの……」
 SHIZUKUは苦笑した。
 数合わせのために、大急ぎで作った曲である。作詞はSHIZUKU本人、作曲は『ゴーストネットOFF』とも懇意にしている某ネットミュージシャンに依頼した。
 あの時のドタバタとした雰囲気が、聞いているだけで伝わって来てしまうような曲である。
「お客様、どうかなさいましたか?」
 ブティックの店主が、声をかけてきた。
 黒の着こなしが実に見事な、美しい女性である。前任の店主と、雰囲気は似ているが別人だ。
「随分と微妙なお顔をしていらっしゃいます。当店の品揃えが御不満でしたら……申し訳ございません」
「えっ、いやその、そういうわけじゃないんです」
 SHIZUKUは愛想笑いを浮かべた。
 このブティックでは以前、少しばかりひどい目に遭った。
 おかげでイアル・ミラールと知り合えたのは良かったが、ひどい目に遭った事に違いはない。
 そんなブティックが、再び開業している。本来ならば、大いに警戒しなければならないところだ。
 だが、自分の歌をBGMに使ってくれている。それだけで嬉しくなり、警戒が解けてしまう。
 あまり売れているとは言えないアイドルの、悲しい性であった。
 そもそもSHIZUKUをひどい目に遭わせた本人である前任店主は、すでのこの世にいないのである。警戒する必要など、一体どこにあると言うのか。
 SHIZUKUは、気になっていたブラウスとスカートを手に取った。
「あの、これ……試着してみて、いいですか?」
「どうぞどうぞ。試着室は、こちらになります」
 女性店主に案内され、SHIZUKUは試着室に入ってカーテンを閉め、鏡の前に立った。
 自分はまるで進歩していない、とSHIZUKUが思ったのは、次の瞬間である。
 試着室の床が、開いていた。落とし穴だった。
「えっ、ちょっと! またぁ!? てれってれっ、ぼわわあぁぁぁ…………ぁん…………」
 SHIZUKUの悲鳴が、闇の中に虚しく響き渡った。


「面白い人形を手に入れたようじゃないか。売りに出す気はないのかい?」
「冗談。こんな面白いもの、ちょっと手放せないわね」
 仲間の魔女の言葉に、そう答えながら、ブティックの女店主は水晶球を撫でた。
 ある光景が、映し出された。
 夜。ブティックの、裏口である。
 SHIZUKUが、ひょっこりと顔を出して、きょろきょろと左右を見回している。
「おやおや……逃げられてしまうよ、いいのかい?」
「まあ見ていなさいな」
 水晶球の中で、SHIZUKUが裏口から駆け出した。
 脱走が成功した、かに見えた瞬間。SHIZUKUのすらりとした両脚が、動きを止めた。固まっていた。
 SHIZUKUの全身が、まるで時を止められたかの如く硬直している。
 疾駆の躍動感を凍りつかせたまま、SHIZUKUはマネキン人形と化していた。
 魔女が、冷笑している。
「なるほどね。この店を出た瞬間、マネキンになっちまう……か。魔女結社の中でも1、2を争う使い手だった、あんたにしてみりゃ朝飯前ってもの」
「……結社の名前は、もう出さないで。私、あの人たちには心底うんざりしていたんだから」
 水晶球の中では、野犬のような生き物たちが店の裏口からわらわらと現れ、マネキンと化したSHIZUKUを運び上げている。
 野犬ではない。人間だった。
 清潔にしていれば美しい少女たちが、野良犬も同然に汚れ果てた状態で飼育されているのだ。このブティックの、地下で。
 身も心も動物化した少女たちによって、SHIZUKUはブティックの中へと、地下へと、運び込まれて行く。
「昼間はマネキンとしてショーウインドウに飾られる。で、夜は生身に戻して牝犬どもの世話……ひどい事させるねえ。あんた、SHIZUKUちゃんの大ファンじゃないの?」
「ファンだから、よ」
 女店主は微笑み、水晶球を撫でた。
 映し出されている光景が、切り替わった。
 ブティックの地下。表向きには売りに出せないものを、貯蔵あるいは監禁してある区域。
 魔女が『牝犬ども』と呼んだ少女たちが、マネキン化したSHIZUKUにマーキングを施している。
 己の臭いをぶちまけ、擦り付け、所有権を主張しているのだ。
「ふふん、この牝犬ども……どいつもこいつも、SHIZUKUちゃんを独り占めしたがってるねえ」
「飼育係としては、まあ好かれているから」
 言いつつ女店主は、人差し指で水晶球を弾いた。
 SHIZUKUが、マネキン人形から生身の人間へと戻って行く。牝犬と化した少女たちの、汚物を浴びたままだ。
 SHIZUKUの悲鳴が、水晶球の中から迸った。
「私は今ね、アイドルSHIZUKUを独り占めしているのよ。人形にして、物にして、玩具にして、思いっきり遊んでいるの。思いきり汚しているのよ。ファンとして、これ以上の悦びがあると思って?」
「……まあ私もだけどね。あんた、毛嫌いしてる結社の連中と同じだよ。やる事なす事、あいつらと同じ。まあ連中同様、ろくな死に方しないだろうねえ」
 言われるまでもない事、ではあった。
 いくら結社と距離を置こうが、魔女という生き物の醜悪極まる心根が、改善されるわけではないのである。


「だぁれもいない、はいきょのまちで……さいしょでさいごの、デートをしよう……」
 空耳、ではない。確かに、SHIZUKUの歌声だ。
 イアル・ミラールは立ち止まり、見回した。
 道行く人々は、普通に何事もなく歩いている。
 SHIZUKUの歌声が聞こえているのは、どうやらイアルだけだ。
 イアルにだけ届く声で、SHIZUKUは歌っている。
「はなびみたいな、いんせきがぁー……とっても、とってもキレイだよぉー」
「SHIZUKU……こっちね」
 歌声に導かれ、駆け込んだ路地裏で、イアルはその店を発見した。
 あの時と同じだった。客を呼ぶ気が本当にあるのかと思えるような場所で、派手派手しくショーウインドウに明かりを灯している。
 その明かりの中に、SHIZUKUがいた。
 マネキンとなって、清楚なブラウスを着せられている。下半身は脚線を際立たせるパンツで、アイドルにしてはいささか地味めではある。
 迸りかけた怒りの絶叫を、イアルは辛うじて飲み込んだ。
 その代わりに、叫んだ。
「……ミラール・ドラゴン!」
 呼びかけに合わせ、イアルの全身が虹色の光に包まれる。
 その光が、甲冑として実体化を遂げ、イアルの胸と尻を閉じ込めた。金属のビキニ、としか言いようのない、防御効果など欠片ほどもなさそうな甲冑である。
 左腕では、虹色の光が楯となり装着されている。
 それをイアルは、ショーウインドウのガラスに叩きつけた。
 粉々に砕け散ったガラスを蹴散らすように、魔力が渦を巻いた。
 1人の魔女が、そこに出現していた。
「誰……ここを、私の店と知って」
 恐らく店主であろう、その魔女が、言いかけて息を呑む。
「イアル・ミラール……! 馬鹿な、お前は死んだはず……命も力も全て失い、単なる真珠玉に変わったと」
 イアルは答えず、右手を振るった。虹色の光を握り込んだ右手。
 その光が、棒状に伸びて鋭利に実体化しつつ一閃した。長剣だった。
「ぎゃっ……ぐ……し、死に損ないがあぁ……っ」
 斜めに叩き斬られた魔女が、憎悪の呻きを発する。
「渡さない……お前なんかに、SHIZUKUは渡さない……SHIZUKUは……私の、物……」
「人は、物じゃあない!」
 とどめの斬撃を、イアルは叩き込んだ。
 断末魔の絶叫を、おぞましく響かせながら、魔女は全身ちぎれ飛んで消え失せた。
「それがわからない魔女という生き物……1匹も、生かしてはおかない」
「……イアル……ちゃん……?」
 SHIZUKUが、壊れたショーウインドウの中で尻餅をついている。マネキンではない、生身のSHIZUKUが。
「あれ、あたし……そう、またイアルちゃんに助けてもらっちゃったね……ほんと、あたしって進歩ない……」
「そんな事よりも。助けなきゃいけない人たち、まだ大勢いるんでしょう?」
 女の子が何人も、行方不明になっている。
 石像あるいは獣に変えられ、ブティックの地下にでも囚えられているに違いなかった。
「魔女のやる事なんて、みんな同じ……結社が滅びても、あっちこっちでゴキブリみたく生き残っているみたいね。いいわ、1匹1匹、見つけ出して丁寧に駆除してあげる」