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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


無数の未来を彷徨う迷子


 どこかで見た事のある男の子だ、と世河晶は思った。
 4歳か5歳。恐らくは、まだ未就学児であろう。1人、不安げに木立の中を歩いている。
 泣きそうな、だが決して泣くまいと歯を食いしばっている表情が、誰かに似ている。自分のよく知る、誰かに。
 晶は、そう思えてならなかった。
 広い公園である。様々な施設やコンビニ数軒を内包しており、のんびりと歩き回っているだけで下手をすると半日は過ぎる。大人の足でだ。
 子供が1人で歩けば、まず間違いなく迷子になる。この男の子のように。
「迷子の時はね、やたらと動き回らない方がいい……みたいよ? 君」
 晶は声をかけた。
 男の子が、キッと睨みつけてくる。涙をこらえている目だ。
「まいごじゃないもんっ……おさんぽしてる、だけだもん」
「こんな小っちゃな男の子を、1人でお散歩させるなんて……君の親御さん、ちょっと問題ある人みたいね。通報しちゃおうかな」
「パパとママのわるくちいうなっ!」
 男の子が怒り出した。泣きそうに、なりながらだ。
「ふふっ……泣くくらいなら怒ると、そういうわけね」
 やはり、誰かに似ている。
 そんな事を思いながら晶は、初対面の男の子の頭を図々しく撫で回した。
「実はね、お姉さんもお散歩の途中なの。そのついでよ。君のパパとママ、一緒に探しましょうか」
 言いつつ晶は、ふと思った。
 自分は本当に、散歩の途中なのか。そもそも自分は何故、こんな所を歩いているのか。
(……迷子なのって、もしかして私の方?)
「……どうしたの、おねえちゃん」
 男の子が、上目遣いの涙目を向けてくる。
 晶は、微笑んで見せた。
「何でもないわ。ええと……君、お名前は?」
「……あきら」
 明、彰、彬……あるいは晶。いかなる漢字であるのか。
 ありふれた名前ではある。どちらかと言うと、やはり男性名なのか。
「お姉さんもねえ、実は『あきら』って言うの。君のお母さん、どんな願いを込めて、あきら君のお名前付けたのかしらね」
「だいじな、ともだちと……おんなじなまえだって、ママゆってた」
 言いつつ、あきらが鼻をすする。
 小さな手で涙を拭う、その動きを、晶は見逃さなかった。
「君、やっぱり泣いちゃってる? いいのよ思いっきり泣いても。お姉さんがバカにしてあげるわ」
「なかない! ないてなんかない!」
 あきらが、やはり泣くよりも怒る事を選んだ。
「ボクおにいちゃんになったんだもん! なかないもん!」
「へえ。弟さんか妹さんが生まれたの?」
「……いもうと。ふたご」
 あきらが俯いた。
 迷子になってしまった。それよりも、しかしもっと悲しい事がある。そんな様子だ。
 晶は、すぐに気付いた。
「ははん。お母さんが、双子の妹さんにかかりっきりで……あきら君の事、全然かまってくれなくなっちゃった。だから泣いてるのねぇ君。よしよし」
「おねえちゃんのバカー!」
 あきらが、小さな拳をぶんぶんと振り回す。
 逃げかわしながら、晶はおどけた。
「うっふふふ、わかるわかる。君お母さんの事、本当に大好きなのね。よっぽど魅力的なお母さんで、しかも双子の妹さんを生んだ……君、マザコンにもシスコンにもなっちゃうわよ? お父さんが、しっかりしないと」
「パパは、しっかりしてるもん!」
 あきらが、誇らしげな声を発した。
「ボクのパパは、つよくてやさしくて、せかいいち、かっこいいんだ! だからボクもパパみたいになる。ぜったいなかない、つよいおとこになるんだ!」
「……駄目よ、お父さんにプレッシャーかけちゃあ」
 晶はもう1度、あきらの頭を撫でた。
「男なんてのはね、本当は女よりも泣き虫で壊れやすくて、いたわってあげなきゃいけない生き物……って、うちの先生が言ってた事だけど」
 お前ら女はな、俺たち男をもっと甘やかしてやらにゃいかんぞ。酒くらい飲ませろ。
 そんな子供じみた、いや子供でも言わないような事を言いながら深酒をしようとするロシア人医師から、晶は何度も酒瓶を没収したものだ。
(先生ったら今頃きっと、また飲んでるわね……あきら君の御両親を見つけて、早く帰らないと)
 自分の両親に関しては、晶は何も知らない。覚えていない。
 探す努力も、思い出す努力も、とうの昔に放棄している。


 公園内の、コンビニの前である。
 あきらの両親は、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
「あらあら、お久し振りねえ。迷子の迷子の仔猫ちゃん? あなたのお家は、ど・こ・で・す・か? っと」
 あきらの母親が、にこにこ笑いながら、息子の柔らかな頬を掴んで引っ張っている。
 顔面をむにーっと左右に引き伸ばされたあきらが、じたばたと暴れながら悲鳴を上げる。
 母親は笑顔だ。こめかみの辺りに、しかしピキピキと血管が浮かんでいる。
「まったく。今度、迷子になったら冗談抜きで首輪付けちゃうわよ? 通りすがりの人にまで迷惑かけて……本当に、どうもすみません」
 晶に向かって、母親がぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました……息子が、とんだ御迷惑を」
「私、あきら君とは楽しくお話出来ましたから」
 誰かに、似ている。あきらに対しては、そう思った。
 この母親に対しても、晶は同じ事を思っていた。自分のよく知る誰かに、本当に似ている。
 1人、親友がいるのだ。
 彼女が年を経て結婚し、子供を産めば、こんな母親になるのではないか。
「息子が、お世話になってしまいましたね。本当に、ありがとうございます」
 あきらの父親が言った。
 流暢な日本語を喋っているが、欧米人である。まるでハリウッド俳優のような、体格の良い白人男性。横並びの双子用ベビーカーに、片手を添えている。
 あきらの、双子の妹。
 一見しただけではまだ性別のわからない赤ん坊が2人、可愛らしくベビーカーに収まっていた。
 きらきらと、クリクリとした4つの瞳が、興味深げに晶を見つめている。
 軽く手を振りながら、晶は思った。彼女らの父親、この白人男性も、誰かに似ている。
 思った瞬間、ここがどこであるのか、自分が何故こんな所にいるのかを、晶は朧げに理解した。
 そう。自分は確か今、あの青年の未来を視ているところではなかったか。
 母親が、じっと晶を見つめている。
「……何か?」
「あ……ご、ごめんなさい。貴女、私の知り合いにそっくりで……あの子が帰って来てくれた、なんて一瞬思っちゃいまして」
 言いつつ、母親が俯いた。
「そんなはず、ないわよね……ごめんなさい。私の勘違いです」
「私も、勘違いをするところでしたよ。本当に……彼女に、よく似ておられる」
 父親の言う『彼女』というのが何者であるのか、晶は知りたいとは思わなかった。知ってはならない、という気がした。
 名前を聞かれたりする前に、この場を立ち去るべきであろう。
「じゃ、私はこれで……あきら君、元気でね」
「本当に、ありがとうございました。ほら、ちゃんとお礼を言いなさい」
 母親に頭を掴まれ、無理矢理に一礼をさせられながら、あきらが言う。
「あ……ありがとう、おねえちゃん……また、あえる?」
 晶は答えず、ただ微笑んでから、この家族に背を向けた。
 もう会えない。
 そう思った事に、根拠はなかった。


 一瞬の間に、様々な未来が視えた。
 その一瞬を世河晶は、とんでもなく長い時間として体感した。
「っと……ご、ごめんなさい。こんなにたくさん未来が見える人、初めてで」
 いくらか戸惑いながら、そんな事を言ってしまう。
 まるでハリウッド俳優のような欧米人の青年が、微笑んだ。
「ほう、私の未来を……興味深いですね。私に、未来などというものが本当にあるのですか?」
「何通りもありますよ。こんなに分岐点の多い人、初めて見ます」
 その分岐の1つに晶は今、迷い込んでいた。ほんの一瞬を、長い時間と感じながら。
 迷い込んだ先で、何を見たのか。何があったのか。それは覚えていない。
 何やら、良い夢でも見ていたような気がするだけだ。
 とにかく、この青年に対し、確実に言える事は1つしかない。
「幸せな未来から破滅の未来まで……よりどりみどり、という感じですね。全て、ハスロさんの選択次第です」