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<東京怪談ノベル(シングル)>


その熱を君は知らない(2)
 辿る道に違和感はない。いつも通りの日常が、我が物顔でそこには鎮座している。この近くの公園で奇妙な遺体が見つかった事などまるで嘘だったとでも言うかのように。
 しかし、現に事件は起きているのだ。違和感がない事自体に違和感を覚え、琴美はその整った形の眉を僅かに寄せた。
 現場となった公園も、やはり奇妙な点は見られない。太陽の光はじりじりとした夏の暑さをまといながら、スポットライトの代わりのように休む事なく琴美の美しき体を照らし続けている。
 だが、遺体のあった場所を入念に調べようと琴美が一歩足を踏み出したその瞬間、不意に周囲の景色が歪んだ。
「……っ!」
 自らへと襲いかかろうとする悪しき気配を察し、琴美はすぐに武器であるナイフを構える。直後、氷に直接肌を撫でられているかのように急激な寒気が彼女の体へと襲いかかった。
 一瞬の内に、琴美の周囲を包み込む吹雪。それもただの吹雪ではない。視界は閉ざされ、音すらも遮る猛吹雪だ。
 その上吹雪を奇跡的に抜けたとしても、周囲には一瞬にして建てられた透明な壁……分厚い氷が立ちふさがっている。琴美は、まるで結界のような冷たい檻の中へと一瞬の内に閉じ込められてしまったのだ。
「なるほど。確かに、こんなところへ放り込まれたら凍死してしまいますわね。無論、私以外の人であれば……の話ですけれども」
 しかれども、彼女にとってはこの程度の事窮地でも何でもなかった。冷静に彼女は状況を把握すると、手を掲げ意識を集中させる。突如凄まじい風が吹き、氷の壁は音もなく崩れ落ちる。琴美へと襲いかかっていた吹雪も、同時に掻き消えていった。
 琴美は風を操る能力を使い、吹雪吹き荒れる氷の檻を破壊したのだ。
「トラップですわね。特定の場所へと足を踏み入れた者を、氷の壁の中へと閉じ込めて逃げられないようにし冷気で殺める、さながら結界のような装置。……貴方様方の仕業でして?」
 彼女の魅惑的な唇が、どこか挑発的に弧を描いた。先程まで肌を切り裂くような極寒の中にいたというのに、琴美は至っていつも通りの凛とした態度で敵の隠れているほうを見やる。強力な結界装置を使ったというのに彼女を閉じ込めるどころか傷一つつける事すら叶わなかった事を知り、隠れていた四人の男達の間に動揺が走った。
「貴方様方は先程私にしたように、人々を吹雪の吹き荒れる場所へと閉じ込めその尊い命を殺めてきましたわね? その罪、今ここで償ってもらいますわ!」
 そう呟くと同時に、少女は疾駆。一人の男への距離を一気に詰めると、そのノーガードな腹へと向かい強烈な蹴りを叩き込む。ミニスカートからすらりとした長い足が覗くが、それに見惚れる間すらも与えずに琴美は更に追撃。今度は横から敵を蹴り、近くにいた別の敵へとその体をビリヤードの如く叩きつけた。
 接近戦では不利と悟った敵の一人が、慌てて琴美と距離を取ろうとする。しかし、琴美の速さには敵わない。瞬時に敵の前へと回りこみ、彼女はその手を振るった。琴美の手の中にあったナイフが、美しい軌跡を描きながらも鮮血の花を咲かす。
 最後の一人となった男は、反撃に出ようと琴美に向かい銃を構える。撃ちだされた弾丸は、まるでつららのような形をしていた。
(……この銃弾、ただの弾ではありませんわね。何か仕掛けがありそうですわ)
 最初はナイフで弾き返そうとしていた琴美だったが、瞬時にその事に気付くと華麗に跳躍し弾丸を避ける事にする。その結果弾丸は、琴美の背後にあった木へと突き刺さった。弾に触れた瞬間、木は一瞬にして凍結してしまう。
 どうやら、あの弾は当たった対象を凍らせる効果を持っていたらしい。琴美の武器は最新の技術を使用した特注のもののため当たったとしても凍る事はないだろうが、もしかしたら傷がついていたかもしれない。咄嗟の判断で避けたのは正解だったようだ。
 敵は先程の攻撃で琴美を仕留める事が出来ると思っていたのだろう、驚愕の表情を浮かべる。相手の近くへと着地した琴美は息吐く間も与えずにナイフを振るい、隙だらけなその男の命を刈り取った。

 全ての敵を倒しきり、公園には再びの静寂が訪れる。太陽が燦々と降り注ぎ、ラバースーツに身を包んだ女の豊満な体を照らした。
 凍らされた木々が纏っていた氷はいつの間にか夏の暑さに溶け、吹雪の名残もない。いつも通りの夏の景色がそこには広がっていて、先程までの戦闘はまるで蜃気楼だったのではないかと錯覚させる。しかし、倒れ伏した男達と彼らの持っていた不可思議な武器が先程までの戦闘が嘘ではなかった事を教えてくれていた。
「やはりまだ世間に出回っていない違法の武器を使用した犯行だったようでしたけれど、対象を凍らせる弾丸や一瞬にして人を氷で閉じ込めるあの結界のような仕組みは、武器というよりまるで魔法のようでしたわね」
 今回の件に人ならざる者が関わっている可能性に気付き、琴美は思案げに目を細める。人と魑魅魍魎が協力関係にあるのか、どちらかが一方的に相手の事を利用しているのか。
「とにかく、任務完了ですわ。戻って司令に報告……ですわね」
 敵の遺体の後処理と彼らの武器の回収を通信機で仲間へと頼み、長く伸びた黒髪をかきあげ少女はすっかりと夏の景色を取り戻した公園を後にする。
 今回の件の黒幕の正体は、人を利用した魑魅魍魎か、それとも魑魅魍魎を使役する人か、あるいはその両方か。なんであったとしても、琴美のする事は変わらない。
「誰が相手だろうと、私が必ず倒してみせますわ」
 必ずや悪を倒し勝利を掴む事をその胸に誓い、ロングブーツを鳴らしながら彼女は歩いて行く。その黒い宝石のように美しい瞳は自信に満ち溢れ、どこまでもまっすぐにただ勝利だけを見据えていた。