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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■ 竜宮城の如き館の受難 ■





 ティレイラはその豪奢な館の扉の前で大きく一つ深呼吸をした。いつもはこの扉を師であり姉のようにも慕っているシリューナと共にくぐっているのだが今日は1人なのた。緊張せずにはおれなかった。この館の主はシリューナと懇意にしている事もあって、自分が呼ばれたのが不可解でもあったのだ。
 一応、仕事でと言われてはいるが一体どんな仕事なのやら。とんでもない体験をさせられた記憶はそれほど古くはなくあまりいい予感もしなくはなくて。
「お仕事だし、頑張らなくちゃ!」
 ティレイラは自分を鼓舞するようにそう口に出すと、意を決してその扉に付いているベルを鳴らした。涼やかなベルの音が辺りに響きわたると程なく扉が開く。いつもの使用人らしい老婆が顔を出した。
「お待ちしておりました」
 そうして促されるままにティレイラが案内されたのはいつものサロンではなく主の私室であった。
 しかもその部屋の前まで案内して老婆はさっさと行ってしまう。自分でドアをノックをしろという事らしい。ティレイラは緊張に息を呑みながらドアをノックした。
「どうぞ」
 中から軽やかな少女の声が聞こえてくる。扉を開けると少女はいつもと変わらぬ笑顔でティレイラを迎えてくれた。
「待っていたのよ! ティレ」
「こんにちは、姫」
「ふふふ、こちらへいらっしゃいな」
 “姫”手招く。誰もが少女を姫と呼んだ。名前ではなかったが少女の一人称が姫だったからだ。
「嬉しいわ。お仕事の方は大丈夫だったかしら?」
「はい。今は特に依頼もなかったので」
 ティレイラは姫の向かいのソファに腰をおろしながら答えた。
「それは良かった」
 そんなやりとりを見ていたわけでもないだろうにタイミングよくそこでドアがノックされ先ほどの老婆がお茶を運んできた。ティレイラが来る前から用意していたのだろうか。
 テーブルに白磁のカップが並べられる。ポットから注がれるキャラメルティーの香りが良くて思わずいっぱいに息を吸い込んでしまう。2つのカップに紅茶を注ぎ終えると「どうぞ」と言って老婆が下がった。
 1啜り。姫の館のお茶はいつも美味しい。ティーカップに揺らめく琥珀色の波紋とそこからたちのぼる湯気を見つめながらティレイラはようやく口火を切った。
「それで、仕事というのは何ですか?」
 ティレイラの肩書き上の職業は配達屋さんだが実際にはほぼなんでも屋と化していた。現実はちょっとほろ苦く出来ているのだ。
「最近ね…」
 姫は長い睫を伏せるように俯いて手にしたティーカップを小さく弄びながら寂しそうに話し始めた。
「これぞ、と思う逸品が出回らなくて…」
「逸品を探してきて欲しい…と?」
 尋ねるティレイラに姫は小さく首を振った。
「いいえ。それをティレにお願いしても待っている時間が辛すぎるわ」
 姫はそうして本当に辛そうに微笑んでみせたが、大仰にそうしてみせてはいるだけで口ほどに語る蒼い瞳はそうでもない。
「…じゃあ?」
 焦れたようにティレイラが身を乗り出す。姫は紅茶を1啜り。おもむろにカップをソーサーに戻して、たっぷりと間をとってからようやく口を開いた。
「だからね、新しい逸品が手に入るまで、ティレには姫の相手をしてもらいたいの」
「相手…ですか?」
 意味がよく理解できずにおうむ返したティレイラに姫は愛らしく笑って言った。
「ええ、そうよ。よろしくね」


 ◆◇◆


 退屈を持て余している時に彼女の存在を思い出した。ファルス・ティレイラ。同好の士とも盟友とも呼ぶべきシリューナ・リュクテイアの愛弟子であり、配達屋さんなるものを生業としている竜族の娘。いや、そんな肩書きはどうでもいい。彼女の長く豊かな黒髪、深い赤の瞳、瑞々しい肌、どこか幼さの残る顔立ち、大人と子供の間にある柔らかそうでいて張りのある肢体、それら全てが重要であった。
 羨ましい事にシリューナは常日頃、そんなティレイラを独り占めしているのだ、と思うと居ても立ってもいられなくなって姫は早速ティレイラから貰った配達屋さん(兼なんでも屋)の名詞を引っ張り出し、彼女を呼び寄せたのである。
 普通に呼びつけたのであればすぐに帰ってしまうだろう、だからあくまでお仕事として。これなら存分に彼女を堪能することが出来るに違いなかった。
 期限は退屈を吹き飛ばす自慢の逸品が手に入るまで。或いは、飽きるまで、といったところか……。

 そんな姫の思惑を知る術もなくティレイラはお仕事頑張るぞと意気込んで、目の前に並べられたたくさんの服に感嘆の声をあげていた。
「わあ…すごい!」
「どれもティレにぴったりだと思うのよ」
 並べられた服の1つを手にとりながら姫がティレイラの前に合わせてみせる。どれも姫が選りすぐったティレイラの愛らしさを最大限に引き出す服らしい。
「気に入りそうなのはあって?」
「えぇっと…」
 ブティックも真っ青なほどたくさんの服にティレイラは目移りするばかりだ。見たこともないような斬新なデザインの服から、オーソドックスなものまで、スカートからパンツまで、色も形もありとあらゆる服が揃っている。
「今日の気分で選べばいいのよ。明日もあるのだから」
 楽しげに姫に言われて最初は気後れしていたティレイラだったが目に止まった1着の服に手を伸ばす。
「これ、着てみてもいいですか?」
「もちろん! 全部、ティレのために用意したんですもの。好きなものを好きなだけ着てちょうだい」
「はい!」
 ワクワクしながら手に取ったのは鮮やかなオレンジ色に黒のリボンの付いたドレスだった。そういえばここへ来る前に覗いた東京の街はハロウィンで飾られていた。それが頭の片隅に残っていたのかもしれない。
 しかしドレスを手にとってすぐに首を傾げる。
「えぇっと…これ、どうやって着るんですか?」
 ボタンや留め具、ファスナーのようなものがなくて首を傾げる。
「ああ、それはね」
 姫がティレイラの手からドレスを取るとふわりと天井に向けてそれを投げあげた。ゆっくりとドレスがティレイラの頭上に落ちてくる。
「え…」
 次の瞬間、ティレイラはそのドレスを身に纏っていた。
「………」
「面白いでしょう?」
「はい! こんな服もあるんですね!」
「ええ。これはどの異界の仕様だったかしら…」
 記憶をなぞるように姫は視線を明後日の方へさまよわせながらもティレイラを立ち見鏡の前に誘導した。
「オレンジのスカートに黒い髪がとても映えるわね」
 肩越しに後ろから一緒に鏡を覗いている姫に似合っていると言ってもらえてティレイラはなんだか面映ゆかったりもしたが悪い気もしなくて、今日はこのドレスに決めた。
 他にも装飾品をあしらって。
 今日はこれから姫が主催のパーティーがあるらしい。


 ◆◇◆


 夜の帳に星屑を散らしたガーデンパーティー。静かな音楽にワイングラスが揺らめき、参加者たちはそれぞれに社交ダンスに興じたり美味しい料理に舌鼓をうっている。
 最初はなんだか場違いな気がしていたティレイラだったが、参加者の殆どが亜人種で安堵した。姫が得意げにティレイラを紹介して回るのが照れくさくてむずがゆくて仕方なかったがそれがひとしきり終わると今度はお待ちかねのお食事タイムである。
 お皿を片手に立食形式の料理を前菜から順にとっていく。姫のシェフが作った料理はどれも美味しくて、これから数日はずっとこれが食べられるのかと思うと気持ちが浮き立つのも致し方なかった。
 かくて姫にダンスに誘われて慣れないワルツとチークダンスに挑戦しつつも充実した1日を終え、翌日も服選びからスタートする。本当にいろんな服があってもっと悩むかと思われたが、明日もあると思えば、順に着ればいいかと割り切れたりもした。それに、時間の空いた時は姫がティレイラのファッションショーを所望するのだ。
 シェフの作る美味しいお菓子を食べ、可愛い服や装飾品で着飾って、外に遊びに出かけたり、家でくつろいだりの毎日が続く。お仕事とはいえ、こんなに楽しんでていいのかしらと若干の不安を感じつつも姫が満足そうなのでティレイラはそんな日々を謳歌していた。
 いつになったら姫を満足させる逸品が手に入るのやら皆目見当もつかないまま楽しい毎日が続く。
 とはいえ、日が経つにつれさすがに姫もファッションショーが飽きてきたのか――ある日。
 姫は何やら別のものを持ち出してきた。
「ふふ、これ、なんだかわかる?」
 そう言って見せてくれたのは謎の黒い球体だ。黒水晶のような透明感と艶をもっている。
 ティレイラは何の疑いもなくそれに手を伸ばした。忘れていた。姫はシリューナの同好の士だったのだ。
「きゃっ!?」
 球体の中から次々に飛び出してきた謎の物体に驚いてティレイラが尻餅をつく。見上げた先で姫がちゃっかり手袋をはめてその球体を持っていた事にようやく気づいた。
「こ、これ…なんですか!?」
 ティレイラは球体から飛び出て辺りに散らばった“何か”を見渡した。それは「わーい! わーい!」と可愛らしい声をあげている親指サイズの自分だった。
「これはレプリカメーカーよ。触れたものを極小サイズにコピー出来るの」
 説明を受けてなるほどと思いながらあちこち自由に走り回っているミニマムな自分を見る。全部で何人いるのだろう。その内の1人を観察しているといつの間にやら他の自分たちがティレイラ本体をよじ登り始めた。
「きゃっ!?」
 脚をよじよじ、背中をよじよじ、腰をよじよじ、胸元をよじよじ。それでも自分だと思うと簡単にはたき落とす事もはばかられて。
「いやーん…くすぐったいってば…あ、こら…そこは…だめ!! いやん!! 姫! 背中、背中…取って…ください!!」
 とお願いしているのに、姫はといえば、それを微笑ましげに見つめながらソファーに座ってのんびり紅茶を頂いている。
「ひゃぁっ!! あはは…だめ…ふふ…くすぐった…姫ってば…姫さま…見てな…いで…何とか…あん…あっ…だめ…あははははは…助け…ああっ!!」

「ふふふふ。やっぱりティレって可愛いわね」

 かくして、様々な魔法道具にあたふたしながらも見せてくれるティレイラの可愛らしい姿を愛でつつ、時々なだめたりもして、極上のお菓子をいただく姫の、逸品が手に入るまでの“暇つぶし”は徐々にエスカレートしていったのだった。


 ◆◇◆


「………」
 東京のどこかに繋がっている彼女が営む魔法道具屋の奥にあるリビングで自ら淹れたお茶を頂きながらシリューナは何となく静かな部屋を見渡した。
 いつもならお茶もティレイラが淹れてくれる。元気な笑い声を聞かせてくれる。この部屋はもっと明るかった気がする。
 それが今は寂しい秋の風が時々通り抜けていくくらいだ。
 仕事が入ったと言ってティレイラが出かけてからかれこれ1ヶ月以上経っただろうか。一体、どこで何をして……いや、何をさせられているのやら。さすがに長すぎるのではないかと思う。それも泊まり込みで休みすら貰えない仕事なのか、全くこちらに戻ってくる気配がない。
「おかしいわね…」
 少し心配になってシリューナはカップの中身を飲み干すと立ち上がりティレイラの部屋に向かった。
 一体誰のどんな依頼で帰ってこなくなったのか。もちろん部屋を捜索なんて無粋なまねはしない。シリューナは自ら調合した魔法薬の入った小瓶をそこで開けただけだ。そこから漏れ出る香りがティレイラの部屋を満たす。
 シリューナは静かに目を閉じた。
「………そう」
 次に目を開けたときには踵を返しその足でティレイラの仕事の依頼人の館に向かっていた。
 ドアベルも鳴らさずずかずかとその扉を押し入る。慌てて出てきた老婆に姫とティレイラの居場所を尋ねると老婆は返事を拒もうとしたがシリューナの視線におずおずと答えた。
 姫の私室のドアを問答無用で開く。
「お久しぶりね、姫」
 ソファに座ってアフターヌーンティーを楽しんでいた姫が突然の来客に驚いたように顔をあげた。
「あら、いらっしゃい」
 だが、シリューナの視線は姫を向いてはいなかった。その視線の先にあるのは姫の隣で眠っているティレイラである。
 しかも、ただ眠っているのではない。
「どういう事か、説明していただける…かしら?」
 シリューナの問いに姫は怪訝な顔をして、それからシリューナの視線を辿って傍らのティレイラを見やった。
「ふふふ、素敵でしょう?」
 そっとティレイラの頭を撫でる。柔らかな髪の感触はなく髪を梳くでもない、それは硬質なオブジェであった。
 姫が、ティレイラの造形のあまりに甘美な姿をどうにもとどめ置きたくたくなって、とっておきの魔法道具で、優しく寝かしつけたティレイラの意識を夢心地にして自らの身体が変化している事を気づかせぬまま魔力を帯びたオブジェに封じてしまったのは数日前の事である。そうして今の今まで、その期待通りの出来映えを愛でるように抱きついては顔を埋め、頬擦りをし、撫で回して滑らかな感触と共に美しく形作られたそのフォルムを味わっていたのだ。
 そうと知ってシリューナは思いの外自分の頭に血が上っていくのを感じた。これは独占欲というものだろうか。
「そろそろ返していただけるかしら?」
 ティレイラは自分が見つけた逸材であり、可愛い妹のような大切な存在なのだ。
「あら、まだ彼女はお仕事中よ」
 姫は肩を竦めてみせる。
「新たな仕事が入ったのよ。こちらの仕事はこれでお終い」
「それを決めるのはシリューナではなくてよ」
「いいえ」
 シリューナはぴしゃりと決めつけた。それから姫が今も撫で回しているその手とオブジェを見下ろしてしみじみとした口調で言い放つ。
「大体…姫はティレの事、全くわかっていないわ」
「なんですって?」
 姫の眉尻がわずかにあがった。
「そんな寝姿をオブジェ化だなんて」
 失笑混じりのシリューナにムッとして姫が言い返す。
「あら、素敵じゃない。この身も心も委ねたような愛らしい姿を見て、どうしてそんな事が言えるのかしら?」
「ティレの事は私が一番よくわかっているのよ」
「近すぎて見えなくなってる事もあるんじゃなくて?」
 2人は睨み合った。
 最初に動いたのは姫である。
「ほら、ご覧なさいな。この愛らしいティレの寝姿を」
 姫は力説を始めた。レースの短いスカートから伸びる細すぎず太すぎない元気溌剌とした脚。艶めかしい腰のくびれ。双丘を形作る美しい稜線。今にも寝息が聞こえてきそうな穏やかな表情。世界には自然が生み出す美と人によって生み出される美がある。だが、今ここにあるのはそのどちらともつかない。いや両方が巧みに組み合わさった結果であった。
 確かに一見非の打ち所がない愛らしさだ。可愛くないわけがない。だが寝ている姿などと日常の中で布団をけ飛ばししどけない姿を晒しているティレイラなど。
「いつでも見られるじゃない。そもそもティレの可愛らしさはころころと変わるその表情にあるのよ」
「……確かに、それは一理あるわね」
 姫は魔法道具で翻弄されあたふたしているティレイラを思い出さずにはおれなかった。
「たくさんの表情の中で垣間見せるその姿こそ至高」
 シリューナが反撃にでる。
「困惑に歪んだ顔も怯えた小動物のように竦ませた体も、今にも泣きそうに潤ませた瞳も、ぐっと耐えるように握った拳も、どんなによく表情を変えたにしても日常の中でいつでも見られるものではないでしょう?」
「つまり、そのレアリティを楽しみたいという事かしら」
「そうね。その希少な一瞬をゆっくりと時間をかけて堪能するのがいいのよ」
「確かにそれも捨て難い。でも、日常だからこそ美しいこともあるんじゃなくて?」
「なら、試してみる?」
「望むところよ」
 どちらがティレイラの魅力を余すことなく生かしたオブジェを作る事が出来るのか、こうしてバトルは始まった。


 そんなこんなでティレイラは姫の館にシリューナがいつの間にか加わっている事に気づいたのも束の間、挨拶も出来ぬままあの姿この姿とオブジェに変えられ、結局のところ同じ穴の狢である姫とシリューナに決着が訪れる事もなく、むしろ当初の目的を忘れる勢いで飽きるまで堪能されたのだった。





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