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虹の光が反撃を告げる
「ああん、命乞いしてる連中を殺すのって最高!」
虚無の境界の戦闘員、であるはずの娘が今、イアル・ミラールと共闘している。
怨霊で出来たチェーンソーを振り回し、魔女たちを切り刻んでいる。
「イアルお姉様は、どう? 健気に立ち向かって来る敵と、無様に泣き叫ぶ敵、どちらを叩き潰すのがお好き?」
「好き嫌いはともかく……敵なら、倒さないとね。立ち向かって来ようが、泣き叫んでいようが。あとね、お姉様はやめなさい」
東京湾内に停泊中の、とある豪華客船。
そこで、美術品のオークションを兼ねた船上パーティーが催されていた。
絵画や陶器、装身具、置物の彫像、そして等身大の石像。
美しく精緻に彫り込まれた、何体もの石の女人像が、競売にかけられていたところである。
そこへ、イアルは殴り込んだ。同行者2名と共にだ。
うち1名が、
「ひいっ、ま、待っておくれ……あたしら何にも悪い事してない、ただ商売をやってるだけなんだよ。だって何の魔力もない人間の小娘なんぞ、金持ちの変態どもに売り飛ばすしか使い道なかろ? それのどこが悪」
パーティーの主催者である魔女たちを、そんな弁明の途中で叩き斬る。猛回転するチェーンソーの轟音が、命乞いの言葉を掻き消してしまう。
「悪いのはユーたちの頭よ。結社が潰れたのだから大人しくしていれば良いものを、相も変わらずおバカな商売をやらかして……私たちは害虫ですから駆除しに来て下さいと、皆殺しにして下さいと、広告を出しているようなものよ?」
「皆殺しは駄目。最低でも3人は生かしといて」
もう1人の同行者である、IO2エージェントの少女が言った。
「魔女結社の残党が、どこに潜伏してるのか……吐かせなきゃなんないから」
「どうして3人?」
「1人だけだと、うっかり殺しちゃったら終わりだもの」
「予備に2人、というわけ……ふふっ、IO2は恐い組織ね。虚無の境界なんかよりも、ずっと」
「本当にそう思うなら、これからは少し大人しくしてね」
言いつつ少女が、歩み寄って来る。
「……それで、どう? イアル。この子たちは」
「間違いないわね」
イアルは断言した。
競り落とされる寸前だった石像の1つが、神聖都学園の制服を着ている。
学園の女子生徒が、着用している制服もろとも石像に変えられているのだ。
イアルは片手をかざし、目を閉じ、呟いた。
「ミラール・ドラゴン……」
虹色の光に一瞬だけ包まれながら、石像が倒れた。と言うより、膝を折って座り込んでいた。
石像ではない……石化から解放された、生身の少女がだ。
イアルは抱き起こした。神聖都学園の女子生徒、であるらしい少女は、目覚めない。
「点滴でもして、2、3日安静にしていれば、目を覚ますと思う」
IO2エージェントの少女が、言った。
「その後でも、何か……事情を聞いたり、出来ればいいんだけど」
「必要ない、と思うわ」
イアルは言った。
この少女が、どこで、どのように拉致されたのか。それは聞き出すまでもなく明らかである。
意識を失ったままの少女が、イアルの腕の中で、うわ言を発したからだ。
「……カスミ……先生……」
神聖都学園。
音楽準備室で、響カスミは1人、涙を流していた。
何の表情も浮かんでいない、人形のような美貌を、涙がつたう。
「泣かないで、カスミ」
イアルは声をかけた。
数百年間20歳であり続けた身体に神聖都学園の制服をまとい、女子生徒に化けて潜入したところである。
「貴女が石にしてしまった女の子たちは全員、助けたから大丈夫……後はね、貴女を元に戻すだけよ」
「…………」
カスミが、ゆらりと身を寄せて来る。
以前は、このまま抱き締められて唇を奪われ、石像に変えられた。
そうなる前に、イアルは言葉を発した。
「ミラール・ドラゴン……カスミを助けなさい!」
虹色の光が、イアルの右手を包み込む。
そして細長く伸びながら、鋭利に物質化を遂げた。
長剣だった。
それをイアルは、握り込むと同時に振り上げていた。
切っ先が、カスミの細い喉元に突きつけられる。
こちらへ歩み寄りかけていたカスミの足が、止まった。立ち竦み、硬直していた。
「ごめんねカスミ……少しの間、我慢してね」
1歩、踏み込めばカスミの喉を刺し貫く。そんな形に剣を構えたまま、イアルは語りかけた。
「……さあ、出て来なさい。カスミの中から」
硬直したカスミの両足が、そのまま石と化している。
女教師の下半身が、今や石像の美脚になりかけていた。
「石に変えられる……それがどういう事か、少しはわかった?」
『……くっ……これが、鏡幻龍の力……』
無言で涙を流していたカスミが、ようやく言葉を発した。
否、それは響カスミの声ではない。
彼女の下半身から上半身へと進行しつつある石化に、押し出されるような感じで、ぼんやりと姿を現しつつあるもの。
それがイアルを睨み、呻いている。
『鏡幻龍の、戦巫女……! お前、生きていたのかい……!』
「そろそろ死んでもいいかな、なんて思える時もね。ないわけじゃあないけど」
イアルは微笑みかけた。
「結社は滅びたのに、あちこちでゴキブリみたく這い回っている連中がいる……そいつらを根絶するまではね、まだちょっと死ねないかな」
『お前ぇえ……っ!』
それは、1人の女だった。美しい、だが醜い女。
美しい顔に、内面の醜悪さが滲み出ている。それがまた匂い立つような外見的美しさを醸し出している。そんな女だ。
サキュバスであった。女という生き物の、美しさと醜さを同時に体現する怪物。
『こ、こうしちゃいられない……この女が生きてるって事、魔女様たちにお伝えしないと……!』
「させない!」
イアルは長剣を、カスミの喉元から遠ざけながら一閃させた。
サキュバスの美しい肉体が、内面の醜いものをドバァーッとぶちまけながら真っ二つになり、飛び散りながら消滅してゆく。断末魔の絶叫を、短く響かせながら。
石像になりかけていたカスミが、柔らかな生身に戻りながら倒れかかる。
イアルは抱き止め、言葉をかけた。
「カスミ、しっかりして……もう、終わったのよ」
「…………イアル……」
潤んだ両眼を、うっすらと開きながら、カスミは声を発した。
紛れもない、響カスミの声だ。
「イアル……なの……?」
「言っておくけど、夢じゃないわよ?」
イアルは微笑んだ。
にこり、と歪めた唇を次の瞬間、奪われていた。
「んむっ……ンッ……や、やめなさいカスミ! いきなり何するの!」
「夢……でもいい……」
そんな事を言いながら、カスミが正気を失っている。
「ずっと、私……ずっと、貴女に会いたかった……貴女が、欲しかった……イアルぅう……」
「カスミ……」
音楽準備室の床に、イアルは押し倒されていた。
カスミが、しくしくと泣いている。
その頭で、大きなたんこぶが膨らんでいた。
「ほ、本気でぶつ事ないじゃないのよぉ……イアルだって、悦んでたくせにぃ……」
「お黙り、この変態女教師が」
乱れた制服を、いそいそと着直しながら、イアルは命じた。
「まったく……久し振りに会って、まず真っ先に何をするかと思えば」
「久し振り……なの? やっぱり……」
カスミが、不安げにしている。
「私、何だか……長い間、ぼんやりしてて……よく覚えてなくて……」
音楽準備室の、地下である。
イアルがカスミに襲われている真っ最中、いきなり床が開いたのだ。
「魔女結社の連中……学校の地下に、こんなものを造って」
部屋、と言うべき空間が、音楽準備室の下に広がっていた。
何体もの石像が、置いてある。放置してある。
神聖都学園の制服を着た、少女たち……の石像だった。
魔女たちのもとへ『出荷』される寸前であった、美少女たち。
見回しながら、カスミが声を震わせる。
「この子たち……まさか、私が……?」
「大丈夫、元に戻せるわ」
イアルは、長剣を掲げた。
その刃から、虹色の光が発生し、石像たちを包み込む。
生身に戻った少女たちが、倒れたり、尻もちをついたり、ぼんやりと目を覚ましたりしている。
「後は、魔女どもを始末するだけ……」
今はこの場にいない敵たちに向かって、イアルは長剣をヒュンッ……と振るい構えた。
「人を、物として扱う連中……絶対に、許してはおかないッ!」
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