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<東京怪談ノベル(シングル)>


―場違いな人気者―

 ひょんな事から白い毛並みの虎の姿になってしまった、女子中学生・海原みなも。彼女は今、物理的な意思表示の手段を全て奪われた状態になって、少々困っていた。いや、窮地に追い込まれたと云うようなレベルではない。これを放っておいたら少々困る事になるな、程度の難易度であった。
(怪しいなー、とは思ってたのよね。来る時には無かった施設、都合よく開いてたドア。とどめに縫いぐるみと来て、お膳立てはバッチリ……か)
 百戦錬磨、という訳でも無いが。彼女はこのような『乗っ取り』に遭った経験には事欠かなかった。分けても、体を包まれる系の呪縛は特に多く、だからこそこの状況を何とかする手立ては大体分かっていた。ただ、『またか』と云うガッカリ感が半端なく、少々自己嫌悪に陥っていたので、止める気が失せていただけなのである。
(草間さんは安全地帯に避難したし、あとは外にさえ飛び出さなければ問題は無いんだよね。でも、流石にあたしが暴れてると思われたら心外だし? そろそろ何とかしようかな……)
 取り敢えず、ドアの向こうでパニックを起こしているであろう私立探偵――草間武彦に、我が身の無事を知らせなければ話にならない。が、その為には、我が身を取り込んで喚き散らしている虎を黙らせる必要があった。
(んー、虎さんは『あたし』と云う中身を手に入れたから動けてるだけで、出ちゃえば元通りなんだよね。でも、脱いだトコを草間さんに見られたら流石に拙いし、着たままでこの場を切り抜けるには……って、煩いなぁ、もぉ!)
 相当長い間、放置されていたのだろう。虎の着ぐるみは何かを訴えようとしているらしいが、先に鬱憤晴らしをしようとしているのか、とにかくガオガオと煩いのだ。これだけ騒がれては、纏まる考えも纏まらなくなってしまう。
「お黙りなさい!」
 ついに『キレた』みなもが、着ぐるみの内側から怒鳴りつけた。無論、相手は自分の身を包んでいる虎である。
「ったく……少しは静かにしなさいよ。言いたい事があるなら、話は聞いてあげるから」
 みなもは、テレパシーで思念派を送り付けたのではない。肉声で虎を一喝したのだ。無論、声を出さずに直接意思表示をする事も可能ではあった。が、敢えてそれをしなかったのは、ドアの向こうに居る草間に『自分は無事だ』と知らせる為である。 
「嬢……ちゃん、か?」
「ガウゥ!!」
「ぅおぅ! 近い、近いぞ今のは!」
「いきなり顔を出すから……こらっ、大人しくしないと話聞かないわよ? 貴方の弱点は、もう分かってるんだからね!」
 一体、何が起こってるんだ……? と、草間はドアの影から恐る恐る様子を窺っている。然もありなん、みなもの容姿は未だ白虎そのものだったのだから。
「よしよし、良い子ね……あ、草間さん。もう大丈夫ですよ?」
「の、乗っ取られたんじゃないのか?」
「お約束のパターンに嵌った自分が、ちょっと悲しくて……それにこの子、何か言いたそうなんで」
 この子、って……と、草間はずり落ちたメガネの位置を直しながら、じりじりと近寄って来る。その様子を見たみなもが、思わず吹き出してしまいそうになるほど、その姿は間抜けだった。

***

「つまり、誰かが入って密閉状態を作らないと、動けない訳かコイツは」
「ええ。でも、あたしが力を籠めれば抑えられる程度の力しか出せないみたいだし、首の処をちょっと持ち上げちゃえば、この通り。元の着ぐるみに戻るってワケです」
「でも、中に入った奴を閉じ込めて、リアルな虎の姿に変身するぐらいの妖力はあるんだろ?」
 それが、どうも訳ありらしくて……と、みなもは少々困り顔を見せる。それに、着て来た制服は未だに水滴を垂らす有様で、他に着替えも無い。それもあって、この姿で居るほかに手だてが無いのだった。
「……取り敢えず、そのトラ君の言い分とやらを聞こうか?」
「ですね。このままじゃ可哀想な気がしますし」
 情に厚い草間と、困りごとを放置できないみなも。このコンビが顔を付き合わせて、この状況を座視できる訳は無かった。
 差し当たり、虎は着ぐるみ状態に戻ってしまうと意思表示が出来ないと云う事で、みなもは再び顔を隠した。着ぐるみの時と全く違う外観に変身するため、事情の飲み込めた者でなければパニックを起こすこと請け合いである。
 聞けば、彼はこの動物園が未だ栄えていた頃に、イメージキャラとしてデザインされたマスコットだったそうだ。が、経営難となり、本物の猛獣を留め続ける事が困難となって、園内にはありふれた小動物しか居なくなった。こうなっては、こんな山奥に来てまで立ち寄ってくれる客などありはしない。彼の中に入っていた人も、ほぼ無料奉仕で頑張ってくれたが遂に挫折して、閉鎖の直前に去って行ったそうだ。経営者に至っては、それこそ夜逃げ同然に姿を隠したそうである。
「そりゃー……恨みつらみも出るわなぁ。特に生き物の形を模したモノは、情が移り易いって聞くしな」
「来る時に此処が見えなかったのは、自分たちを追い詰める者から隠れる為……だそうです。で、帰りは逆に、助けてくれそうな気配がしたから結界を解いた……と言ってます」
 因みに、草間が掛けた電話が通じたのも、彼が一時的に爆発的なエネルギーを放出し、回線を復活させた所為だそうである。だが、これはコイツだけの力じゃ無いな……と、草間が目を光らせた。自分『たち』と言ってたし、女子に抑え込まれる程度の力しかない奴に、この規模の施設を隠蔽できる訳も無かろう、と。
 そこへ、タクシー会社からの遣いがやって来た。待ち焦がれた救援の到着で、妖力の事は忘れてしまったらしい。
「おーい、こっちだこっち!」
「運転手さーん、ここでぇす……あっ」
 手を振った振動で、着ぐるみの頭部が再びみなもの顔を隠した。すると当然、その姿は猛虎のそれに豹変する訳で……
「ひ、ひいぃ!」
「あーっ、こら! 帰るなぁ!! これは着ぐるみだ、本物の虎じゃない!!」
 ……と言うハプニングがあり、折角到着したタクシーを危うく逃がしそうになって、草間たちは肝を冷やした。だが、本当に怖かったのは運転手の方であろう。然もありなん、無人と聞いていた動物園に、放し飼いの虎が居たのだから。

***

「……乾かないですね?」
「熱源が無いうえ、雨は降り続いてる訳だからな。無理もねぇよ」
 流石に事務所までタクシー、という訳にも行かず。已む無く最寄りの駅で降りた草間たちを傍から見た印象は、実にシュールであった。
「あーあ。この熱い視線で、乾かねぇかなぁ……俺の一張羅」
「草間さんはまだ良いですよ。あたしなんかコレですよ?」
「だったら、すっぽんぽんで帰るか?」
「無茶言わないでください」
 じゃあ諦めろ……と、草間はみなもの頭をポンと叩いた。が、その彼も仄かに顔が紅潮している。やはり、悪目立ちしている事は自覚しているのだろう。
「……デカい猫、って言えば誤魔化せるかな?」
「キャリーバッグに入れれば、良いんですけどねぇ……」
 結局彼らは、目立ちまくりの格好で街まで帰る事になった。流石に地元の駅で元の服に着替えて事務所まで走ったが、着心地は最悪だったようである。
 尚、虎がああまで力を発揮できたのは、みなもに温かさを感じ、且つ彼女が『無着衣のまま』中に入ったからと云うのが真相らしい。やはり彼も、雄であったと云う事だろうか。

<了>