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探しものはなんですか
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そこは木の温かみが感じられる場所。
カウンター席6席、2人がけテーブル席が4席、4人がけテーブル席4席のそこは喫茶店。2階建ての建物は住居も兼ねているけれど、今グリムがいるのは1階の喫茶店部分だ。
木製の壁の木の匂いすら感じられそうなカウンターの隅の席に陣取って、今日は猫の姿ではなく人の姿をしている彼は、テーブルに数冊積み上げた本たちとにらめっこしていた。
「うーん、これでもないな」
最後まで目を通した本を閉じ、左側の他の本の上に積み上げる。『かんたん! おまじない』『トキメキおまじない講座』『よく効くおまじない』積み上げられた本の背表紙には、そんな言葉が並んでいる。彼が次に手に取った本は『初級の魔法』だ。その本を開く前に、小皿に盛られたチョコチップクッキーに手を伸ばし、口へと入れる。
「随分と頑張るのね、グリム」
「……一応、約束したからな」
カウンターの中から声をかけてきた遊佐・大空に、グリムは一瞬顔を上げ、少しバツの悪そうな表情をして視線を書物に落とした。
グリムが約束をした相手と出会ったのは偶然だった。大好きな甘いものを購入するために、猫の姿から人間の姿へ変身したところを見られてしまったのだ。運悪く、というべきかその相手はチンチラの怪異で、人間になることに憧れているらしい。
人間になることに強いあこがれを持っているそのチンチラはこのチャンスを逃がすわけにはいかないとばかりにグリムに懇願した。人間になる方法を教えてほしい、と。
ただ請われただけならグリムはチンチラを無視して目当ての菓子を買いに行っただろう。だがそのチンチラは、引き受けてくれたら秘蔵のお菓子をあげる、なんて言ったのだ。甘いもの好きのグリムがその提案に逆らえるはずもなく、グリムはチンチラを連れて人間になるための特訓を始めたのだが――実はグリムは元々人間に変身する手段を身に着けていたため、改めて人間になる方法を教えてくれ、特訓してくれと言われてもどういうことをすればいいのか心当たりはない。けれどもお菓子につられてしまったのだ。取り敢えず腕立て伏せなどどう考えても人間になる特訓とは思えないものをさせてきたが、それでもそのチンチラはグリムの言葉を信じて頑張るのだ。
その後も何度かチンチラに特訓をつけたグリムだったが、やはりどう考えても人間になるためとは関係ない特訓内容なのに、毎回へとへとになっても「これでニンゲンになれる?」と目を輝かせて見つめてくる姿にグリムも罪悪感を覚えた。このままでは埒が明かない。それに、なんだか騙しているような気がして胸のあたりがチクチクする。だからこそ、こうして主である大空に本を借りて読んでいるのだが……。
今はちょうど、喫茶店にお客の来ない時間。カウンターの隅で一生懸命本とにらめっこしてはページを捲っていくグリムを見て、大空は小さく息をついて穏やかな笑みを浮かべる。
グリムが求めているような魔法は魔女としてまだ未熟な大空には使えないかもしれないけれど、おまじない程度の簡単な魔法なら、教えることができると思う。
「グリム、簡単な魔法の使い方の練習をしてみる?」
「教えてくれるなら、教わってやってもいい」
「うん、今はお客さんも来ない時間帯だし」
素直じゃないグリムにそう告げて、大空はカウンターから出る。グリムが自分以外の他人のために一生懸命になっている姿が意外というか、微笑ましく感じて。
「じゃあまず、トランプを使ってみようね」
グリムの隣の座席に腰を掛けた大空は、ポケットからトランプの入った箱を取り出した。彼女の愛用の品だろうか、使い込んだ様子が伺えるそれを箱から取り出し、大空は慣れた手つきでカードを切る。
「これを3つの纏まりに分けて」
言われた通り、カードの山を受け取ったグリムは、それを3つに分けてテーブルに置く。大空はその山からグリムに一枚ずつカードを引かせ、それをオープンした。スートと数字を見て、その内容を読み解く。これは今日の運勢が何となく分かる占い。
「グリムの選んだカードから見ると、今日の運勢はそんなに悪くないみたい。努力すれば報われるって出てるわ」
「努力か……それ、僕でも出来るようになるの?」
「教えてあげるから」
大空はカードを再び纏めて、そしてよく切る。
「運勢を占いたい相手にカードを分けてもらって選んでもらうのはわかるよね? 問題はカードの読み取りかな」
タロットにしろトランプにしろ、カードにはそれ自体に意味を持つものが多い。だからこそ占いやまじないに使われるのだが、出たカードの意味を読み解くのも占者の腕である。大空がカードの持つ意味の説明をし、グリムがそれに一つ一つ頷いていく。大空を対象に何度も試してみるが、カードの意味を読み解くにはやはり記憶力と経験が必要なようだ。
「……はぁ」
芳しくない様子に、グリムが深くため息を付いたのを見て、大空は立ち上がってカウンターの向こうへと手を伸ばす。
「いつもなら甘いものの食べ過ぎを注意するところだけど……今日は頑張ってるから特別ね」
コト……小さな音を立ててグリムの前に置かれた小皿には、ころころと揺れる綺麗な色の金平糖が何粒か乗っている。
「……!!」
それを見て、グリムの表情が変わった。思い出したのだ。初めてチンチラと出会った時に貰った秘蔵のお菓子は、虹のような色をした金平糖たちだった。今目の前にあるのは桜色と透明な金平糖だが、それを一粒摘んで口の中に入れる。舐めれば優しい甘さ、噛めば甘さの洪水が口の中に広がって――不思議と力が湧いてきた。
「もっと別の魔法も教えてくれる?」
「うん、私の教えられるものなら」
少しばかりしぼんでしまったやる気。だが広がっていく甘さが、グリムを奮い立てていた。
「随分やる気があるみたいだけど、珍しいね」
「……まあ、友達のためだからね」
大空にはその友達が誰であるかわからなかったし、グリムが何の魔法を調べているのかも知らない。彼がどこで友だちを作ってきたのかもわからないけれど、彼の一生懸命な姿を見るのはなんだか嬉しくて、心が温まる感じがした。
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無くしたものが見つかるおまじない、好きな人と目が合うおまじない、生年月日や名前の画数を利用した相性占い――大空は様々な簡単な魔法(おまじない)をグリムに教えたが、一応練習してみるものの彼は微妙な表情をしている。
「どれもなんか違う気がする」
「そう?」
不満そうな顔をされても大空は優しげな表情を崩さない。彼がどんな魔法を知りたいのかわからなければそれに見合った魔法を提案できるはずがないからだ。けれども彼は自分が求めている魔法を口にしようとはしない。だから大空も、無理に聞き出そうとはしなかった。
「あまり一度にたくさん教えてもグリムが大変なだけだから、次ので今日は最後にしようか。そうだな――願いが叶うおまじないとかどう?」
「!!」
その言葉にグリムが今までで一番反応を示したから、大空は慌てて言葉を続ける。
「といっても、すぐに効果が現れるわけじゃないよ? 効果が現れるのには個人差があって、願いの種類にもよるけれどすぐに願いが叶う人もいれば、叶うまで時間がかかる人もいる。それにこのおまじないをしたからといってただ待っているだけじゃ駄目なの。叶えたい願いを叶えるための努力は続けないといけない――簡単なおまじないだから、その努力に少し力を貸してくれるだけなの。それでも、いい?」
おまじないや占いというものは、万能ではない。心の支えになったり、決心の後押しをしたり、行動の指針となったり……直接的に何かを劇的に変えるというものではないのだ。けれどもそれでも、おまじないや占いに心支えられる人たちはたくさんいる。気休めと分かっていても、頼りたくなることもあるのだ。
「私がまだ、簡単な魔法しか教えられないことはグリムもわかっているでしょう? 期待させてしまったのなら謝――」
「いや、それで十分だよ。教えて」
いつもいつも明らかに人間になるための特訓とは思えないことをやらされても、それをこなしていれば人間になれると思っているチンチラ。彼ならばこのおまじないも信じるだろう。気休めかもしれないけれど、いつか願いがいなう『魔法』をかけたと知れば、喜ぶに違いない。
(いつかわからなくても願いが叶うなら、あいつの望みにも叶ってるし)
流石に少しでもなんとかしてやりたいと思っていたところだ。グリムは身を乗り出すようにして大空の言葉を待つ。
「わかった、じゃあ手順を教えるね」
大空が教えてくれたおまじないは、次のような手順だった。
紙を枕の下に置いて叶えたい願いを思い浮かべながら眠る。
その紙に叶えたい願いを書いて、満月の夜に月の光を浴びながらその紙と自分の髪の毛を一本を燃やす。
その灰をティッシュに包んだあと、お守り袋のようなものに入れて、できるだけ肌身離さず持ち続ける。
(あいつ、字なんて書けるのか?)
チンチラにこのおまじないが実行できるかは分からないが、今度会う時に教えてやろう、グリムはそう思いつつ、浮かんでくるチンチラの嬉しそうな顔を噛みしめるのだった。
大空が占ったグリムの今日の運勢――努力すれば報われる――がある意味叶っていることに、グリムは気づいていない。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【8297/使い魔・グリム/男性/102歳/使い魔】
【5961/遊佐・大空/女性/17歳/高校生】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。
予定よりたくさんの時間を頂いてしまい、申し訳ありませんでした。
前回のお話の続編(?)を書かせていただき、ありがとうございます。
グリム様の主の大空様も可愛らしくて……ウキウキと書かせていただきました。
ご指定のなかった部分はアレンジやアドリブを入れさせていただきました。
少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。
この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。
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