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濃い魔力は危険な香り
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――ここが穴場なんだよ。オススメ!
ファルス・ティレイラは数日前に瀬名・雫から聞いた情報を思い返していた。
雫によればそこは不思議な魔力のたまり場になっているにも関わらず、知る人ぞ知るという感じの穴場であるらしい。訪れる人も少ないので、情報が拡散されて蹂躙されてしまう前に訪れるのが吉だということだった。
行ってみたい――その話に強い興味を持ったティレイラは、雫に礼と後日行って見る旨を伝えて彼女と別れた。
そして、今日。
いざその場所に来てみれば、沢山の自然の中にぽっかりと開いた入り口は自然の持つ力に隠されているのか、耳にさらさらと心地よい音からして近くに水場があるようだから、水の持つ魔力もカムフラージュに一役買っているのだろうとティレイラは思った。チラッと中を覗き込むまでもなく、洞窟の奥から魔力が流れ出てくるのを感じる。自然の持つ力に似た、上質の魔力。恐らくここの存在を魔力を悪用しようとするものたちが知ったら、ひどく荒らされてしまうかもしれない。後で雫に口止めしておこうか――なんて思いつつ、ティレイラは魔法で光の玉を発生させた。
「おじゃましまーす」
小さく洞窟内に声をかけて、自分に追随するように浮かせた光の玉とともに洞窟内に足を踏み入れる。
洞窟内はひんやりとしていて、更にそこかしこから水の匂いがした。壁や地面から水が染み出しているのかもしれないし、洞窟の奥に水場があるのかもしれない。
(足元に注意して、と……)
特に滑りにくい靴を用意してきたわけではなかったので、ティレイラは湿った床で滑ってしまわぬように注意しながら、一歩一歩進んでいく。分かれ道などがないか、生き物の気配はないか、殺気はないか――慎重に、慎重に。
だが分かれ道もなく、生き物の気配も特に感じぬままティレイラがたどり着いたのは、今までの道とは明らかに違ってひらけた場所だった。光の玉が照らし出すのは澄んだ泉。
「わぁ……」
思わず声を上げてしまったのも無理はない。天井からは鍾乳石のようなものが垂れ下がっていて、澄んだ水は光の玉の光を受けてきらきらとかがやいているのだ。そして――。
「すごい魔力……これが出口まで漂ってきていたのね」
ゆっくりと、泉に近づくティレイラ。泉の発する濃厚な魔力が肌を撫でていくのがわかる。水と一緒に魔力が湧き出したのか、魔力が湧き出していた場所に泉が湧いたのか、その判別をする力もつもりもティレイラにはない。ただもっと近くで見てみたいと、許されるなら水に触れてみたい、という好奇心が彼女を満たしている。
泉のまわりの地面はじんわりと湿っていた。にも関わらずティレイラは気にせずに両の膝をついた。魅入られたかのように震える白い手を水面へと伸ばす。
「んっ……」
ぴちゃ……指先を泉へと沈ませると、思わず声が出た。水に宿る高い魔力がティレイラの身体に入り込んできたのだ。
(指先だけなのに……)
指先で触れただけでわかる魔力の濃さ。この水、自分の師匠が見たらどう思うだろうか――。
(きっと、興味を持ってくれるわよね。喜んでくれるはず)
ちょうど、ここに来るまでの水分補給用にと500ml近く入る水筒を持ってきていた。中にはいっていたお茶はもう飲みきってしまったので空である。
(ちょうどいいな)
ティレイラは鞄から水筒を取り出し、蓋を開ける。そして水面へと近づけようとしたその時。
「水、ドロボウ!!」
「ドロボウ! ドロボウ!」
「!?」
子どものような高い声が聞こえ、その内容もあってティレイラはビクッと身体を震わせて動きを止めた。水面から中空に顔を上げてみると、鍾乳石の影から水の雫のような形をした頭部を持つ薄い水色の小人たちが顔を覗かせていた。半透明のその身体、その顔に浮かぶ表情は明らかに怒り。
「ど、泥棒なんかじゃないです! 確かに、少しだけこのお水を貰おうとしましたけれど……」
「ドロボウ!」
「ドロボウ!」
「だから、違いますってば! 確かに、お水を分けてくださいとお願いしなかったのは私が悪いですが……」
この水は自然に湧いたもので、持ち主などいないとティレイラは思い込んでいた。水から発せられる魔力が強すぎて、そしてそれに惹かれすぎてこの場を守る存在などに思い至らなかったのはティレイラに非がある――それはティレイラ自身も認める。
「ドロボウ、でてけ!」
「ドロボウに水あげない!!」
「む〜〜だ〜か〜ら〜!!」
でも、だからといって非を認めているのに一方的に泥棒と言われ続けるのは納得がいかない。
「私が悪かったです。勝手に水を汲もうとしてごめんなさい!」
「かえれ、ドロボウ!」
「ドロボウ、いらない!」
「泥棒じゃありません! この水を少しだけ分けてほしいんですっ!!」
謝り、お願いをする。だが水の精霊であり、この場の守り手でもあると思われる彼らには通じない。第一印象がよくなかったのか、それともこうして勝手に水を汲む輩がこれまでに他にもいたのか。精霊たちはティレイラの言葉に耳を傾けようとしない。
「お水、あげない!!」
「あげない!!」
「きゃっ!?」
2体の精霊が声を合わせて魔力を発動させる。と、鍾乳石の垂れ下がる天井から多数の水滴がそれこそ雨のように降り注いできた。それを浴びたティレイラにはわかった。その水滴には魔力が宿っていることに。
(嫌な予感がします……!)
本能的なものだろうか、嫌な予感がティレイラの脳内に走る。反射的に翼を背に出現させて泉の広場から去ろうと試みる――だが。
「……っ……!!」
思ったよりも早かった。魔力のこもった水を浴びた体表面が、徐々に強張っていく。上手く翼が動かせない。指先も、重たく強張って徐々に動かせなくなっていった。
「なに、を……」
「ドロボウ、制裁!」
「悪いヤツ、バチが当たる!」
「そ、そんなつもりじゃなかったんです……ごめんなさい、心から、反省しています」
強張っていく口周り。なんとか動かして言葉を紡ぐ。だが、精霊たちはティレイラを許すつもりは毛頭ないようだ。
「だか、ら……ゆる、し、て……」
そこまで紡ぐのが精一杯だった。祈るように膝をついた状態で、ティレイラは封印の魔力のこもった水により鍾乳石と変化させられてしまった。
まるでそれは泉のそばで祈る、少女の像。少女はこのまま永遠に祈り続けるのか――。
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「ん〜、ティレイラちゃんの行方がわかるといいんだけど」
数日後、その洞窟を訪れたのはティレイラに情報を提供した雫だった。ティレイラが帰ってきていない――その知らせを受けてまさかと思って駆けつけたのだ。しかも雫が紹介した洞窟は、その筋の人達の中で急に評判を高めていたから気になったという事情もある。
雫はヘッドライトをつけてリュックを背負い、両手をあけるというしっかりとした装備で洞窟の中に入っていた。そして程なく彼女がたどり着いたのは、あの泉のある広場。
「あっ!!」
一瞬、泉のそばで祈る少女のオブジェなんて素敵だなと思った。だが誰がこんなところにこんな精巧なオブジェを置いたのだろう――不自然だと思い駆けつけた雫が正面から見たオブジェは、ティレイラそのもので。
「わぁ、これは隠れた名所となっちゃうのも納得だね」
祈る少女はとても精緻な作品で、まるで今にも動き出しそうなほどだ。雫の勘はこれは本物のティレイラだと告げているが、そっと触れてみる。鍾乳石の硬さとひんやりとした温度が伝わり、そしてその造形も素晴らしい。
「これはティレイラちゃんのお師匠に情報として売れそうだよね」
取り出したデジカメで様々な角度から像の写真を撮り、雫紅はメモ帳に詳細をかきこんでいくのだった。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
【NPCA003/瀬名・雫/女性/14歳/女子中学生兼ホームページ管理人】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
この後ティレイラ様はどうなったのでしょうか……またもや無事におうちに帰ることができたのか、気になります。
精霊たちも、もう少し融通がきけばよかったんでしょうが、きっと間が悪かったのではと思います。来る人来る人水を無断で持っていかれていたのかもしれません。
少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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