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<東京怪談ノベル(シングル)>


試練そして試験
 どうも。
 不本意この上ない感じだけど、アタシです。海原・みなも(人魚狼バージョン)です。
 今、アタシは大きな赤い月が沈まない常夜の人狼世界にいて。
 目の前には高級感のある白い毛皮が魅力のおばあさん人狼がいて。
 その横にはアタシの人魚狼化の原因、子犬と見せかけて実は子狼の“お嬢さん”がいる。
 ……事の始まりは、現世の街でお嬢さんをたまたま見つけちゃったことだった。
 また逃げ出したのかなって思ったアタシは急いで彼女を追っかけて、なんだか知らないうちにこっちの世界に迷い込んだ。
 そんでオークにケンカ売ったお嬢さんを助けて、彼女をおばあさんの家まで送り届けて元は人魚だってばれて……追い回された。おばあさん曰く、『二足歩行の人魚がしゃべったら台無しだろがい!!』だそうで。喉かっさばかれかけた……
「あんたの話は大体わかったさ。しかたない。ワシもこの爪、引っ込めさせてもらおうかね」
 いやいや、追っかけられながら小一時間も説明したじゃないっすかー。しかたなしじゃなくて! 心から納得して収めてもらいたい!
「わかってもらえてなによりでーす」
 これ以上めんどくさいことになると困るんで、口ではそう言っとくけどね。
 それにしてもアナタ、風邪ひいてたんじゃなかった? 鼻はちょっと乾き気味な以外、風邪の気配がまるで感じ取れないんだけど。なにその強靱な筋肉の盛り上がり。
「ふんっ!」
 その筋力をいっぱいに詰め込んだ右の肉球がアタシに襲いかかってきた!
「わっ!」
 パンチ自体は速すぎて見えないけど。おばあさんの体を包んでる魔力の流れを読めばよけられる。
 アタシはしゃがみこんで肉球ジャブ――当たったら鼻が潰れる勢いだけどね!――を二発やり過ごして、三発めの左肉球の打ち下ろしを後ろ回りでよけた。
「なにするんですか!?」
「アンタ、なまっちょろいくせによく動くもんだ。――まさか、噂に聞く南洋人魚式活殺術かい!?」
「きゃっしゃちゅちゅちゅ!」
 そんなもんあるかいーっ!
 お嬢さんがひと文字もちゃんと言えてないのはともかく。人狼ってみんなこんなに脳筋? それともこの血筋がこうなだけ? わからぬわー。
「いえその、必死なだけでー……」
 おばあさんの視線がアタシの体をなめまわす。うわ、なんだかサーチされてるみたいだ。間が保たないのでボディビルっぽいポーズなんか決めてみる。
「そんなサービスはいらん」
 断られた!
 っていうかこれ、サービスポーズなのか。やっぱり脳筋は種族の性なのね。とりあえず人狼男子の前で筋肉アピールするのはやめとこう。
「体幹はしっかりしてるみたいだ。肉づきの偏りもないしね。ただ、体の使いかたがなっちゃない。それじゃ自慢の尻尾も持ち腐れだ」
 自慢できるほど付き合い長くないんだけど、アタシのシッポはいいものだ? はっはっは――って、いかん。無意識のうちにシッポぱたぱたしてた! 犬科はほんと、気分とか包み隠せないよねー。
「ふ。ワシの気を読んで血を騒がせているのかい。なりたてのくせにずいぶんと毛並がいいじゃないか」
 まったく読んでないし毛並がいい――いい面構えだーって感じの人狼的表現――つもりもないんだけど……なんだろね、おばあさんがどんどん勘違いしてく?
「でもアンタはなっちゃいない。牙も爪も尻尾もまるで使えてないじゃないか。ったく、そんなんじゃアタシの背中は預けられんないよ?」
「あ、はぁ……スミマセン」
「いいだろ。ワシがアンタに叩き込んでやるよ。我が血族に伝わる兵法……殺風滅豚の無手型をな!」
 うーわー。よくわかんないけど、風を殺して豚を滅するってなに? 無手型ってことは多分、格闘術なんだろうけど。
「いやー、実にありがたい話なんですけど。このあ――」
「このアタシにてめぇみてぇなババァが教えられるのか……そう言いたいんだね?」
 このあ――と用事があるんですけど。
「いえその、そうじゃなくて! よ――」
「よろしくお願いしちまうのはいいさ。その間、ババァの寿命と命運が保つならね……ってかい。余計な心配だって思い知らせてやるよぉ!!」
 よ――うじが、あるん、ですけど、ねー。
 話聞かないおばあさん狼のせいで、アタシはなんだか修行することになったらしい。
 いえね、もともとアタシ、バイトに行く途中だったわけで。これ、バイト先になんて言い訳すればいいんだろ?

 アタシのご都合とかアタシのお悩みとか完全無視。
 森の中で修行とやらが開始された。
「体術の基本は尻尾だ。尻尾でバランスを取るんだよ。人間は鳩尾やら腰やらのあたりに重心置くらしいけどね、人狼は尻尾のつけ根に重心を置くんだ」
 ほうほう。尻尾から動き出す感じにすると確かに体が安定するね。
「魔力は放出するんじゃないよ。拳に握り込んでぶち込むんだ。蹴りも同じさ。足の指をぎゅっと握り込んで、敵の体にねじり込むっ!」
 おばあさんの蹴りが大木をみしっと揺るがせた。ちなみにお嬢さんもいっしょに蹴ったけど、こっちはぺちっと頼りない。でもさすが、フォームは完璧だ。
 膝をちょっと曲げて膝関節に“遊び”を作っておいて、最速で蹴り抜く。そうするとインパクトの瞬間、脚が敵に巻きついて、魔力でブーストされた打撃力が敵の体にねじり込まれる。
 パンチの場合は最初から強く握らないで、敵に当たる瞬間に強く握り込む。パンチをあえて“止める”ことで、いろんな力が拳に集まって破壊力に変換されるから。
「あとは体で憶えてくんだね。行くよ!」
 うわうわ! おばあさんが突っ込んできた!
 えっと、尻尾のつけ根に重心! アタシは尻尾に引きずられるみたいに腰を引いて、自然と手を地面についた。そっか。尻尾から動けば、人狼と狼を選択できるってことにもなるんだ。
 アタシは完全狼形態になって、おばあさんの追撃を左へ右へと跳ねてかわす。
「やるじゃないか!」
 変身の使い分けに関しては、いつも人魚と人間の間で生きてるアタシの得意ジャンルかもね。ま、人魚に完全魚形態はないけどさ。……魚になったらアタシ、なにになるんだろ? イルカ? ジュゴン? マグロは泳ぐの止めると死ぬからやだなー。
「ぼけぼけしてないで毛先に力入れな! 風と魔力を読むんだよ!」
 こっちも狼形態になったおばあさんがアタシを組み伏せにかかった。
 この状態だと毛先に力もなにも――って、アタシの上に乗っかったおばあさんの爪が降ってきた。
 格闘術は初心者だけど、いくつもの死闘をくぐり抜けてきてるアタシ。毛先で感じたよ、おばあさんの爪に乗っけられた風の魔力! あんなので喉でもなでられたら、今度は人魚狼からデュラハンにジョブチェンジさせられちゃう。
 アタシの体の奥から、編みあげられた魔力が迫り上がる。これは人狼式の風じゃなくて、人魚式の水。
「濡らしますよ!」
 重たい水がおばあさんの爪にまとわりついて風の魔力を包み殺した。ついでに彼女の顔にもべったり。その目を反射的に閉じさせる。今だ。
 あたしはおばあさんの下から一気にもがき出て人狼形態に。さっき習った蹴りを彼女の胴へ巻きつけた。
 と、思いきや。
「狼は犬といっしょで体が固い。そいつをカバーすんのは人狼の関節構造をうまく使う技術だ。人魚の力と組み合わせるのは反則って言や反則だが……アンタに無手型10級の試験を受ける権利をやろう」
 体毛に張り巡らせた魔力でアタシの蹴りを弾き、おばあさんが悠々と立ち上がった。
 こんな人狼凶器みたいなのがなんでおばあさんなんかやってんのかわかんないけど――いやそれよりも、10級認定してくれるんじゃなくて10級になる試験を受ける権利をくれるって、なにそれ?
 困惑するアタシに、おばあさんは「その準備だ」とか言ってよくわからない修行を続けさせた。
 おばあさんが投げたボールを急いで拾いに行ったり。
 おばあさんと綱引きしたり。
 オークっぽい形した“木豚”相手に組手したり。
 最後のはとにかく、最初のほうのやつはかなり楽しかったのがなんとも悔しかったです……。


 と、いうわけで、殺風滅豚無手型10級試験。
 その内容は『豚野郎(オーク)を一匹、無手でしとめてくること』だってさー。
 うう。この調子だと9級試験ってオーク二匹を血祭りなんだろうし、8級なら三匹になるんだろうし。どこまでも・修羅が続くよ・人狼道。――字余りでした。
 ともあれ。オークが出るって噂になってるらしい森の中を一万六千歩ほどうろうろしていましたらば。
 ようやく見つけたよ、はぐれオークっぽいオーク一匹。正直助かった。一対多数とかにならなくて。
 安心したところで次の問題。そう、どうやって闘いを持ちかけるかだ。
「あのー、ちょっとアタシと死なない感じで殺り合いませんかー?」
 おいおいちょっとストレートすぎませんかねアタシの大脳! っていうか、ちゃんと大脳通してしゃべってましたかアタシの喉よ! こんなとこばっかり人狼化してどうするよ……。
「フガ? 俺に語りかける犬面が――貴様、あのときの!」
 あれ? なにやら顔見知り?
 思わず横からべろんと出ちゃった舌を口の中にもどしつつ、小首を傾げるアタシ。
 それに怒ったオークがダミ声を張り上げる。
「しらばっくれるか!? 産毛者(ひよっこ、子どもの意)とともに俺と部下をやってくれた貴様の顔、俺はわずかにも忘れたことはないぞ!」
 ああ。あー、あのときの。アタシが耳叩いてKOしちゃったオークかー。
 いや、きっちり忘れてたのはごめんなさいだけど。人魚狼初心者のアタシにオークの顔を見分けて憶えろって、そりゃ無理な話っす。
「俺は貴様を探していた! そして失ったすべてを――部下の信、部族の地位、そして妻子の愛を取り戻すのだ!!」
 重い重い! ちょっと待って。いきなりいろいろ賭けられてもね、アタシが欲しいのは10級の免状だけなんで。まったく釣り合ってないし!
「地轟散狼空手術! 貴様にたらふく味わわせてやるわぁ!!」
 とりあえずこの世界の住民、ネーミングセンスがもれなく厨二なんだね……。
「うおおおおお!」
 地響きを立ててオークがショルダータックルをかましてきた。武器を持ってないのは助かったけど、重そうな鎧はがっちり着込んだまま。体当たりなんか食らったらアタシが折れるしちぎれるし散らばるし。
 アタシは狼形態になってオークの足元をすり抜けて――横からぶっとばされた。なんで!?
「ブッフフ、甘いわ」
 いつの間にかオークが豚形態になってた。しまった。変身で虚を突けたって思い込んでて油断した。人狼が狼になるんだから、そりゃ人豚だって豚になれるよね。
「ブゴウ!!」
 逆立った太い毛から魔力を噴き上げ、オークがアタシに豚ってより猪めいた牙を突き立てようとする。さっきので体勢が崩れてるから、よけられない――こんなときはおばあさんのアレ!
 アタシは体毛に魔力を張り巡らせて防御力を上げて、オークの突進を受け止めた。当然止めきれないでぶっ飛んだけど、大丈夫。痛いだけで穴は空いてない。
 地面を二回転がって立ち上がり、アタシは慣性力で持って行かれそうになる体を踏み止めた反動力を使ってオークへ跳びかかった。
 こういう体の切り返し、尻尾があるとほんとに楽だ。バランスをきっちり取ってくれる。
「ブファ!?」
 オークの首筋にかじりついて、アタシはひねりながら引き倒した。
 獣界において、上を取るのは必勝の形。四足動物は構造上、背中を地面につけた状態からはほとんどなんにもできないからね!
 こういう闘いかたは確かに習うものじゃなくて、本能に任せて慣れるしかない。おばあさんの修行が実践一色な理由、ちょっとわかった。
「犬面は頭の出来まで犬並よ!」
 ディスられた!?
 と、ショックを受けたアタシの前脚がぐんと引っぱられた。豚から人豚形態に戻ったオークの右手で。
 これ、まずい! だって狼は犬といっしょで体が固い。つかまれて絡め取られたら、あちこちの骨がぽっきりしちゃうから! からみついて防がないと! 脚とか腕とか――腕! アタシだってできるでしょ人狼化! 肝心なときに肝心なこと、人魚狼初心者なもんで忘れてた!
 人狼形態になったアタシは、自分の腕関節をひねろうとしてるオークの右肘に拳を打ちつけた。当たる瞬間に思いっきり握り込んだ左拳を。
「ブ!」
 速くはない、強くもない、でも重い拳を受けたオークの肘が大きくズレて、アタシの腕を離す。
 アタシはその隙にオークの太鼓腹をまたいで上からかぶさった。水の魔力を含ませてより重くした拳を振り上げて、風の魔力で加速させてオークの鼻面を――
「あなた!」
 ――殴れなかった。鼻にかかった高い声に引き留められたせいで。
 振り向いたアタシとアタシの下からそっちを向いたオークが同じものを見る。
 一匹の女オークと、それに連れられた10匹の子オークを。
「妻子よ! 貴様らは実家に帰ったのでは――!?」
 なんかやーな予感がする。
「あなたを置いて行くなどできません! だってわたしたちは二世の契りを交わした夫婦なのですから!!」
「ちちうえー!」
 はい来ました。ありがちな夫婦愛と親子愛ですよー。こちとら吐く砂も噛む砂糖も持ち合わせてませんよー。
「き、貴様らー!!」
 アタシが横にどいたのにも気づかない様子で家族に駆け寄ってくオーク。あ、今抱き合った。泣いてるし。なんだよあのあったかい涙はよー。
 やさぐれたアタシは場を後にする。って言っても行くあてなんかないし、おばあさんの家に帰るしかないんだけど。
 だらだら歩きながらアタシはため息をついた。
 仁義なきワイルドにホームドラマなんか持ち込むなよー。
 あー、ホームっていえば。アタシっていつ自分のホームに帰れるんでしょーねー。
 もちろん赤い月はなんにも答えてくれず、アタシはただ歩き続けるしかなかったんでした。