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<東京怪談ノベル(シングル)>


花は紫陽花、女は忍(4)
 フルーツの風味が混ざりあった紅茶は温かく、甘い香りが鼻孔をくすぐるのも心地良い。少女の自家製のフルーツティーは今日も専門家顔負けの美味しさを誇り、極上の一時を彼女に味わわせる。
 しかし、琴美の表情はどこか晴れなかった。彼女の扇情的な唇から零れ落ちるのは、舌鼓ではなく溜息だ。
 ポットの中のフルーツは紅茶に浸されてキラキラと宝石のように輝いているが、今日の琴美の顔はいつになく憂いの色に染まっている。

 何か良からぬ事を企んでいる者が幾つもの小さな企業を利用している事に感づいた琴美は、利用されている疑いのある企業への潜入任務を先日から繰り返していた。
 その結果、敵はその企業からある情報を盗んでいた事が発覚した。恐らく幾つもの小さな企業から集めた技術を用いて、新種の武器を製造しようと目論んでいたのだろうという事はデータを見た瞬間すぐに分かった。実際に琴美が彼らと対峙した時に相手の使っていた武器がまだ世に出されていない見慣れないものであった事も、その予測が間違っていない事を裏付けている。
 しかし、彼らが盗んだ情報はそれだけではない。各企業に勤める社員達の事細かなデータも、どういうわけか技術と共に彼らは盗んでいたのだ。
 今回の敵は、様々な企業の社員達の情報を集めている。そして、先日対峙した時に見たあの見覚えのある男の顔……。手に入れた全ての情報を合わせると、残酷な真実が見えてくる。
 ――敵は、新種の武器を製造するための技術を盗むと共に、人体改造の実験のための実験体も探していたのだ。
 複数の会社から実験体を探してくる事は手間がかかるが、同じ場所から大勢の人間が失踪するよりもずっと世間からは怪しまれにくい。バレないように少しずつ実験体を集め、何年もかけて敵は何らかの改造人間を作ろうとしていたのだろう。
 琴美に早々にその計画を気付かれたのは、相手にとって大きな誤算だったに違いない。先日まんまと琴美の策にはまり、配下の者を使い彼女を直接襲撃しようとしてきたのも、その焦りがあったせいもあったのかもしれない。
 恐らくあの見覚えのある顔をした彼は、敵の手により改造された男の末路だ。ただ上の命令に従い武器を振るう狂戦士のようなその姿には、かつての面影などはなかった。彼は人格や記憶すらもなくし、悪しき者の手により操られるだけの人形と化してしまったのだ。
 全てが手遅れになる前に琴美が敵の怪しげな動きに気付いたのは不幸中の幸いとも言えたが、それでもすでに犠牲者が出てしまった事が優しき彼女の胸に痛みをもたらす。
「このような非道な行いを……絶対に、許すわけにはいきませんわ」
 琴美が呟いたその瞬間、通信機が着信を告げる。その相手は琴美の上司である司令であった。通信機の向こうの彼は、すぐに司令室に来るようにと彼女に告げる。
 恐らく、件の事件について何か新しい情報が分かったのだろう。琴美の瞳からは憂いが消え、覚悟の炎が宿った。

 ◆

 ワードローブを開き、琴美が取り出したのは半袖の着物だ。先日の任務でも身に纏った、戦闘用の衣装である。
 彼女は先刻司令室にて、新たな戦闘任務を承ったのだ。その任務内容は――非合法の武器の製造、及び人体実験を繰り返しているとある組織のせん滅。
 無論、このせん滅対象は琴美が先日から調査している件の事件の敵の事だ。謎に包まれていた彼らのアジトの在り処を、少ない情報からも琴美達は見事突き止めてみせたのである。
「ようやく、この非道な事件に幕を下ろす事が出来ますわね」
 まだ戦いは終わっていないが、それでも琴美はそう断言する事が出来た。戦闘服へと着替えていく彼女の横顔は自信に満ち溢れ、その瞳には自分が勝利を掴む未来しか映っていない。彼女は信じているのだ。自分自身の今までの経験が、生まれ持った才能が、強さが、決して自分を裏切らない事を。その信頼が、彼女を更に強くし、ひときわ美しく彩る。
 人を魅了する肢体を戦闘服に包んだ彼女の瞳に、迷いや怯えはなかった。鏡に映る琴美の姿は、凛としていてただただ美しい。まるで、咲き誇る花のように。