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Happy&Sweet
「トリック・オア・トリーックっ!?」
「ここに菓子なんざねぇし、あんたトリックしか言ってねぇし」
武器庫から拾ってきた刀や剣を適当に突っ込んだロッカーと、パイプイスに事務机。ただそれだけが置かれた警備員詰め所の真ん中で、ニノマエは眉間に深い皺を寄せる。
「……お菓子が、ない?」
「ボールペンと意見書ならあるぜ」
しばし、沈黙。
「信じらんない! おまえ、頭かわいそうな人?」
愕然とした顔の上で右手の人差し指をくるくるさせるのは、黙っていれば実にかわいらしいお嬢さんだ。もっとも言葉を選ばないうえによくしゃべるので、かわいげなんかカケラも感じられなかったが。
「つーかよ、あんた誰?」
侵入されてから2分34秒。ついにニノマエはお嬢さんへの尋問を開始した――のだが。
「見たままかわいい、そのままかわいい天使です! おまえに名乗ったげるウラ・フレンツヒェンって名前なんかないから!」
天使を模しているらしいサテンのワンピースの裾を翻し、背中の小さな羽を見せつけるウラ。そういえば頭の上に針金で支えられた輪っかが揺れている。
これが天使ってやつか。なんか残念だけど、初めて見た。
思わずこぼれ落ちそうになった言葉をあわてて飲み下し、ニノマエは眉間の皺をさらに深くした。
「あんた、こんなとこまでなにしに来たんだよ?」
「来たかったから来た! おもしろいとこだったらいいのにね?」
訊くな。詰め所におもしろみなどあるものか。
いや、それよりも。彼の職務は研究所の警備で、少女は侵入者だ。いや、所内にしかけられたトラップをひとつも作動させずにここまで入ってきている以上、「お客さん」の可能性のほうが高いわけだが、はっきりしないうちは不審人物として拘束するよりない。
いざとなれば、刃を突きつけて。
「クヒッ。怖いこと考えてるヘンな顔」
喉の奥を痙攣させるようにして笑い声を漏らすウラ。
――殺気とか読みやがんのか。こりゃ本気で放っと
「殺し合いもキライじゃないけどね。今日はハロウィンだよ? 天使のあたしがシワばっかでクソかわいくないおっさんにもお菓子あげる!」
けねぇ。いちおう心の内で最後まで言い切ったニノマエは、ウラから手渡されたお化けカボチャ型クッキーをさっそく持て余す。つーか、おっさんじゃねぇし。
「あ、イタズラはしたげないよ? おっさんにいたずらとかクソきもいから」
そんな趣味ねぇし、俺おっさんじゃねぇし!
「そういえばおまえ、すぐ刀とか剣とかなんだとかブッ壊すんでしょ? あたしが根性叩きなおしたげる!」
その根性がニノマエのなのか刀剣のなのか、それとも得体の知れない“なんだ”のなのか知らないが、「ぜってーやだし頼まねぇ!」。ロッカーを勝手に開けようとするウラをその場から引っこ抜き、抱え上げたままドアの外へ強制連行。
「かわいくなぁいいぃぃ! 顔も見た目もおっさんなのもかわいくないっ!」
そりゃ、ひょろガリ小男だからな。おっさんじゃねぇけど!!
――ん?
「あんた、俺のこと知ってんのか?」
ニノマエが得物をすぐ壊すことなど、見も知らぬ他人が知っているはずがない。前髪ぱっつんのくせに――コミュニケーション能力皆無のニノマエにとって、精いっぱいの悪口がこれだ――研究所とどんな関わりが?
考え込んだのがいけなかった。
今だ! とばかりにウラがじたばた。あっという間にニノマエの手からすり抜けて着地、思いきり沈み込んで、跳ねた。
「陰気撲滅! ハロウィン仕様の狼男になりなさーい!」
どこからか取り出した狼耳のカチューシャを、ニノマエの頭にはめた。
「……陰気な狼おっさん、爆誕?」
「俺の責任か? なぁ、俺の責任、なのかよ……?」
結果、加害者も被害者も薄暗くなった。
が。
「あーもーあーもあーもーっ! 色気もクソもネェお部屋、せめてかわいくしたげよう!」
これまたどこからか取り出した大きなバスケットをニノマエに突きつけ、「ヒヒッ」と笑ってみせた。
なんで俺がこんなこと……。
あまりに陳腐なセリフであることは、さすがのニノマエでも知っていた。だから口にはしなかったが、今の心境はまさにそう表わすよりない有様だった。
そう。ウラを肩車させられ、黙々と便利な脚立を務めるニノマエとしては。
「トリート。トリート。こっちもトリート」
リズミカルに口ずさみながら、ウラがバスケットの中からお化けやらカボチャランタンやらの飾りを取り出しては詰め所の壁に貼り付け、“かわいく”していく。ちなみにトリートは「ごちそうする」ことなので、飾りつけることには適用されないはず。
「超かわいくなった!」
ひととおり飾りつけ終えたウラが、ニノマエの肩の上でふいーと息をついた。
「なあ、あのへんのお化けなんだけどよ。なんかやばくねぇ?」
ニノマエが指したお化けの飾り。長方形のお札がはりつけられたそれはどう見ても弱々しくもがいていたし、どう聞いても「ウォァァァァン」などと呻いているわけだが。
それと彼が「あのへん」などとあいまいに表現したのは、そういうものがいくつもあるからで……。
「気にしなきゃ気になんない?」
なんだこいつなんだこいつ。ニノマエは思わず二回繰り返してしまった。実際に言わなかったのは単なる自己防衛のためだ。ウラは絶対、いやなことを倍返しで彼に叩きつけてくる。
「――ウラ、お待たせシマシタ。帰りましょうカ」
「デリク遅いっ」
ぴょいとニノマエの上から飛び降りたウラが抱きついたのは、戸口から顔を出したダークブロンドの青年だった。
「……そいつの保護者か?」
「ハイ。そのようなモノになりマスネ。私はデリク・オーロフと申しマス。こちらノ研究所には知り合いがいましてネ。彼ト会っている間に、ウラは勝手に出テ行ってしまッテ……ウラを保護してくださっテありがとうございマシタ。エー、獣耳のヘンタイさん」
穏やかな笑みを浮かべ、ニノマエの格を思いきり引き下げる青年。
しかしニノマエは落ち込みも憤りもしない。そんな余裕はない。青年の瞳に浮かぶ群青の光が穏やかでもなければ笑んですらもいなかったから。
ニノマエがようやく口の端に笑みを刻む。
――そうかよ。あんた、こっち側か。
下に垂らされたままのデリクの両手からは、隠しきれない異様な気配が漂い出していた。
ウラはどうか知らないが、少なくともこのデリクはこちら側――超常の力をもって殺し合う修羅地獄の住人。
「私の手がドウかしましたカ? ニノマエさん」
デリクの言う知り合いとは、ニノマエのメンテナンスを担当するホムンクルス研究室長でまちがいないだろう。
彼はニノマエの名を呼ぶことでそれをアピールしてみせたわけだ。あなたの能力ハそれなりニ把握していマスのでネ。
「あんたが握手しようなんて言わねぇうちは気にしねぇさ」
逆にニノマエは、両手が脅威であること以外にデリクを知らない。でもよ、殺り合うつもりなら、ただで帰れるとか思ってくれんなよ?
両者の笑みが緊張を引き合い、空気を引き絞っていく。
ウラはそのただ中でぶらぶらしていたのだが。
「あー!」
唐突に声を張り上げた。
ぱちん! ぱちん! 壁に磔刑されていたお化けが次々と爆ぜ。凄絶な狂気が、詰め所へ押し寄せてくる。
「あんた、なんか呼びやがったのか!?」
人のものではありえないプレッシャーに眉間の皺を深め、ニノマエがロッカーを引き開けた。刀か剣か、なんでもいい。迫り来るものを殺せる切れ味があるものなら。
「アー。今しがた知り合いにもらってきたモノを追ってきマシたかネ」
デリクは笑顔の内に冷えた眼光を閃かせ、ウラの背をかるく叩いた。
「お気ニなさらズ。私たちで仕末シテいきますのデ」
「そんなわけにいくか」
ありったけの得物を抱えてニノマエがデリクを追い越していく。
「俺は、警備員だからよ」
デリクはニノマエの丸まった背を見やり、また笑んだ。
「ジャ、協力しまショウ。互いの力を合わせて、ネ」
研究棟から詰め所へ続く通路いっぱいに詰まったなにかが来たる。
靄だ。ただしそれを構成するものは水分などではない。
「西洋式の古イ呪いが半実体化していマス。だとスレバ――」
ウラの飾ったプラスチック製カボチャランタンが、猛烈な勢いで靄に引き寄せられ。
「――鋳型を欲しがるでしょうネ。あのようニ」
呪いは大きくカテゴライズすればふたつとなる。ひとつは憤怒や情念、言霊といった、個人の呪力を直接ぶつける類いの呪い。もうひとつは相手の体の一部や人形、呪符といった依り代を使って念を増幅、間接的に相手に呪を送る類いの呪い。
「肝心の依り代がおもちゃのカボチャかよ」
持ってきた刀剣の内から適当に一本を握り、ニノマエが身構えた。先日オーバーホールしたばかりの体の反応は上々だ。
「呪いがコワイ姿で相手を襲うナンテ、ありがちな話じゃありませんカ」
デリクが肩をすくめて苦笑した。
確かにジャック・オー・ランタンと言えば西洋定番の怪物だ。
「クヒヒッ。ハロウィンにぴったりなお化けだよね!」
ウラのうれしげな声を背で聞いて、ニノマエはひと言。
「なんでもいいさ」
そして形となりつつあるジャックへ跳んだ。
「体があるってんなら当たるんだろ!?」
身長二メートル強の怪人と成りつつあるジャック、その黒衣の真ん中へ剣を叩き込んだ。
しかし、ぼふん。手応えなく、ただ黒衣を揺らすに留まった。
「奴に実体はアリマセン! デモ、頭を壊セバ呪いは依り代ヲ失くして弱体化しマス! ――ウラ」
「やだ! あたしお化け連れて帰る!」
じたじたと足を踏み鳴らすウラへ、デリクは人差し指を立てて振り振り。
「お化けにイタズラされる子ハお菓子を食べられナイのデスよ? ソレがハロウィンの掟なのデス。お菓子が食ベられなくナッタら……」
「困る!」
あっさり前言を撤回したウラがジャックへ向きなおった。
「お菓子でお腹いっぱいになるっていうあたしの夢のために、ハロウィンの踊りを踊るよ」
それはステップどころかリズムすらもない、見たままに言ってしまえば「不思議な踊り」だった。ただし踊るウラはひとつの所作をこなすたび、少しずつ心を研ぎ澄まし、精神力を拡大していく。
「私はコレより呪いを解く術式を編みマス」
「……あいつのタコ踊りとあんたの編み物が終わる保たせりゃいいんだな?」
「話が早イ。A7研でいちばんイカれたホムンクルスだけはありマス」
なにをどこまで知ってやがんだよ。
「相手を識る(しる)ことコトは基本ですヨ。魔術でも闘いでも、人づきあいでもネ」
ニノマエは続けて漏れ出しかけた言葉を奥歯で噛み殺し、カボチャ頭に憑依を完了したジャックへ斬りかかる。
「スイカ割りよりカボチャ割りが先になるたぁな!」
ニノマエが大上段から一気に振り下ろした段平を、カラカラカラ。笑い声とも鳴き声ともつかぬ音を奏で、ジャックは靄でできた大鎌の柄で受け止めた――いや。
「殺しやがった!」
寄り集まり、粘りを帯びるほどの濃度を成した靄が、ニノマエ渾身の一撃を絡め取ったのだ。
大鎌を引き、段平ごとニノマエを黒衣の内へ引きずり込まんとするジャック。
「ちぃっ!」
ニノマエは段平を放して跳びすさり、次の得物をつかんだ。
その目の前で、先ほどまでの相棒が急激に錆びつき、それこそ幼子にかじられたクッキーの端よろしくボロボロ崩れ落ちていった。
「腐食の呪イかと思いマシタが、ドウやら酸化の呪いだったようデス。アレに触ればお肌も酸化してボロボロですネ――さて、式を少々編みなおしマショウか」
傍目にはのんびりと指先を動かしているだけに見えるデリクだが、その実高速でジャックの呪いを演算し、ワクチンとなる解呪の術式を編み続けている。
と。
「お化けーっ、今度はおまえが踊る番だよーっ!」
踊り終えたウラの体から泡立つ魔力が溢れ出し、圧縮され、紫雷と化してジャックへ突き立った。
「ありゃ?」
――が、超高電圧の一撃は黒衣に穴を開け、ジャックを少しよろめかせただけでかき消えた。
「頭狙えってあんたの保護者が言ってたろうがよ!」
「デリクの話は長いから、あんまり聞かないようにしてる!」
ぷいっとふくれ面を横に向けるウラへ、ニノマエは皺々の眉間を揉み揉み。
「弱いやつでいいからよ、数撃ってくれよ」
「えー、つまんない」
「いたずらされたら菓子が食えなくなるんじゃねぇのか?」
「ぶー」
唇をとがらせたウラが指をぱっちんぱっちん鳴らしてみせた。その音とともに細い雷が飛び出し、ジャックにチクチク突き刺さった。
「やりゃあできんじゃねぇかよ……」
できれば最初にこの弱雷で牽制して、最後にでかいのを撃って欲しかったのだが、コミュニケーション能力というか詭弁力の低いニノマエにはウラを誘導できる自身がない。だからとりあえずはこれでいいことにしておく。
あとの問題はニノマエがどう斬り込むかだが……下手に頭を叩こうとしても、先ほどのように取り込まれるだけ。フェイントなんていう高等な技はもともと使えないが、お化けがそんなものを気にしてくれるかどうかもわからない。
「腹いっぱいにしてやるか」
廊下の脇に積んでおいた代わりの得物の束を見やり、ニノマエは肚を決めた。
得物を次々と持ち替え、闇雲にニノマエはジャックの頭を狙った。
ジャックはそれを大鎌で、あるいは体で絡め取る。
いつしかジャックの体中に絡め取った剣やら刀、ブレードが食い込むことになっていたが、元が靄だからかキャパシティの限界に至った様子はない。
さらに悪いことには、カボチャの頭は子どもの安全を第一に考えた軟質プラスチック製で、衝撃を与えたり切っ先をかすらせたりするくらいではなかなか壊せないのだ。
体に埋まった刃をゆっくりと酸化――錆びつかせながら、じわりじわりとニノマエを追い詰める。
「バケモンかって、お化けなんだからバケモンなんだよな」
ジャックの攻撃にそれほどの脅威はない。しかし、ジャックの能力の飽和を狙って大量の刃を喰わせてみたはいいが、果てのない泥死合に持ち込まれて打つ手を失くしたのはニノマエのほうだ。
「せめて頭守ってやがる腕だけでも固められたら……」
「え? できるけど?」
吐き捨てるニノマエにきょとんと小首を傾げるウラ。
「は!? できるってあんた、できんのかよ!? 俺が今までなにやってきたか――」
「頭が残念だから馬鹿なことするんだなって思ってた」
なにか言い返してやりたかったが、もうなにを言い返してやればいいのかわからなかった。保護者はどういう教育してやがんだこの不思議っ娘をよ!
「……お願いですからよ、その、固めるやつやってくんねぇですかね」
「顔がきもい。声もきもい。あとおっさん」
おっさんじゃねぇってんだろが! どう見たってあんたとそんな歳変わんねぇし!!
激情のすべてを飲み込み、ニノマエ本人ですら気味が悪いと感じるよりない笑顔でお願いした結果。
「触んないと固めらんないからねー」
「おう」
短く応え、ニノマエは残り少ない得物の一本を手にジャックへ突っ込む。
「おらぁ!」
大きく振り回して牽制し、ジャックの顎先へアッパースイング。
ジャックはこれを両手でつかみ取ったが、最初からニノマエはこれを狙っていた。両手が塞がってしまえば、少なくともウラを捕まえることはできない。
「来い!」
「なんかやな感じ。お願いする態度じゃないよね」
「来やがれくださいませお嬢様!!」
ぶーぶー。ブーイングしつつ、しかたなさげにウラが近づいてきて、ジャックの黒衣に触れた。
その瞬間。
ジャックは頭のかぼちゃを含め、黄金へと変じた。
「ゲンシだかデンシだかチューセーシだか書き換えて金属にした。電気となかよしなやつだよ!」
「って、頭まで金属にしちまってどうすんだよ!?」
ゴト。ゴトゴトゴトゴト。金属像と化したジャックが揺れる。ウラの金属化は表面だけで、内の靄は健在なようだ。殻を割って出てこようともがいている。
焦るニノマエだったが、逆境にあってひとつだけ手を思いついた。電気となかよしの金属なら、もしかすれば!
「――金属化ってどれくらい続けてできる!?」
「やろうって思えばこのくらい?」
ウラが親指と人差し指の隙間を五センチほど開けてみせる。時間の程はまるで伝わってこないが、とにかく金属化し続けられることはわかった。
「俺が奴の頭削るから、金属化し続けろください!!」
ニノマエが最後の得物を握り、その手に発生させた電気を刃へ流し込んだ。
実体がないお化けに物理攻撃は効かない。
金属化したお化けの表層には物理攻撃が通る。
本体である靄には電撃が効かないわけではないようだから、電気となかよし――通電性の高い金属と化したカボチャ頭には、より大きなダメージを与えることができるだろう。
それに、ただでさえ奴の粘っこい体には大量の錆が食い込んでいる。電気をそこに伝わせれば、中身にだって多少のダメージは通るはずだ。
「あんたの頭がカボチャじゃなくなるまで削らせてもらうぜ!」
ニノマエの電刃がカボチャ頭を削ぐ。
露出した靄を、ウラが金属化する。
餅つきのように息を合わせたふたりの連携が、カボチャをただの丸へと変えた。
アアアアアアア! 電気ショックで動きを鈍らせていたジャックが溶けていく。形を保てず、薄い靄へと戻りゆく。
そこへ。
「……編み上がりマシタよ。お化けはお話ノ中の夜へお帰りナサイ」
デリクの両掌に痣として刻み込まれた魔方陣が白光を放ち。
それを浴びた靄は、跡形もなく霧散した。
「……で、なんだったんだよあのカボチャお化けはよ」
大量の錆を箒で掃き集めながら、むっつりとニノマエが問うた。
「知ラナイほうがいいデスヨ。アノお化けの正体も……私ノ胸ポケットに収まったモノも。ツイデに私の出自もネ。好奇心猫ヲ殺すと言いマスし」
デリクが笑んだ。
おもしろくない。靄に巻かれた後でうさんくさい男の笑みで煙に巻かれるなんて。
でも、実際のところ知らないほうがいいんだろう。一介のホムンクルスが知っていい秘密など、彼が生きる狭い世界には数えるほどしかないのだから。
「かわいい飾りは減っちゃったけど、あたしがかわいいから問題なし!」
ウラは相変わらずウラのままだ。……そういえば今も天使コス姿なわけだが、まさかあのまま帰る気か?
「だーっ! いつまでシワシワしてる気おじいちゃん!?」
おっさんからさらに格下げ!?
自分でも驚くほどに衝撃を受けるニノマエの鼻先に、ぬっとカボチャランタンを象ったキャンディーが突きつけられた。
「食べなさい」
ニノマエは呆然と受け取り、呆然とくわえる。
それを半目でにらみつけていたウラがふいに「クヒヒ」と笑い。
「ハッピー・ハロウィン!」
今の俺のどこにハッピーがあんだよ。思いながらニノマエはキャンディーを噛んだ。
カリっと小気味よく砕けたカケラはどれもみな驚くほどに甘くて。
ニノマエの疲れ切った体を腹立たしいほどやさしく癒やすのだった。
ノー・ハッピー・ハロウィン。
でも。
ほんの少しだけ悪くない気もするスイート・ハロウィン。
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