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格闘の神を討つ者(2)
塔の中の薄暗い通路を水嶋・琴美は一人歩いていた。
通路には誰一人もおらず彼女のブーツの音がカツン、カツンと微かにその場に響き渡っていた。
通路の中のひんやりとした空気を感じ、琴美は辺りを見ながら小さく呟いた。
「兵士一人どころか、誰もいませんわね」
琴美はそう疑問を感じた。
塔の入口には幹部のモヒカン男の他に数十人の兵士達が塔を守っていた。だが、いま現在いる低層階にはそれが全くと言っていいほど見当たらない。
何かしら通路に罠、もしくは仕掛けでも張っているのだろうか……?
だが何にしても先に進まなければならない。そう思いながら琴美はさらに歩みを進めていく。
そして暫く進んだ先に彼女は思わず足を止めた。
そこには大きな古い一枚の扉があり、その扉の真ん中には金色の紋様が刻まれていた。
おそらくだが、この扉の先に上の階層に行くための階段、もしくはこの低層を守る守護者の一人がいるのだろう……。
(どちらにしても私は先に進むだけですわ)
そう心の中で呟きながら彼女は扉へと手を触れようとした。
途端。
ゴオオオとした低く、重たい音を出しながら扉が自然と開いた。そしてその先には筋肉質なプロレスタイプのような巨漢の男が一人立っていた。
その男は低層階を守る守護者だった。
巨漢の男は両腕を組みながら琴美を見ると、同時に口を開いた。
「ほぅ……。お主一人で入口を突発してくるとはな。女のくせになかなかやるな」
巨漢の男は半ば感心したかのように琴美へと言った。
それに対して琴美は瞳をスッと細め、そして微笑を浮かべながら言った。
「お褒めにお預かり光栄ですわ。ですが……」
琴美は一度言葉を切り、そして続けた。
「低層階の守護者ごときに用はありませんわ。この先に進ませてもらいます」
「ふははは。なかなか面白いことを言う女だな! このワシ相手に先に進めると本気で思っているのか? ならば全力で戦わねばお主に対して失礼に値するな」
巨漢の男は豪快に嗤ったのち、真剣な表情へと変えた。その表情はまるで狂戦士のような顔に近く、同時に威圧感を放っていた。
「ならば私もあなたを全力で倒させてもらいますわ」
琴美は強い意思の宿った瞳を巨漢男へと向けながら静かな声音でそう告げたのだった。
●
巨漢男は琴美へと凄まじいスピードで突進しながら拳を作り、琴美の体へと打撃を撃ち込もうとした。
だが琴美はそれに気づき、その攻撃を交わそうとするが、あまりの早さに交わすことができず敢えなくその攻撃を受けてしまう。
思わず小さな呻き声を上げ、琴美はバランスを崩す。
そこに巨漢の男は続けて打撃を琴美の体へと加えていこうとするが、それを琴美は体を素早く横へとずらしながら避けた。そして彼女は巨漢の男の脚を狙い、体へと蹴りを入れようとしたが巨漢の男はそれに咄嗟に気づくと真横へと跳び、交わした。琴美は素早い速さでクナイを巨漢の男の腕に突き刺そうとした。
が、巨漢の男の驚異のスピード力でそれをあっさりと交わされ、そしていつの間にか巨漢の男に一瞬で背後を取られてしまった琴美は巨漢の男から首に太い腕を回され、首をギリギリと絞められてしまった。
「………ッ」
このままでは簡単に首の骨ごとヘシ折られてしまう。
微かに薄れようとする意識の中で琴美は必死に腕を動かし、そして手にしていたクナイで巨漢の男の腕へとクナイを突き刺した。
突然クナイを深々と突き刺され、赤黒い血を腕から流しながら思わず顔をしかめる巨漢の男。
それに対して琴美は僅かに巨漢の男の力が緩んだ隙を狙い、男の腕から逃れるようにその場にシュッと身をしゃがめると同時に男の足へと蹴りをいれた。
男はそれに対して思わず怯み、琴美は男との間に距離を取った。
彼女は僅かに乱れた息を整える。
(なかなかの相手ですわね……)
目の前の男は攻撃、防御、スピード、その全てにおいて優れている。
さすがは幹部といったところだろうか。まさかここまで苦戦させられるとは正直思わなかった。
だが。
(確かに厄介な相手ではありますが倒せない相手ではありませんわ)
男は琴美へと駆け出し、彼女の腕をガシッと掴むと、力を込めて琴美の体ごと投げ飛ばした。が、彼女は素早い身のこなしで床へと華麗に着地した。
それを見男は再び彼女へとヘッドロッグの攻撃を繰り出そうとするが、琴美は即座にそれを避け、そしてその場から後ろに跳ぶと同時に手にしていたクナイを巨漢の男の脚目掛けて放った。
巨漢の男の脚にクナイが抉り、動きが僅かに鈍る。
そして琴美は床に着地すると同時に巨漢の男の体へと連続で拳を叩き込んだ。
それは拳一撃、一撃による重たい一撃に近いもの。
相手が攻撃、防御、スピードの全てにおいて勝っているならば先に相手が攻撃を繰り出す前に倒してしまえばいいだけのことだ。それに相手の動きさえ止めてさえしまえばどうにでもなるはずなのだ。
だが、巨漢の男はダメージを受けながらも、顔を歪ませて琴美の顔面へと真横から拳で殴ろうとした。が、琴美はそれに対してスッと体を横へとずらし巨漢の男の顔面へと右ストレートで殴り飛ばした。巨漢の男はそのまま壁へと激しい音と共に激突した。
壁に大きなヒビが入り小さな呻き声を上げ、巨漢の男は琴美を見やる。体を必死に動かそうとするが、体は動かなかった。
完全に己の敗北だ。
それを理解しながらも巨漢の男は琴美へと言葉を投げかけた。
「この先にはワシよりも、お主よりもそれ以上に力を持つ守護者……強者がいるのかも知れぬぞ。それでもお主は先に進むと言うのか……?」
その問いかけに琴美は小さくふっと笑い、そして微笑を浮かべながら言った。
「愚問ですわ。私は格闘神に用がありますの。その先にいる守護者達に興味はありませんわ」
「ならば後悔するなよ。己自身の愚かな選択に」
「肝に命じておきますわ」
そう二人は言葉を交わしたのち、琴美は上へと続く階段を上っていった。
だが、この時彼女はまだ知る由もなかった。彼の言葉が現実になろうということに―――
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