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<東京怪談ノベル(シングル)>


死の塔 1F
 20××年。先の世界大戦の影響で、世界は荒廃していた。
 そんな中、一人の男が頭角を現し始める。「王」と呼ばれるその男の行う恐怖政治により、ただでさえ荒れ果てていた世界は更に廃り、人々は日々疲弊していった。弱き者は切り捨てられ、貧しき者は飢えに苦しみ、強き者であろうとも王の機嫌を損ねれば首を飛ばされる。
 もはやこの世は地獄だ。死の時代の到来に、嘆く声すらも枯れ果てて人々は諦め絶望の渦中にいた。
「けれど、そんな時代はもう終わりですわ」
 立ち上がったのは一人の少女だ。豊満な体をなぞるように密着した黒のインナーの上に、半袖の着物を羽織っている。形の良い臀部にフィットするスパッツを履き、ミニのプリーツスカートを翻し、仕上げとばかりに編上げのロングブーツとグローブを身につけた彼女の名は、水嶋・琴美。
 艶やかなロングヘアと女性らしい魅力に溢れた恵まれた体を持つ、美しい少女だ。まだ二十歳前後であろうに、琴美の瞳の中には王に対する恐れや怯えの色はなかった。あるのは、燃え盛るような憎悪と怒り。
 まぶたを閉じ、琴美は変わり果てた父の姿を思い出す。星一つない夜、琴美の尊敬すべき父は暴虐なる王の手により殺されてしまった。かの王は他でもない、父の仇なのだ。
「王、あなただけは絶対に許しませんわ……」
 父を殺した王は、今も人々を苦しめながら玉座でふんぞり返っている。
 とある塔の最上階、そこが王の居場所だ。死の塔と呼ばれるその塔の周囲は厳重な警備が守っている上に、塔内部には各階を守る守護者がおり生きて帰る事は不可能だと言われている。今まで何人もの戦士が塔に挑んだが、王の元へと辿り着けたものは一人もいない。
 まさに死の塔の名に相応しいその場所に、今琴美は単身で挑もうとしている。亡き父のため、そして罪なき民衆のため。悪しき時代を、終わらせるために。

 ◆

 塔の周辺を守っていた兵士は、数も多い上に凄腕ばかりだ。王に認められた実力を持つ者しか恐らくいないのだろう。
 しかし、その兵士達の間をまるで縫うように琴美は駆けて行く。彼ら程度の者など、大きな障害にはならないのか華麗な動きで少女は兵士達を一人一人クナイで斬り捨てて行った。くの一の末裔である琴美は、修行を重ねかなりの力をつけてきたのだ。
 全ての兵士を駆逐し、琴美は難なく塔の入り口へと辿り着く。
 だが、その入口を守るように一人の男が立っている事に気づけば少女は一度立ち止まった。中央にある髪をさながら雄鶏のトサカのように立てている、いわゆるモヒカン刈りの髪型の男だ。引き裂かれたシャツとジーンズに身を包み込んだパンクな雰囲気の男の眼光は鋭く、琴美じゃないただの少女がもし彼と相対した場合竦み上がっていてしまった事だろう。
 兵士達が倒された事に気付いてないわけがないのに、動揺する事もなく笑みを浮かべているその男の体は鍛え抜かれおり、先程まで相手にしていた兵士達よりも明らかに格上である事が伺えた。恐らくこの男が、一階を守る守護者であり、塔を攻略する上での第一の関門だ。
 ロングブーツを高らかに鳴らしながら琴美が一歩一歩近づいていけば、男はふんと鼻で笑い吐き捨てる。
「女が来るのは珍しいな」
 そして、舐め回すように彼女の艶やかな髪からブーツに包まれた爪先までを見やった。少女のグラマラスで魅惑的な体に一度口笛を吹いたものの、男は決して隙を見せようとはしない。彼は彼女との距離を図りながらも、言葉を続ける。
「だが、女であろうと関係ねぇ。俺様の前に立ちふさがる奴は、全員ぶちのめしてやるぜ!」
「上等ですわ。私には、何としてでも王の元に行かねばならない理由がありますの。そこを通してもらいますわよ!」
 その会話が、開戦の合図となった。まず相手から繰り出されたのはジャブだ。目にも留まらぬ速さで繰り出される拳の威力はジャブと言えど強大であり、岩をも砕く勢いである。もし当たれば、人間の柔らかい体はただでは済まないだろう。
 しかし、琴美にはその攻撃が見えている。ステップを踏むかのように軽やかにその拳を避け、彼女は瞬時に駆け出すと相手の背後へと回った。少女のしなやかな足が、男の体へと強烈なローキックを叩き込む。修行の末に身につけた琴美の戦闘能力は、他者を圧倒する程驚異的だ。その攻撃を直にくらってしまったのだ、鍛え抜かれた男といえどひとたまりもないだろう。しかし、男が膝を折る事はなかった。根性で歯を食いしばり耐え、男は次の一手を繰り出す。
 下から上へと突き上げるように放たれる、拳。牽制も兼ねたその攻撃を、琴美は怯む事なく流れるような動作で受け流した。
 格闘技の激しい応酬は続く。疲れを知らない琴美が未だ息一つ荒げていない事に気付き、男の顔に初めて焦りの色が生まれた。それはたったの一瞬の事だったが、琴美がそれを見逃すはずもない。
(きますわね――!)
 少女がそう思ったと同時に、男が放ったのは渾身の右ストレートだ。シンプルで、だからこそ強力な一撃。互いに譲らぬ戦い、このままではさすがに自分のスタミナが切れてしまう事を男は危惧したのだろう。故に、全ての力を込めた一撃で琴美を一発で沈めにかかってきたのだ。
 だが、琴美はその攻撃を読んでいた。コンマ一秒のギリギリまで彼の注意をひきつけ、確実に攻撃がヒットすると男が油断したその僅かな隙を狙い身を屈める。目にも留まらぬ速さで彼女は攻撃を避け、そして男の腹を狙い拳を振り上げた。ガードが間に合うはずもなく、男はその場へと崩折れる。男が最後に漏らした苦悶の声が、琴美の勝利を告げるゴングの代わりとなった。
「まずは一人目、ですわね……」
 高く伸びた塔を見上げ、琴美はそう呟く。塔には、この男以上に強力な守護者が何人も待ち構えている事だろう。だが、無論琴美の頭の中にここで引き返すなどという選択肢は存在しなかった。
 倒れ伏した守護者の横を歩き、彼女は塔の扉へと手をかける。ブーツが床を叩く心地の良い音が建物の中へと響き渡った。琴美はついに、死の塔へと足を踏み入れたのだ。