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<東京怪談ノベル(シングル)>


百鬼夜行 前編

第一章 深淵

 退魔社「弥代」とある山奥にある支部。そこでは常に浄化の火が焚かれ。悪鬼羅刹を寄せ付けない対悪霊の最前線となっているが、一般の人間から見れば歴史の古い神社でしかなかった。
 そんな巫女や神主しかいないこの神社の石畳を踏み鳴らし、一人の少女が本殿へと歩み寄っていく。
 華奢な少女だった、幼さの残る顔に紺色のセーラー服。一見単なる女子高生だが、彼女の腰の長刀、そして見るものを飲むような静謐な空気が只者ではないと教えてくれる。
 彼女の名前は『 芳乃・綺花 』凛と筋の通った背を常闇のような黒髪で隠し、綺花は本殿の引き戸に手をかける。
 一瞬の逡巡の後、ちいさく「入ります」とだけ告げ、魔の一切を許さない第結界へと足を踏み入れた。
 その奥に待っていたのは闇。ただし人の気配がある。
 綺花はその気配が何者か知っていた。
 人類防衛の要『弥代』そのトップである人物がそこにいるのだ。
「今日はどんなご用件でしょう?」
 耳が痛くなるほどの静寂を破って、綺花は告げた。
 闇の奥から声が帰るのを待つ。しかし帰ってきたのは。
 磨かれた板張りを滑る、白い封筒。畳まれた和紙であるそれを綺花は拾い上げ、その文面に目を通す。
 そこには驚くべき内容が書かれていた。
「百鬼……夜行」
 魑魅魍魎は科学絶世の現代と言えど社会の裏側で跋扈している。
 それを湧き出すたびに駆逐してきた綺花たちであったが。
 それはほんのイレギュラーに過ぎない。
 魑魅魍魎、悪鬼羅刹。それらのほとんどは遠い過去に封じられており、強力な神魔霊獣は昔にほとんど封印されてしまっていたからだ。
 だが今回は話が違った。
「東の結界が破られたのですか」
「青い、龍が落ちた」
 人界を守る四聖の獣。風を司る青い鱗の龍が、敗退し。結界に大きなほころびが生じた。
 その結果が。百鬼夜行。
 幾万、幾億の魍魎たちが噴出し、霊王が蘇るかもしれない危機が訪れようとしている。
 早急に対処できなければ、この島は滅ぶだろう。
 容易に想像できる自体が眼前に迫っているのだ。
「貴女には最前線に立っていただきたい」
 暗闇の奥の大僧正は告げる。
「百鬼夜行を真っ向から打ち破るのです」
「…………」
「千の部下をつけましょう、これで」
「必要ありません」
 声を断ち切り綺花は告げた。
「私一人で十分です」
「それは……」
「もう、誰も傷つく姿を見たくありませんから」 
 そう告げて綺花は愛用の刀を手に取って見せる。
「この刃に誓って、霊王を封印、ではなく、討伐して見せましょう」
 そして綺花は踵を返して告げた。
「もし私が敗北したなら、その千人を動かすといいでしょう、ただ、私が負けることはないと思いますが」


 第二章 東の結界

 風が強い日だった。木々は揺れ、動物たちは巣穴にこもっている。
 森は静まり返り、誰一人として、山奥の神社に近寄ろうとしない。
 それはたぶん、本能が告げているからだろう。
 そこに行ってはならないと。
 青龍の宮。
 そこにはかつて、この島を支配しかけた魑魅魍魎の王が眠るという。
 単なる言い伝えだと綺花は思っていた、しかしその光景を見れば、その伝承は真実だと思わざるおえなかった。
「霊王、ヨミサカ」
 力のない物には見えないだろう。本殿から立ち上る瘴気、それが形取る霊王の姿。
 だが綺花には見えている、自分の打つべき敵がはっきりと。
 綺花は髪を抑えて、長く続く階段を見下ろした、ひときわ高い樹の枝に腰掛け、相手の出方を見ているのだ。
「さぁ。どうします?」
 綺花は声に殺気を孕ませた、その言葉に反応するかのように、石の階段、そして本殿、物見やぐらに、一斉に灯りが灯る。
 
 次いで聞こえたのは悲鳴。

 人間の物ではない。この世にいてはいけないものの、怨嗟の声だ。
 直後綺花は刀を抜いて飛んだ。
 直後、本殿の門が開き、灰色の濁流のように魑魅魍魎があふれ出てきた。
 百鬼夜行が始まったのである。
 これより霊王は配下の悪霊を使役し虐殺を行う。
 虐殺の結果大量の屍と呪詛が積み上げられるだろう。
 それを糧として霊王は完全なる復活を遂げるつもりだ。
 だが、それを許す綺花ではない。
「私がいる限り、ここから先へは通さない!」
 石畳を踏み鳴らし、綺花は魍魎たちを真っ向から見据える。
 足を滑らせ、体勢を整える、左足を前に、やや曲げ、右足は支えに、鯉口をきり、柄に手をかけ、そして、滑らせるように。
 抜刀。
 次の瞬間、戦闘を走る小鬼が真っ二つになって消えた。
 吹き荒れる浄化の風、そのあおりを受けて百鬼夜行の勢いが弱まる。
「いきます」
 次いで綺花は駆けた、階段を飛び上がる鳥のような速度で走り、目の前の魍魎たちを叩き切っていく。
 左に振りおろし、右上に切り上げる、姿勢を低くして横なぎに一閃。
 だが敵もバカではない。大鬼は拳を振り上げ、火車が火を噴いた。天狗がうちわを振りかざし、付喪神たちが殺到する。
 それを綺花は右にスライドしかわす、反撃の人たちで切り上げる。鬼の拳を踏み台に高く飛び、左手で短いスカートを抑えながら。
 右手で刀を振るった。
 天狗を輪切りにし。その回転力を生かしたまま、一体また一体と切り刻んでいく。
 綺花は樹の枝に着地、そのまま幹を蹴って三次元的に跳躍。
 森の中を飛び回る綺花を魍魎たちは負うことができない。
「こちらです」
 そう綺花は鬼の肩に腰を乗せ、耳元で柔らかく囁いた。
 そのまま右手をはじくように動かすと、鬼の首が吹き飛んだ。
 血が、噴水のように吹き出て石畳を汚す、しかし次の瞬間綺花はそこにはいなかった。
 さらに二三歩、テンポよく歩みを進め。石階段を上る綺花。
 その姿に魑魅魍魎は圧力を受けて、ざわりと一歩後退する。
「さぁ、ここからが本番ですよ」