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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


 小さな魔法と大きな願い


 天気は晴れ。空気は澄んでいる。おひさまは暖かい。今の時期、これ以上ないほどに移動に適した日のように思える。
 だが、グリムは安心できなかった。どこか落ち着かない。喫茶店の入り口――扉の外を行ったり来たりしているのだ。
(ここまでの道順もわかりやすく伝えた。地図も書いて渡した。雨は降っていないから、あいつが濡れる心配もない)
 心の中で確認するようにひとつひとつ自分を安心させる要素をあげていく。けれども、落ち着くことができないのだ。
「グリム? お店の中で待っていたら? 寒いでしょう?」
 カランコロン……扉を開けると来客を知らせる音が鳴って。けれども今回のそれは内側から扉が開かれたゆえの音であるとグリムは知っている。なにせ当のグリムが店の入口前に陣取っているのだから。
「いや、僕はここにいるよ」
 扉を少し開けて顔を出した遊佐・大空に、グリムは視線を道行く人々の足元に固定したまま告げる。その様子を見て、大空は口元に小さく笑みを浮かべた。
「大福クンが迷わないでこれるか心配なのね」
「し、心配なんかしていない。ただ、約束の時間に遅れてこないのも人間になるために必要なことのひとつだと思っているだけだ」
(相変わらず、素直になれないのね)
 くす……グリムの答えを受けて大空は更に微笑む。グリムが素直ではないことは今に始まったことではない。それはグリムを使役し、そして友人のように接している大空が一番良く知っているのだから。
「よほどの方向音痴でもなければ、迷わずに来れるはずだ。約束時間までは……」
 グリムは扉と大空の隙間から店内の時計をちらっと見て。約束した時間までまだあることをもどかしく思いながらも反面、時間が過ぎていないことに安堵していた。時間が過ぎていても大福が来ないということは、迷っているか何かに巻き込まれているか……そんな可能性を考えずにはいられないから。
「大福クンはどっちから来るのかな」
 大空もグリムのようにきょろきょろとあたりを見渡して。
 彼の到着を楽しみにしているのは、大空もまた同じだった。



(ん、しょ、ん、しょ……)
 お土産の小箱を背負わせてもらい、大福はグリムの指定した『キッサテン』へと向かっていた。チンチラのような姿をしている怪異である大福は、一匹でいるところをニンゲンに見つかったらニンゲンが寄ってきてしまい、身動きが取れなくなってしまうことも理解している。かわいいー、と好意的なものならまだいいのだが、そうでない感情で接してくるニンゲンもいるのだと、自分の主――というか保護者に教わっていた。
 だから、ニンゲンに見つからないように、物陰から物陰へとできる限り走っては息を整える。教えてもらった道順を思い出しながら、時折地図を確認して、合っていることがわかるとホッと胸をなでおろす。
「あと、スコシ、だ……」
 ワクワクドキドキが止まらない。ううん、これまでよりも更に強くなった気がする。ニンゲンになるための師匠であるグリムと再会するのは勿論楽しみで、更にその主だという「ハルア」にも会えるというのだ。楽しみにするなという方が無理だろう。大福の保護者兼親友である少年は、忙しくて一緒に来ることができなかった。それが残念ではあるけれど。
(つぎは、イッショにいけたらイイな……)
 そうなったらきっと、ものすごく楽しいに違いない。いつか実現することを願いながら、大福は再び物陰から物陰へと隠れて進む。
(タブン、もうすぐだとオモウんだけど……)
 地図を見返して、今まで来た道を思い浮かべて大福は小さく頷いた、その時。

 ふわり……。

 ピクッ!
 流れてきた甘い香りに大福は鼻を動かして。
(オイシソウなにおい!)
 それまでにない勢いで走り出す大福。走りながら視線を上げれば、遠くに見えるのは初めて会った時に見た、グリムの変身した姿。あちらも大福に気がついたようで、「あっ」と口を開けた。

「シショウ!!」

 ぴょーんっ!
 グリムの腕に飛び込むように大福はお土産を背負ったまま飛ぶ。
「おっ、い、いきなり飛んで来るなよ!」
 それでもなんとか大福をキャッチしたグリムは、大福を抱きかかえ直して。
「さすがに迷わずこれたんだな」
「ウン! あまいニオイがしたから、サイゴもまよわなかったよ!」
 よしよし、と頷くグリムの横、店舗の扉を開けたのは、大空。
「いらっしゃい、大福クン」
「! オジャマします!」
 グリムに抱きかかえられ、大空に導かれ、大福は暖かな店内へと入ったのであった。



 木の温かみの感じられる店内を、珍しげに眺めてから、大福は背負っていたお土産を渡して。
 カウンター席6席、2人がけテーブル席が4席、4人がけテーブル席4席のそこは喫茶店。2階建ての建物は住居も兼ねているけれど、今大福達がいるのは1階の喫茶店部分。
「喉が渇いたよね?」
 大空が差し出したミルクとクッキーで一息ついた大福は、自己紹介がまだだったことに気がついて。
「あ……ボク大福。よろしく!」
「遊佐大空です。よろしくね」
 ニンゲンがするように右の前足を差し出してみると、大空は優しい笑みを浮かべてそれを握ってくれた。ニンゲンのように『握手』できたことを嬉しく思う大福。少し、ニンゲンに近づいた気がした。
「それ、食べ終わったら、今日の特訓を始めるよ……といっても、前のとは違うけどね」
「うん、ボクがんばるよ!」
 大福の乗っているカウンターテーブルの隣の席に座ったグリムの言葉に、口元にクッキーのカスをつけた大福が元気よく答えた。そんなふたり(?)を大空は優しく見守っている。余程のことがあれば手も口も出さずにはいられないだろうが、今回は大丈夫だろうと思い、カウンター内に持ち込んだ椅子に腰を掛けて二人の動向を見守る。


「じゃあ、始めるぞ」
 大福が喉を潤して腹を満たしたのを確認してから、グリムは椅子の向きを変える。大福に隣の椅子に降りるように示し、椅子に乗った彼と向かい合う形を取った。
「今から教えるのは、『願いが叶う魔法』だ」
「えっ……!!」
「ちゃんと最後まで聞けよ」
 グリムの言葉に明らかに色めきだった大福をピシャリと制する。
「ただし、すぐに効果が現れる魔法じゃないんだ。効果が現れるのには個人差がある」
「コジンサ?」
「ああ、人に――個体によって違うってこと」
 グリムが今、大福に教えようとしているのは、以前大空に教えてもらった魔法だ。魔法というよりはおまじないであるのだが、それでも今自分ができることを、グリムは大福に教えようとしている。さすがにこれ以上、どう見ても方向性の違う特訓を人間になる手段だと信じている大福を見ていられなかったのだ。
「あとは、この魔法をかけたからといってただ待ってるだけじゃダメだからな。魔法がかかったから安心、なんて思って努力をしなかったら、願いは叶わないよ」
「ウン、わかった! ドリョクはつづける!」
「ならいいよ。この魔法は願いを叶える努力をする者に、願いを叶える力を貸してくれる魔法でもあるから」
 グリムが魔法行使の手順を、大福にもわかるような言葉を選んで伝えていく。それは大空の受け売りではあるのだが、それでも彼が自分以外の誰かのために一生懸命になっている姿を見て、大空の心もなんとなく暖かくなっていて。自然と笑みが溢れる。
(グリムも大福クンも頑張って)
 心の中で応援する大空であった。



 手順のその1である「紙を枕の下に敷いて、願い事を思い浮かべながら眠る」は無事に済んだ。大福は移動の疲れのためか、すやすやと昼寝をしたのである。
 そして夜。今夜は満月だと事前にわかっていたから、グリムはこの日を選んだ。
「満月、でてるよ」
 窓から空を覗いた大空の言葉に、晴れてよかったと密かに胸をなでおろすグリム。
「じゃあ後はこの紙に願いを書くんだけど――大福、字は書けるの?」
「えっ……」
 グリムの問いに言葉に詰まった大福。紙に願い事が書けなければ、次の工程へ進めないのだ。
「グリムは大福クンの願い事、知っているんでしょう? お手本を書いてあげたら」
 大空がメモ帳を取り出して差し出す。お手本を見ながら写すくらいならできるだろう、グリムはそう判断した。
「じゃあ僕がお手本を書くから、それを真似してさっきの紙に書くんだ。できるよね?」
「……うん、ガンバル!」
 大空が用意した小さくなった鉛筆を抱きしめるようにして、大福は頷いた。これが願いが叶う魔法に必要なら事ならば、絶対にくじけないという思いが彼にはある。
「私は灰皿の準備をしてくるね」
 大福の願いを見てしまわないよう気を利かせてか、大空は部屋を出ていった。その間にグリムはお手本を用意し、大福の前に差し出す。
「鉛筆の使い方はわかるよね?」
「みてたからダイジョウブ!」
 グリムは紙が動かないように押さえてやり、大福はお手本を見ながら抱いた鉛筆で線を引いていく。
「……ショ、……よいショ……」
 直線はまだいいのだが、丸い部分が書きづらい。ぐるんとすると自分の体も回ってしまって、何度か紙の上で転んでしまった。けれども諦めずに立ち上がってまた書き始める大福の姿に、グリムは何も言わず紙を押さえている。
 ちらりと部屋の外からその様子を見た大空は、優しい笑みを浮かべ、ふたりのじゃまをしないようにそっと扉によりかかり、書き写しが終わるのを待った。



「オツキサマ、まんまる!」
「満月だからな」
 月の光を浴びやすいよう、大空の案内でバルコニーへ移動した大福とグリム。バルコニーに設置されている木製のテーブルと椅子に腰を掛けると、大空がそっと灰皿をふたりの間にあるテーブルへと乗せてくれた。
「大福、ここに紙を入れるんだ。あとは髪の毛……」
 折りたたんだ紙を抱えてきた大福が、んしょっと灰皿へそれを入れているのを見て、グリムは少しばかり考える。
(髪の毛? チンチラの髪の毛ってどこだ? 頭に近ければいいのか?)
 まあいいか、と大福に断り、ハサミで頭部付近の毛を切ってはらりと灰皿へ入れる。
「オツキサマ、ボクたちをテラシてるよ!」
 儀式じみた様子が珍しいのだろう、大福は何度も何度も空を仰いでまんまるな月とその月が注ぐ光をまじまじとみている。
「火をつけるね」
 大空はそう告げて、大福が灰皿から距離を取ったのを見てマッチで火をつけた。
「ワァァァァァァ」
 大福の歓声が上がる。紙についた火が、ゆっくりと燃え広がり、大福の毛とともに姿を変えていく。それは数分のことだったような、一瞬のことだったような、少し幻想的にも見える光景だった。
「願い事が叶うように祈っておきなよ」
「ウン!」
 グリムに言われても大福は炎が消えるまで灰皿から目を離さず、釘付けだった。
(熱心なのか、単に物珍しいだけなのか……)
 その様子をを見たグリムは心中で呟いて、少しだけその純粋さに感心する。羨ましいような、羨ましいとはちょっと違うような、不思議な感覚。
「ア」
「燃え尽きたね。風で灰が飛んでしまう前に部屋の中に入ろうか」
 大空がそっとクリスタル製の灰皿へと手を伸ばす。灰を飛ばしてしまわぬようにとそっとティッシュを掛け、ふたりを室内へと誘った。


「灰は簡単に飛んでしまうから、息止めてろよ」
「ン」
 机の上に広げたティッシュに灰を置き、大福はグリムに言われたとおりに息を止めながら体全部を使ってティッシュを折りたたむ。
「ウ……」
「グリム、意地悪しないの」
 苦しくてぷるぷる震えている大福を見て、大空が思わず口を出した。
「あまりにも素直だからさ。大福、後は息をしてもいいよ」
 最初にティッシュを折って灰を押さえてしまったから、もう呼吸しても大丈夫だ。でも告げねばずっと、大福は息を止め続けようとしたに違いない。ふあ、と息をついてぺたり、大福はテーブルに座った。
「押さえててあげるから残りも折りなよ」
「ウン!」
 グリムはティッシュを押さえ、以前大空に教わったように大福へとティッシュの折り方を教える。大福がうまく指示通りに動けないとグリムは嫌味は言うものの、それでも手伝いとアドバイスを放棄しない。
「デキた!」
「あとはこれを肌身離さず持っていないといけないんだけど」
「これをどうぞ」
 さてどうしよう、マフラーの中にでも縫い付ける? そんなふうに考えた時に大空の白い手が差し出された。それは魔法陣のような柄と英文字を配置した布で作られた小さな袋。巾着のように絞れば入り口がきゅっと締まるようになっていて。
「紐の長さは大福クンに身に着けてもらってから決めようと思って」
「ハルア、ハルアがつくってくれたの?」
「ええ、そうなの」
「ウレシイ、ありガトウ!」
 ぴょんぴょんと跳ね回って喜ぶ大福を横目に、グリムはその巾着にティッシュで包んだ灰を入れて入り口を絞る。そして大空へと差し出した。
「大福クン、ちょっと動かないでね」
 大福の首元に紐を這わせ、彼が苦しくない長さで結ぶ大空。はい、と軽く背中を叩かれて大福が胸元を見れば、小さな袋が首元に……。
「ワァァァ……」
「これならば、上からマフラーもできるから」
「アリガトウ、ハルア。アリガトウ、ししょう!」
「僕は別に……後は大福の頑張り次第だし?」
 まっすぐキラキラした瞳で礼を言われるのはなんだかこそばゆい。グリムはそっと視線をずらす。
「ボク、ガンバルから、これからもヨロシク、ししょう!」
「まあ、乗りかかった船だし、途中で放棄するのは無責任だから、付き合うけど」
 グリムに全幅の信頼をおいている大福と、ちょっと素直になれないグリム。グリムがまっすぐな大福と交流している様子が新鮮で、大空もまた楽しくなってしまうのだった。


 その夜、猫姿に戻ったグリムは、特別に大福を寝床に入れてやり、二匹はゆっくりと眠りについたのだった。





                  【了】



■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【8697/大福・―/男性/1歳/使役される者】
【8297/使い魔・グリム/男性/102歳/使い魔】
【5961/遊佐・大空/女性/17歳/高校生】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 時間を多めに頂いてしまい申し訳ありませんでした。
 
 真っ直ぐな大福様とちょっと素直になれないけれど大福様のことを考えているグリム様。そしてそんなふたりを見つめて、必要があれば助けつつ、グリム様の変化を好ましいものと思っていらっしゃる大空様。
 とても楽しい時間を書かせていただきありがとうございました。
 少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。
 この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。