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濃い魔力と解呪の救い
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あれからどのくらい経ったのだろう。ほんの数分のような気もすれば、もう何十日も経った気さえもする。
あの日、精霊たちに泥棒と誤解されて攻撃を受けた。そして強い魔力に包まれて身体が動かなくなり、意識も失ってしまったファルス・ティレイラだったが、今は意識がぼんやりと戻ってきていた。己の体内の魔力が徐々に回復し、満ちてきたことで意識の覚醒に繋がったのかもしれない。
(ん、んんっ……)
だが、身体は動かぬままだ。指の先すら動かせぬこの状況では、意識が戻ってもどうしようもない。視線も勿論動かせぬから、祈るように伏し目がちな視線の中心は泉の縁。清らかな水が、時折揺れる。
(風? それとも――)
そう思った時、どしどしと複数の足音が聞こえてきた。近づいてくる――若干の恐怖を覚えつつも、身体を動かすこともできないティレイラは、文字通り『その場にいる』ことしかできないのだ。
「おお! 本当にあったですよぉ」
「これは素晴らしい美少女! 精緻な造形!」
やってきたのはリュックを背負い、一眼レフカメラを首から下げた男性たち。彼らは泉よりも、ティレイラに興味があるようで近づいてくる。
(なんでっ……ここは穴場で、人も殆ど来ないって……!?)
ティレイラは知らない。彼女が鍾乳石の像と化してから数日が経ち、泉に祈りを捧げる作者不明の少女の像が噂になっていることを。その少女の像=ティレイラを一目見たくて人々が、訪れていることを。
「これは妄想が捗りますな! 色んな角度から撮りましょう!」
「す、すごい……そこらのフィギュア顔負けの精緻さですぞ」
「……これは、触れても……?」
ごくり、男たちの唾を飲む音が聞こえた気がする。
(や、やめてー!!)
対して、ティレイラの叫び声は男たちには届かない。
「少し、だけなら……」
さわっ……。
(ひゃっ……!)
石化している臀部を男の手が這う。石化している以上感覚はないはずなのだが、なまじ意識があるものだから本当に触られたような気がして。ぞくり、嫌悪感が背中を走る気がした。
「流石に石だけあって冷たいですなー。でも、この緩やかな曲線がたまりませんなぁ……」
「で、では失礼して……前の方も」
(えっ……それはっ……)
もう一人の男が、ティレイラの豊かな胸へと手を伸ばす。その双丘を撫でくりまわして男は満足げだが、ティレイラは心から羞恥で赤くなってしまいそうだった。
「さすがに柔らかさはないですが、形の良いおっぱいはいいものですなー」
「そうだ、我々もいつかこのような可愛い生身の女子に触れる日が来るように、願掛けしようじゃありませんか!」
「いいですな!」
3人の男たちは泉の水を手ですくい、ティレイラへと掛けていく。
(ちょっと、なんで私の時は怒ったのに、この人達のまえには……でて、こな……)
そう、ティレイラはこの泉の水を持っていこうとして精霊たちの怒りを買った。けれども泉の水をすくってティレイラに掛けるこの男たちの前には精霊は現れない。水を持って帰ろうとしていないからだろうか? けれども粗末にしているではないか。それともティレイラが罰を受けているようなこの現状を楽しんでいるから出てこないのだろうか――考えがまとまる前にティレイラの意識は、水をかけられたことで水の魔力が強まり、また靄がかかったように混濁していく。
遠のく意識の中で聞こえたのは、「濡れた姿もまたいいですな」という男たちの歓喜の声だった。
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いつもなら自分のことを『お姉さま』と慕ってくれる弟子――ティレイラがしばらく姿を見せない。シリューナ・リュクテイアは顎に手をあてて、考え込むように赤い瞳を細める。
(遠くの依頼を受けるとも言っていなかったし、連絡がつかない。ということは、また何かに巻き込まれたのかしら)
探しに行くべきか――探すならばどこから探そうか、そう、思ったその時。
「こんにちはー」
シリューナの店を訪れたのは瀬名・雫だった。彼女の姿を見てシリューナは思い出す。そう言えば少し前に、ティレイラは彼女に会うと言っていたことを。
「いらっしゃい。ねぇ、ティレイラの――」
「ティレイラさんの情報が――」
互いにほぼ同時にティレイラの名を口にして、顔を見合わせる。
「テーブルへどうぞ。話を聞きましょうか?」
「高く買ってくれると嬉しいな♪」
雫の意図をすぐに察知して、シリューナは彼女を店の奥のテーブル席へと導く。
(いったいあの子は今度は何をしでかしたのかしら)
小さくため息をつくシリューナ。しかし可愛い弟子のためだ、雫の持ってきた情報を買わないという選択肢はなかった。
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(さすがに口コミで人が集まるのも納得、だけど)
シリューナは雫から買った情報を元に、人の少ない早朝を狙って洞窟まで来ていた。入り口にいても洞窟内から魔力が流れ出てくるのがわかる。持参したランタン片手に滑らないように気をつけつつ足を進めていく。それまでは本当に知る人ぞ知る場所だったのだろう。しかし足場がある程度踏み固められ、足跡が重なっているのを見ると、ティレイラの像が多数の人を呼んでしまったことが伺えて。像目当ての人がこの貴重な魔力の場を荒らす原因になったのが自分の弟子だと思うと、ため息が漏れた。
「ここね……」
一気に濃い魔力が肌を撫で始めた。鍾乳石の垂れ下がったその広場には泉があり、その泉が魔力の発生源なのは明らかだった。
シリューナはまず泉の縁にしゃがみ込み、そっと手でその水をすくう。泉の水が触れた部分から、その濃度がわかる――それは彼女が魔力に精通している証。
「あら……すごい濃い魔力じゃない」
手の中で水を転がすようにして確かめるシリューナ。だがそうしているうちにとある欠点に気がついた。
「これは……何かに使うのは難しいわね」
水に含まれた魔力は、泉から離れると急速に揮発していくのだ。もともと揮発しやすいのだろう、洞窟の入口まで魔力が漂ってきたことも頷ける。
「とても珍しいものだけれど、残念ね」
この泉のそばでならば使いみちはあるかもしれないが、万が一揮発を防げるような容器に入れたとしても、常時揮発を防げる状態にしておくことは難しい。持って帰って使うのはほほ無理と思っていいだろう。
「さて、と……」
立ち上がり、シリューナは泉のそばで祈るような石像を見つめる。確かにそれは彼女の探していたティレイラに間違いなかった。シリューナが彼女を間違えるはずがないのだ。
「これは鍾乳石の石像ね。これもまた珍しいわ……ティレイラ、泉に何をしようとしたのかしら」
ティレイラを鍾乳石にしている魔力は、泉の発している魔力と同種のものであった。よほどのことでなければ、こんなこんな姿形になるはずはなくて。それが自分のためだと知らぬシリューナは、ため息をついてティレイラの像と向かい合った。
両の手で彼女の両の頬を撫でるようにしながら封印の魔力の解除方法をさぐる。魔力の流れと構造を読んで、解除する式を探す。
(これは、初歩的な構造ね。殆どが泉の魔力を借りていて、術者はそんなに腕が高くないわ。これなら簡単に解くことができるわね)
まずは自分の手におえる封印だったことに安心して。安心してしまうと次に鎌首をもたげてくるのは好奇心。
「随分と、可愛い格好で祈るのね。何を祈っているのかしら」
頬から顎、首筋から肩、肩から胸――順になぞっていくごとに、シリューナも興奮してゆく。
「はぁっ……かわいい曲線」
前から、横から、胸や背中、お尻だけでなく、精緻な細工になっている髪の毛の造形にも感心して。シリューナの呼吸もどんどん荒くなっていく。
「ああ、素敵よ、とても素敵よ、ティレイラ。私の知らない所でこんな素敵な像になっているなんて……」
様々な角度からじぃっと眺め、そっと触れ、時折唇を落とす――こうなってしまっては、シリューナの気が済むまでその造形美を鑑賞させるしかない。
きっと今のティレイラに意識があったら、心の中で叫んでいることだろう。
確実に元に戻してもらえること自体は確定したが、それがいつになるかは、シリューナの気分次第なのであった。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【NPCA003/瀬名・雫/女性/14歳/女子中学生兼ホームページ管理人】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。
ティレイラ様がやっとお家に帰れる! と思ったらやはり、ただでは帰れないようで……。
自業自得と言うには可哀想な感じもしましたが、最後はいつものようにシリューナ様が来てくださったことで安心で――安心ですよね?
少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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