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<東京怪談ノベル(シングル)>


死の塔 2F
 階段を一段一段のぼるたびに、ロングブーツが床を叩く音が鳴る。まるでスタッカートで曲を奏でているかのように軽快にその音を響かせながら、琴美は次の階を目指す。見目麗しいその横顔は自信に満ち溢れていて、ますます見る者を虜にする魔性の魅力を醸し出していた。
 長年の修行により手に入れた琴美の驚異的な身体能力が、塔の守護者にも通用するという事が入り口を守っていた男との戦いで証明されたのだ。その事実が、ますます琴美を奮い立たせている。
(悪しき王、これ以上好き勝手にはさせませんわよ)
 階段をのぼりきったところで、彼女は一度足を止めた。そこに広がっていた空間は広々としている上に、目立った障害物もない。まさに戦うために用意されたフィールドといった広間。その中央に、一つの影が立っている。まるで、琴美の事を待ち構えていたかのように。
 その影の正体は、女だ。背をしゃんと伸ばし、こちらを睨むように見ている袴姿の女。年の瀬は、恐らく琴美と同じか少し上くらいだろう。
「あなたがこの階の守護者でして?」
 琴美の問いかけに、彼女は首を一度縦に振る事で答えた。
「やはりそうですのね。そこを通してもらいますわよ」
「王が全ての格闘家の頂点に立つ実力を持った格闘神でもある事を、まさか知らないわけではないでしょう? その神に復讐だなんて、何故そのような愚かな事をするのですか?」
「愚かなのは、そちらの方ですわよ。あなたには聞こえませんの? 王の圧政により苦しむ民の声が。人々を救うどころか苦しめる者が神様だなんて、許される事ではありませんわ」
「交渉は無駄なようですね」
「初めから、ただお喋りをしただけで帰す気などなかったのでしょう?」
「そうですね、無駄話はこのへんでおしまいにいたしましょう」
「話が早くて助かりますわ」
「では、いざ尋常に――」
「――勝負!」
 合図と共に、戦場の火蓋は切って落とされる。二人が駆け出したのは、ほぼ同時であった。瞬時に二人の間にあった距離はなくなり、少女と女幹部は拳を振るう。
 琴美の振るった拳は女幹部に受け流され、女幹部の拳を琴美はさっと避ける。一見、二人の実力は互角だ。しかし、初めて琴美の顔に焦りの色が浮かんだ。
 聡い故に、彼女は気付いてしまう。この女幹部の実力は、入り口を守護していたあの男の比ではない事に。
 その上、王を絶対的に信奉する彼女の拳には明確な殺意が宿っている。狂信者である彼女にとって、王に楯突こうとする琴美は一刻も早く排除すべき存在なのだ。それ故に女幹部の攻撃には、迷いも容赦もない。
「くっ!」
 再び振るわれる彼女の拳に、琴美はついに苦しげな声をこぼしてしまう。
 相手の動きには、一切の無駄がなかった。お手本の型を正確になぞるかのように、女幹部は隙のない攻撃で徐々に琴美の事を追い詰めて行く。
(焦ってはいけませんわ。どこかに必ず突破口はある……落ち着いて状況を見極めねばなりませんわね)
 相手の攻撃をガードしながらも、琴美は冷静に作戦を練る。瞬時に浮かんだ数十通りの戦法の中から、最も適した答えを選び取り形勢逆転を狙う。
 女幹部が放った必殺の大技をすんでのところで避け、琴美は彼女が構え直す瞬間を狙って風の如き速さで拳を叩き込もうとした。グローブに包まれた少女の拳を万が一視認する事が出来たとしても、避ける事は不可能だろう。
 しかし、女幹部は最初から避ける気などなかったのか、逆に琴美のその力を利用し受け流すように彼女の事を放り投げた。くるりと反転する視界。投げ飛ばされた琴美の体は宙を舞い、そのまま壁へと叩きつけられる。
「あぐぅっ!」
 こらえきれぬ悲鳴が少女の喉から溢れ出た。長いまつげが苦しげに震える。自信に満ち溢れていた琴美だったが、今はすっかり余裕をなくしてしまっていた。彼女の柔らかな頬を、つぅと嫌な汗が伝う。
 古武術を使う女の動きには隙がない。彼女の使う技は、代々彼女の流派が伝承してきたものなのだろう。歴史を積み重ね、研磨を繰り返してきた技はどれも強力だ。
(忍としての修行を重ね、私も色々な技を覚えましたわ。そう、あの技以外は……)
 琴美の一族にも、秘技と呼ばれるものはある。しかし、それを琴美が教わる前に父はこの世を去ってしまった。悪しき王が奪ったのは琴美の父だけではない。彼女の一族が代々教え継いでいた技も、その魔の手により消え失せてしまったのだ。
「この程度の腕であのお方に楯突こうとしていたのですか? 身の程を知ってください」
 女幹部は琴美の元までゆっくりと歩いてくると、不機嫌そうに眉をしかめ吐き捨てる。
「これ以上、あなたのくだらない復讐ごっこには付き合いきれません。そろそろ終わりにいたしましょう」
 父のための復讐をくだらないと言われただけでなく、ごっこ遊び扱いまでされ琴美の中で怒りが弾ける。女幹部の言葉と態度は、琴美だけでなく父の事すらも蔑ろにしていた。
(よくも、お父様を――っ!)
 瞬間、琴美の纏う雰囲気が一変する。ピリピリとした殺気が、女幹部の肌を撫でた。
「――!?」
 言葉を紡ぐ事も許されず、音速より速い拳が女幹部に叩き込まれる。眠れる獅子を起こしてしまった事に気付き、後悔した時にはもう遅い。
 代々、一族に伝えられている秘技。父が亡くなったために、結局教えられる事が叶わなかった技……それを、琴美は父が使っていた場面を思い出しその記憶だけを頼りに再現してみせたのだ。琴美の驚異的な観察力と記憶力でこそなせる芸当だ。そして何よりも、彼女の復讐心と父への愛が大きかったからこそこの技は復活を遂げる事が叶ったのだろう。
「そ、そん……な……っ!」
 迷いなきその一撃を受け、女幹部は絶望した表情で崩れ落ちた。
「ああ……格闘……神、さ……ま……」
 最後に一言、そう呟いて。

 ◆

「あなたがこうして倒れているのに、助けにきてくれない男のどこが神様だと言うんですの? あなたは、王にとってはただの手駒にすぎないんですわよ。それなのに最後の最後まであの王を気にかけるだなんて……やっぱり、愚かなのはそちらのほうでしたわね」
 もう動かなくなった女幹部に、琴美は背を向けた。
 少々苦戦してしまったが、傷は深くはない。こうしている間にも民は苦しんでいる。
「休んでいる暇はありませんわね」
 琴美は再び階段をのぼり始める。決して振り返る事なく、ただ前だけを見つめて。