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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


これもこれで、いいじゃない?

 本日頼まれた事は、ファルス・ティレイラにしてみれば…ある意味本業に近かった。

 別世界から異空間転移してこの世界に訪れた紫色の翼を持つ竜族、である彼女は基本的にいつも人型を取っている。竜の姿の本性もある事はあるが、今居るこの世界でその姿で居る事は周囲の環境等から考えてあまりない…かもしれない。
 そしてこの世界で色々な人々の中に混じり人型で居る彼女の本業と言えるお仕事は、配達屋さん――と言うか、配達をメインにしたなんでも屋さん。基本的にできる範囲の事を何でもしていて、結果として…竜族であるからこその飛翔能力や空間転移能力を活かした、小包や小物等の配達業がメインになっている、と言う次第になる。
 …いや、そう考えると「本業と近い」とは言え少々逸れてもいる事になるか。

 本日の場合、つまりは配達と言うより「その準備」を頼まれた事になる訳だから。



 頼み主は例によってお姉さま――ことティレイラの同族にして魔法の師匠、姉とも慕っている魔法薬屋の店主であるシリューナ・リュクテイア――の、知人女性の一人である。で、何やら脆くなってしまっている魔法の古物…の類を遠方に運ぶから、その下準備をするのに人手が欲しくて、とシリューナに話を持ちかけてきた、らしい。
 で、シリューナが承諾した結果が今。話を持ちかけられた通りにお手伝いをする為、シリューナは弟子のティレイラと共にその知人の元に赴いた、のだが。

 着いて早々通された大部屋の中は…予想以上に大量の品々で溢れ返っていた。…人手が欲しいと言うのも然もありなん、と言ったところ。依頼主としては、これでもそれなりに纏めた方になるらしいが。

「はわ〜…凄い量ですね…」
「そうなのよねぇ…取り敢えず、ここにある分はお弟子さん…ティレイラちゃんだっけ? …の方に任せちゃおうかな、って思っているんだけど…」

 言いつつ、はい、と早速依頼主はティレイラの手の中にスプレー缶、のようなものを握らせて――当たり前のように手渡してくる。
 とは言え勿論、ティレイラにしてみればそれが何なのかはわからない。取り敢えず見た目や持った感触はスプレー缶。矯めつ眇めつ、何となくシャカシャカと上下に振ってみたりもする――そうしても特に咎められもしない。中でカラカラ音がするところまでまるでスプレー缶である。が、多分恐らくきっと、この状況で渡されるとなればただのスプレー缶ではない。…そもそも、この依頼主の彼女はシリューナの…いわゆる同好の士に該当する、魔法・魔力に関わる事柄を旨とする知り合いである。今置かれているこの状況からしても、スプレー缶型の何らかの魔法道具と見るのが妥当だ。
 が、そこまでは察しが付いても、具体的に何の魔法道具であるかまでは勿論わからない。

「えぇと…これって…?」
「ああ、これを運びたい物に吹き付けるとねぇ、ゴム状の魔法膜が生成されてその物品を保護できるのよ」
「えぇと…緩衝材、のようなものですか?」
「そう。緩衝材兼梱包材…ってところかな? これを使って梱包すると、外からのどんな衝撃も吸収されるし、魔力も完全に遮断する便利な道具なの」
「へぇ〜…面白そうですね!」
「ティレ。…面白がるのは後にしなさい。作業に当たる時には充分に気を付けなきゃ駄目よ?」

 古くて脆くなってしまってる品も多いんだから。とシリューナがすかさず釘を刺してくる。確かに言われるその通り、ティレイラは何やかやと空回り、好奇心が裏目に出たりもして――色々と失敗してしまう事も多い。勿論、きちんとこなせる事もあるが――いや、こなせるのが本来当たり前でないとそもそも手伝いに呼ばれるような事もないのだが。
 ともあれ、シリューナからの――お姉さまからの細かい注意喚起はいつもの事で、勿論、ティレイラも確りと心に留め置きはする。…留め置いた通りにきちんとできるかはさておき。

「はぁい、わかってまーす。充分に気を付けます!」
「ん〜…じゃあ、ティレイラちゃんにはこれでここにある分を保護して、表の車にどんどん積んじゃって貰える?」
「表のって…あ、表にあったバンに、って事ですね。わかりましたー」
「よろしくねー♪」

 …で。

 と、ティレイラはその段で問うようにシリューナと依頼主に目を遣る。きょとんとする依頼主に、こちらも問うようにして依頼主を見るシリューナ。二人から見られ、依頼主は目を瞬かせた。

「?? なに?」
「ここはティレに任せるって事は、私に頼みたい事は別にあるって事でしょう?」
「あ、そうそう。あなたにはもっと重要なものの梱包をお願いするつもりだったの」

 ぽむ、と顔の前で両手を合わせつつ、依頼主の彼女はおっとりとそう告げる。にこやかな笑みを見せつつ、シリューナはこっちね、とシリューナに退室を促し、自分もその先導――シリューナには別の部屋に頼みたいものがあるらしく、依頼主と二人でそちらへ移動する。
 後に残されたのは、ティレイラただ一人。
 そして残された部屋の中には――大量の品々。…全体を暫し眺めてから、うん、と一人頷きティレイラは気合いを入れる。…ぱっと見た感じだと何だか妙に品数が多い気はするけれど…がんばれば何とかなるなる、と思う。うん。…元々物を運ぶのは慣れてるし。…本業と言えば本業だし。…魔法道具で梱包して車に積み込むくらいの事、何の問題もない筈。
 …何も問題はない筈なんだから、言われた通りに絶対に、失敗しないで終わらせたい。

 よーし、がんばるぞ!



 と、軽く考えて張り切ってはみたものの。
 なかなかそう簡単には済まなかった。

 …むしろ、脆いものの扱いに、と言うより、単純に物量に負けた。





 数時間後、同室内。

 スプレー缶型の魔法道具片手に、何やらへろへろになっているティレイラの姿があった。…序盤の内は確かに順調だった。スプレー缶型の魔法道具を使っての梱包作業を面白がれる余裕もあった。それでも失敗しない自信もあった。…と言うより、失敗する方が難しい単純作業。配達業者のはしくれ的にはどう見ても「ワレモノ注意」と箱にべったり張り付けられてデリケートな扱いが求められるだろう物品も、ぷしーとこの魔法道具のスプレーを吹き付ければ、それでもう落とそうが投げようが全然平気(いや勿論実行した訳ではないが、スプレーで梱包したものは何処をどう触ってもゴムのような――角もなく、衝撃が完全に吸収されているだろう感触しかしなかった)。そうなれば後は指定された車に運ぶだけ。簡単な作業である。依頼主当人が監督する事なく、一見のティレイラに丸投げで任された理由が良くわかる。

 が。

 そんな簡単な単純作業も、数こなすとなると少々難易度が上がってくる――と言うか、頼まれた当の作業員が疲労してくる。作業効率が、パフォーマンスがどうしても下がってくる。…これは単純に手数が必要な作業だ、とティレイラは思う。…そもそも自分とシリューナが手伝いを求められた時点で依頼主もそうは思っていたのだろうが、だからと言って…これではまた手数が足りないんじゃ、と実感として思う。

 …そもそも、この大部屋に纏められた品数を一人に全部任すってどうなんだろう。

 確かに、ぱっと眺めた時点では自分でも何とかなるなる、とは思った。…思おうとした。甘かったと比較的すぐに気付いた。予想外に数が多過ぎた。簡単な単純作業だとは言え、やってもやっても終わらない――そして単純作業であるからこそ、何度も何度も何度も続ければ何やらゲシュタルト崩壊の世界に突入してしまいそうになったりもする。…ただ頭の部分を押下するだけの「スプレーを吹き付ける為の動作」自体に疑問を覚えてしまう時が何度あった事か。
 梱包した物品を運ぶに当たり何度も部屋と車の間を行ったり来たりした結果、足が棒のようになってきた気もする。…翼と尻尾生やして飛んじゃったら少しは楽かなとも頭の隅で少し考えるが――この部屋⇔車間はそうするまでもないそうしてもあまり意味がない絶妙の空間と距離でもあったので結局実行していない。

 と、そんなこんなの予想外な困難を何度も乗り越えはしたのだが、それでもまだまだ梱包&積載は終わりそうにない。見渡せばまだまだある品々の山。…とは言え今の状態では効率は悪化の一途。さすがにそろそろ小休止の一つもした方が効率の面から考えてもいいのではなかろうか。思い、ティレイラは託されていた「唯一の武器」ことスプレー缶型魔法道具を、取り敢えず手近な位置にあった据え付けの棚へと何の気なしに置かせて貰おうとする。

 が。

 置いた筈のそこから、スプレー缶型魔法道具は転がり落ちる。あ、と思い、ティレイラは思った通りに声も上げつつ咄嗟に拾おうとする――ティレイラの手はそう動いたが、当のスプレー缶型魔法道具が床に落下してしまう前に拾う事は叶わなかった。
 それどころか。

 落下した衝撃で、そのスプレー型魔法道具は――ぱん、と爆発に似た破裂音と共に、一気にスプリンクラーのように大量の水飛沫を――中に入っていたのだろう液体を撒き散らしてしまっていた。当然、間近に居たティレイラにもその水飛沫は一気にかかる――うにゃっ!? と妙な驚きの声を上げてしまうと同時に、全身ずぶ濡れになってしまったティレイラは反射的に翼と尻尾を生やし、スプレー缶型魔法道具から慌てて飛び退る――飛び退ったつもりだった、が。

 その過程で数回羽ばたいたつもりだった翼が、思ったように動かせていない事にすぐ気付く。まるで何かに引っ張られるような違和感で――あれっ? と思いつつも、そのままの不自然な体勢で床に転がってしまった。

 が、それでも何の衝撃も感じられない。…転倒すればそれなりの衝撃が来るのは当たり前。なのに何故か、それがない。

 …嫌な予感がした。
 予感の通りに、ティレイラは自分の身体の異変に気付く。見れば、ゴム状の皮膜が自分の全身を覆っており――覆うだけではなく皮膚や髪とぺったりくっつき、殆ど一体化しているようでもあった。何だか凄く見覚えのある――但し勿論自分の身体でではなく、さっきまで運んでいた品々の方で見覚えのあるその見た目と感触。スプレー缶型魔法道具で梱包したあの――そして今自分が被った大量の水飛沫は、そのスプレー缶が破裂して出て来たもので…って事は。





 今の自分は。





 どどど、どうしようっ…!!!

 状況を把握したティレイラは俄かに焦り、何とかこのゴム状の皮膜から逃れようと考える。取り敢えず、引っ張ったりして剥がせないかと動けるだけ動いてみる――が、そもそもまともに動けない。それでも何とかもぞもぞと動くたびに、ゴム状の皮膜と擦れてか、何だかくすぐったい。くすぐったい上に、恥ずかしいながらも妙な気持ちよさまで感じられた気がした。…うっ。これは下手に動けない…でも、ならどうするかと言えば――他に如何ともしようがない。

 うわあああん、どうしようお姉さまぁあああっ!!!



 …と、心の中で叫んでも結局どうしようもない。

 如何ともしようがないと思ってもそれでもティレイラはがんばって思い付く限りの事を色々と試してみた。動けないか逃れられないか助けが呼べないか攻撃魔法とか使えば何とかならないか――色々やってはみたけれど、結局ティレイラの状況は変わらない。結果として、ううう、とくぐもった呻く声を上げる事しかできなくなっている。…気が付けば皮膜で覆われてしまって、まともに喋る事さえできなくなっていた。どうしようどうしよう、と混乱と焦りだけがどんどんと募って行く。

 と、そんな中。

 あらまぁ、とやけに呑気な声がした。…声の方を何とか向いて見れば、そこに居たのは依頼主の彼女。ティレイラの傍らにちょこんと座り込み、興味深そうな貌で、じーっとティレイラを見下ろしている。

 ――っ、た、助けて下さいっ!

「っ〜〜〜!!!」
「随分面白い事になっちゃってるのねぇ〜」
「〜〜!!」
「そんなに焦らなくても大丈夫よ〜。この魔法膜は梱包物の状態をそのまま保持する物だから別に苦しくもない筈だし、何れ勝手に溶け落ちるから、そうなればもう元通りだもの♪」
「〜〜〜!!」

 いや、そうじゃなく。

 ティレイラにしてみれば、そういう問題ではない。…いやそういう問題でない事もないが…今のこの状態が非常にみっともなくて恥ずかしかったり、変な感触が非常に気になったりとそちらの方が今は重要だったりもする。…後で問題無く戻れると言う情報は有難いが…取り敢えず今はそれどころではない訳で。

「あ、シリューナ、来て来て、面白いのよティレイラちゃんが」
「!!」
「? …面白いって…」

 何が? と問うまでもなく、依頼主の後から部屋に顔を出した時点でシリューナは溜息。一目見れば、何が面白いのかはすぐわかる。

「…ティレ」
「〜〜〜!!!」
「ね? 面白いでしょう? …ってあ、そうだ。忘れてた。シリューナ。ここも後は任せていいかしら?」
「? ええ、構わないけれど」
「ふふ、ありがと。じゃあ少し外すわね〜」

 と、依頼主の彼女はやけにあっさり部屋から出て行ってしまう。
 殆ど入れ替わりで、後に残されたのはシリューナ。そして、ゴム状の皮膜に包まれて転がっているティレイラの二人だけになる。
 シリューナは改めてそのティレイラを見下ろし、また溜息。…気を付けるよう言い聞かせておいたのに、結局また相変わらずのこの状況。お仕置き代わりに少し放っておこうかしらと考えるだけ考えるが――考えつつティレイラの姿を眺めていると。





 …これもこれで、いいじゃない?





 と、ふとそんな気がしてならなくなってきた。シリューナは普段から事ある毎にティレイラに魔法や呪術をかけて――主にオブジェ化させて愛でる事で愉しむ趣味がある。魔法道具絡みでティレイラが失敗し、その結果予期せぬ素敵な造形美に出逢った事だって一度や二度じゃない。…状況だけ考えれば今回も似た状況。但し、ゴム状の皮膜で包まれた状態となると、輪郭が曖昧だったり、造形美としてどうだろう、と、ぱっと見の時点ではあまり食指が伸びる気がしなかった。

 が、よくよく眺めてみれば、案外、悪くない。

 やはり素材がティレイラと言う最上のものだからか。曖昧な輪郭、ゴム状のぼやけた光に包まれたティレイラの姿もまた、美しいと言ってしまっていいかもしれない。むしろ全体的に丸みを帯びて見えるのが、美しいと言うより可愛らしいとも言えるかも。これは、シリューナにしてみれば新しい発見である。
 その新発見の喜びと衝動に駆られるままに、シリューナはティレイラに、つ、と指先で触れてみる。感触はまるでゴム。触れられた途端、ぴくりと震えるティレイラ。声にならない声で呻いているのもわかる。シリューナを見上げる何かを訴えている目。…相変わらず反応が可愛らしい。

 じゃあ次は、とシリューナの方でも興が乗ってくる。勿論、ちょっと指先で触れてみるくらいで終わらせる気は全くない。折角なのだから、いつものオブジェ鑑賞みたいにじっくりと愉しませて貰おうと思う。いつもの硬い感触とは違う、軟らかく弾力のあるゴムの感触。そんな感触で覆われたティレイラの、肌も髪も、翼も尻尾も――ゆっくりじっくり、撫でてみる。つるりとした尻尾など、シリューナにしてみれば特に心地好い。

「〜〜〜!!!」

 触らないで下さああいっ、とでも悶えているのだろうか。想像するだけでも可愛らしくて、笑み混じりの吐息が零れてしまう。と、その笑声にさえティレイラが反応するのもまたわかる。こんな状況でも――いや、こんな状況だからこそか、感情がくるくる動く。不自由ながらも全身で表現してくる。ティレイラでしかないこの可愛さが堪らない。…ああ、一つ一つの反応が可愛らしい。軟らかい感触も、これで意外と、なかなか。

 普段の造形美とはちょっと趣向が違うけど、これもこれで、ゆっくりじっくり愉しめる事に変わりはない。
 何だか、癖になってしまいそう。

【了】