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<東京怪談ノベル(シングル)>


死の塔 3F
 辿り着いた先に待ち構えていたのは、巨大な影だ。
 二メートル近い身長に、鍛え抜かれまるで巨木のような腕と脚。がっしりとした体躯の筋肉質なその巨漢こそが、この階の守護者なのだろう。その相貌はマスクに隠されており、唯一見える瞳は淀んでいて感情が読み取れない。けれど、離れていても分かる程の殺気はピリピリと琴美の柔らかな肌を刺した。
 男は依然として口をつぐんでいるが、琴美をただで通すつもりは無論の事ないのであろう。ゆっくりとした足取りで、相手は琴美の前へと立ち塞がる。
「中層階の守護者ごときに、用はないわ。この上に進ませてもらおうかしら」
 少しでも早く最上階へとたどり着き王を倒さねばならない琴美に、このようなところで油を売っている暇などはない。相手からの返答を待つ間すらも惜しく、凛とした声で告げると共に琴美は瞬時に男との間にある距離を詰めようとする。
(大柄な体……見るからにパワータイプ、といったところですわね)
 その一瞬の内に冷静に相手の事を観察し、琴美は笑みを浮かべた。このような大柄な敵の相手を、琴美は最も得意としている。なにせ、素早さこそが琴美の自慢としている最大の武器なのだ。
 いくらパワーが強くても、その攻撃を当てる事が叶わなければ意味がない。少女は余裕と自信に満ち溢れた眼差しで、目の前の敵、否、獲物を見つめた。
「恨むなら、相性の悪さを恨んでくださいませ。さぁ、私の速さについてこれまして?」
 目にも留まらぬ速さで振るわれた、琴美の拳。短期決戦を狙い迷いなく繰り出された全力のそれは、確かに男の体へと叩き込まれた。……はず、だった。しかし、手応えはない。
 想像以上に硬い体。まるで、見えない鎧を殴ったかのような感触に、琴美は愛らしい口唇を更に上げる。
「あら、なかなかやるようですわね。けれど、これだけではなくてよ!」
 琴美は焦る事もなく、すぐさま次の一撃を放とうとした。
 しかし、それよりも速く、まるで弾丸のように素早い何かが琴美の体へと迫りそのしなやかに伸びた腕を掴みあげる。
「……っ!? なんですって!?」
 その何かの正体は、男の巨木のような腕だ。幹部である男は、風のような速さの琴美をも上回る速度で彼女に攻撃を仕掛けたのである。男はぐいっと琴美の体を自身の方へと引き寄せたかと思えば、未だ驚愕と衝撃の渦中にいる彼女の体に肘を叩き込んだ。
 予想だにしていなかった攻撃に苦悶の表情を浮かべた琴美は、追撃を避けるために一度跳躍し後方へと退避する。
(この男、見かけのわりに速いっ!)
 相手の戦闘力を見誤った事に一瞬動揺しかけたが、すぐに琴美は雑念を追い払うかのように頭を振った。一瞬の迷いが戦場では命取りになる。
 琴美は冷静さを取り戻し、即座に次の一手を相手へと仕掛ける。駆ける速度と自らの体重を味方に付けた飛び蹴りを、男へと叩き込む。
 防御する事も避ける事もせずに幹部はその一撃を受けたが、筋肉に守られたその体に傷をつける事は叶わない。攻撃力、防御力、体力、スピード、どれをとってもこの男は優秀であった。
 それだけではない。男が次々に繰り出す技は巧みであり、琴美であっても防ぎ切る事は難しいものばかりだ。そのしなやかな腕や魅力的な体を男に締め上げられ、逆関節を狙われ、強力な打撃技を繰り出される。攻撃を受けるたびに少女の顔から自信と余裕が徐々に剥がれ落ちて行き、美しく輝いていた黒色の瞳は絶望の色へと染まっていった。
 最初はそれでも琴美の攻撃も通っていたはずなのに、幹部は彼女の動きを見切ったのかだんだんと琴美を圧倒していく。
 ぐらり、と一瞬目眩がしよろけそうになるが、歯を食いしばり彼女はなんとか耐えた。ダメージは徐々に蓄積していき、彼女の意識を刈り取ろうとしている。
 琴美は強い。それ故に、勝負は長丁場と化してしまっていた。
 すぐに意識を失ってしまえば、ここまで苦しむ必要はなかっただろうに。皮肉な事に、彼女の強さが逆に彼女の事を余計苦しませるはめになっていた。
(くっ……これ以上続けるのは厳しいですわね。次の一撃で、仕留めますわっ!)
 床を蹴り上げ、琴美は跳躍しようとする。
 だが、彼女のその動きを、男は読んでいた。
(嘘っ! 消えた!? いったいどこへ……まさか!)
 一瞬の内に琴美の背後へと回り込んだ男は、少女の魅惑的な体へと無遠慮に後ろから組み付けば、そのまま背後へと反り投げた。
 まるで罠にかかった蝶々……もしくは、翼をもがれた天使のように、琴美は跳ぶ事も叶わないまま床へと叩きつけられる。
 倒れた彼女の顔は苦痛と疲れの色を隠す事が出来ず、美しい体も傷に塗れていた。それでも立ち上がろうとした琴美だが、そんな彼女へと男は容赦のない追撃を加える。
「くうっ!」
 幹部は彼女の体へと体重を乗せ、その体を押さえ込んだ。身動きが取れないまま、琴美は最後に残っていた気力と体力を奪われてしまう。
(わ、私は……こんなところで、倒れるわけには……)
 そうでなければ、父の、仇が。この国の、未来が――。
 琴美の思いは虚しく霧散し、彼女の瞼はゆっくりと閉じていく。意識は刈り取られ、視界は闇に包まれた。
「……無様だな」
 もう指一本動かす力も残っていない琴美に対してそう吐き捨て、男は彼女の体を担ぎ上げるとどこかへと連れ去って行く。
 こうして、琴美の復讐劇は終わりを告げた。敗北という、彼女にとって最悪の形で。

 王の圧政は続く。死の塔に挑み生きて帰ってこれた者は、未だいない。