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水と銀
シリューナ・リュクテイアが営む魔法薬屋は今日も盛況だ。
「もうすぐクリスマスだものね。私にとってはシュトレンがなくなってしまうだけの寂しい日なのだけれど」
シリューナのつぶやきを背で聞きつつ、この魔法薬屋の店員であり、シリューナの魔法の弟子であり、妹分であるファルス・ティレイラは「うう」と唸った。
店を埋め、レジへ詰めかけてくる客は皆、常連ならぬ一見ばかり。手にしている商品は、嗅いだ者を少しだけ素直な気分にさせる香水やムーディーな香りを振りまく蝋燭など、魔法薬を応用したグッズだ。
そんなものひとつでクリスマスの日、「あわよくば」を決められるものか――
「男子も女子も、自分の勇気を振り絞るきっかけが欲しいものよ。それがクリスマスっていう日で、グッズは踏み出すための“おまじない”ってこと。……ティレにはまだわからないかしらね」
レジ打ちもラッピングも領収書記入も、なにひとつ手伝ってくれずに紅茶を飲み、シュトレン――クリスマスの日まで4週間かけて食べる、ナッツやドライフルーツのぎっしり入った菓子パン――をつまむシリューナ。
グッズ製作はお姉様しかできないってゆうか私じゃムリだからしょうがないけどでも領収書くらいはお願いしたいですよだって私こっちの世界の文字まだちょっと苦手だし!
「あ、ありがとうございましたぁ。え、ラッピングに領収書ですか!? あーもー大丈夫です喜んでー!」
「うう……私、デートでクーポン使ってカード支払いして領収書要求する男の人をゆるさないっ」
閉店後。なにやらいろいろあったらしいティレイラが、レジにしがみつきながら垂れ流した。
「次のビジネスチャンスはバレンタインかしらね。ああ、その前に大晦日とお正月と旧正月が」
「お姉様は邪竜オブ銭ゲバですぅぅぅぅっ!!」
詰め寄ってくるティレイラを小指の先であしらいつつ、シリューナは微笑んで。
「商売人が商売のことを考えなくてどうするの?」
「うう」
「まあ、半分は冗談だけれど」
「……半分は本気ってことですよね?」
ティレイラのジト目を鉄の笑顔で跳ね返し、シリューナが言葉を継いだ。
「まあ、それはとにかく着替えてらっしゃい。出かけるわよ」
「お姉様とお出かけっ? どこですっ? どこに行っちゃいますっ!?」
「年末のティレの激務を助けてくれるかもしれないものを見に」
「ううっ!」
「待ってたぞー」
住宅街の外れに建つガレージハウスのシャッターを巻き上げ、内から出てきたのは白金の髪の少女だった。
「耳――もしかしてエルフさんですか?」
「ほい。森エルフじゃなくて水エルフだけどなー」
しゅたっと右手を上げた少女の耳は高く尖っている。
ちなみに彼女の言う森エルフが普通のエルフで、風と植物に関係する魔法の使い手だ。
そして水エルフは水辺に住まう水魔法の使い手なのだが……ウーパールーパーよろしく幼形成熟体だという特徴がある。彼らは一般的に、死ぬまで幼生体――子どものまま過ごすのだ。
「だからこう見えて年齢は私より上よ」
「それ言うなよー」
少女はシリューナと旧知の仲だそうで、互いのコレクションを見せ合い、時に取引をし合う好事家の同志だという。
「今日は趣味じゃなくて仕事だけどなー」
チャビィ・パイプ(極めて短く造られた煙草用のパイプ)をくわえてチェリーの香りをつけた煙草を吹かしながら、少女はふたりを手招き。
「用意できてる」
ガレージの内はさまざまな工具と金属の塊、板、棒で埋め尽くされていた。しかもそのすべてが置かれっぱなしにされているわけではないことが、素人のティレイラにすらわかる。この水エルフは、これらの金属と工具を活用し、常になんらかを生み出し続けているのだと。
「これ、頼まれてたやつ」
少女が卓上というより、そこに積まれた金属板の上へカラカラとなにかを置いていく。
青銀色のビキニアーマー、だった。
「ずいぶんと軽いのね」
際どいラインを描くアーマーを手に取り、シリューナはすがめた右目でその表面を見る。
「アーマーの水分抜いてるし、本体は空気に紛れ込ませてるからなー」
「……ほんとはビキニじゃないってことですか?」
いっしょうけんめい考えながら言うティレイラ。
少女は「ほい」とうなずき、上下に分かれているアーマーを手に取って魔力を流した。
「水化してる魔法銀を元に戻すとー」
両者の隙間が青銀の甲で埋まり、さらにはいろいろな部分が伸び出して、美しい全身鎧へと形を変えた。
「このとおり」
ようするにこの鎧、ビキニアーマーは核であり、普段は空気中に水分として漂っているその他の部分が、必要に応じて鎧という結晶に成るという魔法防具なのだ。
「ダメージは鎧が自動で水分の含有率変えて散らしてくれる。それだけじゃないぞー。装着者の体の水分量とかも調整して、疲れにくくするんだ」
体から水分が抜ければ、体熱の調整ができなくなるから疲れやすくなる。それを鎧が調整してくれるということは。
「……いつまでも元気で働ける私になっちゃう?」
ティレイラがひきつった自分の顔を指す。
少女とシリューナが無慈悲にうなずいた。
――邪竜と邪妖が手を組んだ!?
「ビキニタイプだから服の下にも着られるぞー」
「着付は手伝ったほうがいいのかしら? あら、下着がはみ出すわね」
「専用のCストリングがあるぞー」
「Cストリングってほとんど前張りのアレじゃないですか!? あっ、おね、待っ、そこは――ストリングの先がアッー!」
10分後。
虚ろな顔で床にしゃがみこむビキニアーマー姿のティレイラが完成していた。
「軽いだろー?」
「そうですね軽いですねアーマーも私の尊厳とかも」
腕組みをしてティレイラのまわりを回っていたシリューナが眉根をしかめてぽつり。
「その割に肌艶が悪いわね」
「悪いですね体も心も渇いちゃってますからね」
「魔力が弱すぎて鎧が発動してないんだなー。うーん、想定外の発展途上だった」
少女の言葉に、ティレイラの両目がじわっと潤んだ。
「ううっ」
無理矢理こんなものを着せられたあげく、役立たずだとなじられる。
私、お姉様と同じ竜なのに……。
「試しに私の魔力を足してみるわ」
「ほい。じゃあこの術式に合わせて編め」
少女の示した術式を元に、ティレイラの“質”を織り込んだ魔力回路を編むシリューナ。
ティレイラに送り込まれた魔力はすぐに彼女のそれと溶け合い、力となった。
「!」
“水”がティレイラへ浸透してくる。
彼女の魔力を吸い込んだ潤いが細胞の隙間に染み渡り、動きばかりかすべての代謝をすべらかに加速する。
「お、お姉様――これ」
「ティレが瑞々しく……さっきまでそのへんの枯れ草みたいだったのに」
「お姉様、それはさすがに言い過ぎですわ!」
なぜか言葉づかいまでしっとりするティレイラだが、確かに彼女は水の力で潤され、癒やされていた。
「そこに盾があるから持ってみろー」
少女に言われるまま、ティレイラは左腕に盾を装着した。
と、その瞬間。
「え!?」
盾がばしゃりと弾け、冷水と化してティレイラへ降りそそいだ。
「あ、ああ、あ」
魔法銀が、ビキニアーマーの核を取り巻いて不完全な鎧と化し、ティレイラを締め上げる。
「――これは、なに?」
すぐに解呪の術式をティレイラへかけるシリューナだったが、魔法はあえなく弾かれ、霧散した。
「体内に染みこんでる魔法銀が鎧のないとこフォローしてるんだ。動力はあの子自身の魔力。キミの魔力でも干渉できないさー」
少女はパイプに点火しなおし、紫煙をひとすじ吹き出した。
「キミも見たいだろー? かわいいあの子がカッチカチになるとこ。ボクはこの日を待ってたのさー。初めてあの子のこと見たときからね」
シリューナは今さらながら思い出す。
この少女が、自分と同じ嗜好の持ち主であることを!
「お、姉、さ、ま……」
硬化する魔法銀に内と外から挟み込まれるようにして締め上げられ、ティレイラの息が奪われていく。体はとうに動かない。内に入り込んだ魔法銀が大量の水分を吸い込み、超重量の枷となっていたから。
「あ」
ティレイラの唇から水分の代わりに魔法銀の染み入った細い息が吐き出され、最後にはそれすらも止まった。
「ほい。やっぱ青銀似合うねー。苦しそうな顔がまたそそるそそる」
解呪を試みて失敗を重ねていたシリューナが、厳しい顔で少女をにらみつけた。
「解呪の方法は?」
「体の中から魔法銀を抜くこと。ボクの気がすんだらちゃんと戻してやるよ。キミのこともねー」
シリューナの体が動きを止めた。
彼女の内側で、彼女のものではありえない魔力が形と成ってその肢体を固めていく。
「さっきどうしてボクがあの子に盾持たせたと思う?」
「まさか――」
「多分それで正解。散らしておいた魔法銀、あの子じゃなくてキミに染みこませるためさー」
少女はティレイラだけでなく、シリューナをも銀の像に変えるべく企んでいたのだ。ティレイラに魔法銀の盾を持たせたのは、空気中の魔法銀を温存するため。そしてティレイラを像に変えたのは、魔法銀の浸透をシリューナ本人に気づかせないためだった。
「まー、ボクは綺麗なものが好きだから。キミのことを心ゆくまで愛でてみたかった」
少女が狙っていたのはティレイラではなく、最初から自分か!
シリューナは固まりゆく自身の解呪を試みるが、体を侵した魔法銀がその術式を解き、散らしてしまう。
「じゃ、そういうことでー」
手を振る少女を鋭い眼で見据えたまま、かくしてシリューナは青銀の像と成り果てた。
――少女は慎重に二体の像を観察する。
ティレイラはまだまだだが、シリューナは手練れの魔法使いで、呪術師だ。魔法銀が浸透しきらないうちに拘束を解く術式を完成させていないとも限らない。
だから3分待った。
でも3分で待ちきれなくなった。
少女はもどかしげに手を伸べてティレイラのつるりと冷たい腹をなで、シリューナの固くなめらかな手をなでた。
「ボクは実用に耐えないものをあがめ奉るのがキライなんだ。美術品は使ってこそだよ」
シリューナの服は魔法銀化されずに残っている。それを一枚ずつ引き脱がせながら、少女もまた自身の服を脱ぎ捨てた。
「この冷たさ、つれなさがたまらないんだ」
少女の肌がシリューナの形をした銀に貼りつき、蠢く。
その最中にシリューナの突起を探り当てた少女は潤んだ笑みを浮かべ、強くこすりあげた。
「……キミのお姉様が弄ばれる様はどうだい? キミは見てるだけ。でもすぐ立場は逆転さ。弄ばれるキミを、お姉様に見せつけてやろう」
胸の奥を突き上げる昂ぶりが鎮まるまで、たっぷりとふたりを弄んだ少女は、薬液をまぶした指でシリューナとティレイラを洗う。
器具を使えば、少女が汚してしまったふたりを隅々まで綺麗にできないし、なにより薬液の滑りが銀の感触を際立たせ、指先に得も言われぬ快さを伝えてくれる。
また、少女の芯が熱くうずいてきた。
「体じゃないんだ。心だ。心を満たしたいんだボクは」
熱を振り払うように指先へ力を込めてふたりを洗いあげて丹念に水気をぬぐい、少女はやさしく笑んだ。
ベッドの上にふたりの像を横たえ、その間にもぐりこんだ少女は満足気に息をつく。
「なんて豪華な寝床だろう! 右にも左にも綺麗なキミたちがいる! シリューナ、キミはこの愉しみ、味わったことあるかい? ないだろうね。キミはマジメだから。ボクはふマジメで幸せだ」
左右に転がって銀の肌を交互に抱きながら、少女は至高の夜を過ごした。
七日に渡り、少女は美術品の実用性を確かめ続けた。
あらゆる角度から鑑賞し、魔法銀の新作鎧のマネキンに代用し、昂ぶりを鎮める相手を務めさせ、抱き枕として使った。使い込むほどに艶を増す青銀の裸婦像は大いに少女を悦ばせ、慰めた。
「ボクがキミたちをどう使ったかは秘密にしとくよ。でもね、本当にすばらしい時間をもらった。だからボクはキミたちにプレゼントを贈る。それでいそがしい年末を乗り切ってくれたまえー」
綺麗に洗い清めたふたりに、少女はそっと口づけて。
水分化した魔法銀をふたりの体から抜き去った。
「また来いよー」
手を振る少女から全速力で飛び離れながら、シリューナは苦々しく言った。
「なにを触媒に拘束しなおされるかわからないから、振り向いてはだめよ」
「はい。でも――」
竜翼を広げてとなりを飛ぶティレイラが自分の頬をつつく。
つるつるで、もちもち。
水分をたっぷり与えられたふたりの肌は瑞々しく潤っている。これなら年末の熾烈な商戦も余裕で乗り切れそうだ。
「そもそも私はそこまでいそがしくないのだけれどね……」
「私のこと手伝いましょうよ! 領収書書くとか!」
キーっと憤るティレイラを見やりながらシリューナは思う。
なにをされたのかは憶えていないが、ティレイラを激しく深く愛でなければ。そうしなければこの得体の知れない悔しさは消えないだろうから。
――そうと決まれば、ティレを水晶にするべきか、金にするべきか、それとも別の、もっとやわらかいなにかに……
ぞくり。ティレイラは視界の端に不吉なビジョンがちらついた気がして、大きく背を震わせた。
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