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―エキドナの胎動・5―
「大丈夫だ、ライフはゼロになってない。回復処置をすればOKだ」
「本当にすみません……悪気は無かったんです」
申し訳なさそうに、ラミアの姿をした少女――海原みなもは頭を垂れて、瀕死の重傷を負ったゴーレムと、そのパーティーの仲間たちに詫びていた。
無論、みなも自身に悪意があってゴーレムにダメージを与えたのでない事は、その場にいた全員が分かっていたので、誰一人として彼女を責める者は居なかったのだが、やはり『申し訳ない』と考えてしまうのだろう。
――が、そんな彼女に意見する者が居た。ガルダに扮する少女・瀬名雫である。
「わざとやったんじゃ無いんだし、そこまで謝る事は無いよ。それに、先に暴力に訴えようとしたのはあちらさんだし、ね」
「彼女の言う通りだ。今回の件、落ち度は此方にある……が、次にフィールドで会った時には容赦しないぞ」
そう言い残し、ゴーレムの治療を急ぐ為に去って行ったパーティーに深々とお辞儀をしながら見送ると、みなもは『ふぅ』と溜息をついて、額の汗を拭った。
「落ち着いたかい?」
「あ、うん。もう大丈夫……怠いのも治ったみたいだよ」
先刻から、一歩引いたスタンスで全体を俯瞰していた少年――ウィザードが、満を持したという感じで、みなもに声を掛けてきた。その傍らには、雫の姿もある。
「ステータス表、確認できる?」
ウィザードは、飽くまで優しくみなもに問いかけた。先刻聞いた話、ゴーレムを一瞬で虫の息にしてしまった桁外れのパワー。この二つの情報から導き出される答えはただ一つ、劇的な能力アップが施されたという事に他ならないからだ。そして、それを確認する為には、ステータスを確認するのが最も確実な方法だからである。
「ライフポイントは今までの1.5倍、防御力も同じぐらい上がってる……え? 何これ、魔力と攻撃力が3倍近く増えてるよ」
その解答に、雫は勿論、ウィザードも思わず息を呑んだ。基本ステータスをザッと確認しただけでも、劇的な進化を遂げている事が分かる上に、良く見れば外見も少々変わっている。
顔かたちは今までと変わらぬアバターのままだが、下半身の鱗はやや金色混じりの、艶のある物に変わっていた。それに伸縮
自在の基本武装であるクローも、今までより大型化していた。それに、極めつけは……
「魔法はどう? 攻撃系魔法に、変化が出てると思うんだけど」
「ちょっと待って……あ、『ブライトソード』が使えるようになってる!」
やはりな、とウィザードが瞑目しながら頷いた。『ブライトソード』とは、刀剣類に魔力を帯びさせて、攻撃力を向上させる補助魔術である。効果は一回の使用で一回の斬撃に対し効果が表れる、どちらかと云うと一撃必殺系の魔術と言える。
「さっきのゴーレムは、君が無意識に展開したブライトソードに自ら突っ込んで来たんだね。だから、ああなったんだ」
「ちょっと待ってよ、ブライトソードならあたしも使えるけど、威力が段違いだよ?」
「攻撃力の増幅率は同じ筈だよ。つまり、基礎となるクローの威力がダガーより遥かに強いんだ」
初期装備のクローが、追加装備であるダガーに勝るの!? と、雫は思わず目を見張った。普通に考えれば、そのような事は有り得ない筈である。が、それを数値が証明しているので、彼女はただ驚く事しか出来なかった。
「……で、問題は。まだクエストの成績順位も発表されていない今、何故クリアボーナスである『転生』が既に起きているのか、って事だよね」
「うん。それはあたしも不思議に思ってる。けど、これと同じ状態に、一度なってるんだよね?」
そう。みなもはクエストに挑む前、一時的にではあるが異様な能力値の向上を皆の前で見せた事があった。それも、無意識の上でだ。今にして思えば、あの頃から既に『異変』は起きていたのかも知れなかった。
***
やがて、全員のクリアが確認されて成績の集計も終わり、運営による結果発表が行われた。
「俺は着順57位で、ダメージ値13。総合37位だってさ」
先ず、ウィザードが自分の成績を読み上げた。クリアボーナスは選択制であった為、彼は『大幅レベルアップ』を希望した。その結果、彼はレベル250にまで成長し、最下位に位置づけられる幻獣クラスとしては最強に近い実力を備える事となった。これは、上位にあたる魔獣クラスは勿論、最高位の神獣クラスも下位のものであれば倒せる程度の強さとなる。
「あたしは……着順129位のダメージ値84で、総合92位だったよ。クリアできたのが143人だった訳だから、上出来だよね!」
未だ初心者の域を出ない筈の雫としては、この成績は大健闘と云えるだろう。そして彼女も『大幅レベルアップ』を選択した。これによって雫はレベル70となり、主に魔力と攻撃力が向上し、使用可能な魔法の種類も増えていた。防御力については据え置きとなったが、これは装備を充実させればカバーできるので、満足していたようだ。
「着順はビリなのに、ダメージ値ゼロで総合10位……何なんですかね、これ?」
不思議そうに自分の成績を眺めるのは、みなもであった。
着順については、彼女が最後に洞穴から出た様を皆が見ているので間違いは無い。クエスト中にダメージを全く受けなかったのも事実だ。しかし、その圧倒的な防御力と攻撃力は『転生』が先に行われた結果により得られたもので、本来であれば反則と評されても可笑しくは無い。だが、彼女はウィザードをも凌ぐ高順位を与えられ、転生によってパワーアップし、更にレベルも235まで上げられていたのだ。明らかに『貰い過ぎ』である。
「転生によって、パワーアップするのはまだ分かる。でも、レベルまで上がるのは……種族も『ハイ・ラミア』になっているんでしょ? それ、ワンランク上の魔獣クラスだよ」
「あたし、本当に知らないんだよー」
思わぬ能力値アップを与えられて狼狽するみなもを、ウィザードと雫は不思議そうに眺めていた。無論、彼女を責めている訳では無い。しかし、明らかに『贔屓』があった事は間違いないと思えたからである。
「これ、運営に問い合わせた方が良いね。俺たちは納得できても、他のプレイヤーからクレームが付くかも知れない」
「そうだね。それに、クリア前にボーナスが貰えてたってのも変だし」
ウィザードの提案にみなもも頷き、3人の総意として、運営に問い合わせが行われる事となった。
***
「『海原みなもPLについては、弊社大株主の推薦があり、特別ボーナスが付与されました』……って、何これ?」
3人は、その意外過ぎる回答に驚いていた。が、みなもはその『大株主』と称される人物に心当たりがあった。
運営にコネがあり、制作部門にも影響力を持っていて、且つみなもを贔屓する人物……それは、一人しか考えられない。
そう、みなもの父親である。彼による手心が加えられた結果、テスト中のプログラムが動作して『後に与えられる筈であった』転生の結果が先行して現れ、挙句にクエストの最中に転生が始まってしまうという事故まで起こってしまった、と云うのが真相であった。
後に、みなもは自ら運営に対して過剰なレベルアップの辞退を申請し、転生した新たな肉体だけを受け取る事にした。
若干の防御力と魔力の向上、そして『ブライトソード』の追加。彼女は、それだけで充分に満足だったのである。
<了>
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