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『クリスマスが近づいて』
流れ、たどり着いた街、東京――。
この街は人々の暮らしも、街並みも、故郷とまるで違っていた。
アレスディア・ヴォルフリートがここにたどり着いて数週間。
ようやく生活も軌道に乗ってきた頃。街は、綺麗に輝き始めていた。
クリスマスが近づいている。
アレスディアがこれまで旅してきた街でも、街が飾られ、賑わい、沢山の料理が作られていたけれど、この街はどこか違う。
そう、夜を感じないほどに、一日中明るいのだ。
昼間は陽の光が降り注ぎ、夜は散りばめらた星のように、色とりどりの小さな輝きが、街に瞬いている。
とある日。
大きな仕事を終えたアレスディアは、午前中しっかり休養をとり、午後から街に出てきていた。
駅近くの銅像の前でディラ・ビラジスと合流すると、どこに行くともなく、肩を並べてのんびり街の中を歩いていく。
露天に並べられた貴金属も、お洒落な服もバッグも、特に興味はなく。
アレスディアは街の人々の姿を。
ディラは飲食店を眺めながら歩く。
「何か食うか? どこも混んでるが」
「……そうだな。あの店のテラス席が空いているようだ。あそこにしよう」
アレスディアが目をとめたのは、入口近くにテラス席のあるドーナツ屋だった。
「クソ寒いのに? 食い終えてる奴ら、追い出せばいいだろ」
「ははははは……。彼らも、温かな部屋でゆっくりしたいのだろう」
ディラの肩をぽんと叩き、アレスディアは店内へと入った。
そして温かなお茶とドーナツを買うと、テラス席へと出る。
続いて、ディラもコーヒーとドーナツを持って、テラス席へと出てきた。
「中、空いたみたいだけど、いいのかここで」
ディラがギロッとひと睨みしたせいで、飲食を終えていた気弱な若者達がぞろぞろと帰っていき、空席が出来ていた。
「私はここでいい。ディラ殿は中で温まってはどうだ」
「俺もここでいいが……俺ら、営業妨害になってんじゃね?」
アレスディアもディラも戦場で生きてきた過去があり、東京で暮らす人々とはどこか違っていた。
体つきも顔つきも、醸し出す雰囲気も。
「むしろ、ディラ殿がここにいることが、防犯に繋がるのではないか。良い事だ」
お茶を飲んで、ふうっと息をつくと、アレスディアは街へと目を向ける。
店内では、周りの人々くらいしか見ることができないけれど、ここなら街を歩く沢山の人々を見ることができる。
楽しそうにゆっくり歩く人々もいれば、忙しそうに早歩きで離れていく人達もいる。
早歩きで去っていく人々は、きっと帰りを待つ人がいるのだろう。
「皆幸せそうで何よりだ」
目を細めて、アレスディアは人々を見ていた。
「反面、良からぬことを企む輩も増える、皆が幸せに過ごせるように気を抜くわけにはいかぬな」
かと思えば、彼女は真剣な顔つきになり、路地の方を注意深く眺める。
この街では、人の目の届かないところに誘い込み、犯罪行為が行われることが多々あるのだ。
それだけではない、一般人には知られていない怪事件も多発している。
「……」
ディラはちらりと街を見ただけで、ドーナツを食べながらアレスディアだけを見ていた。
「なんか、クリスマスも、年末年始も仕事する気満々に見えるんだが」
そんなディラの言葉に、当然というように頷き、笑顔を向けてアレスディアは言う。
「ディラ殿はどうされる? 一年に一度のこと故、ゆっくり楽しまれよ」
ディラはコーヒーを一口飲むと、大きくため息をついた。
「1人で楽しめるか」
この街にたどり着いてから、アレスディアは既に多くの人々と関わり、世間話をする程度の知り合いも出来た。
でもディラは――ディラを構ってくれるのは、アレスディアだけだ。
むしろ、彼自身が人との関わりを拒否している。
彼は友の作り方を知らない。
この街の誰とも、話すことなどない。
敵対し、和解して、こうして誘ってくれて、気にかけてくれる彼女以外は。
「アンタが仕事するっていうんなら、俺も付き合う」
「1人であっても、こうして皆の幸せそうな姿を見ながら、ゆっくり過ごせばいいだろう」
「それのどこが楽しいんだッ。あのな、この世界のクリスマスっていうのは、家族とか、恋人とか――好きな人と過ごすもんなんだよ」
「解ってる」
「そうしたくてもそれが出来ない奴は、幸せそうな人の姿を見ても、幸せな気持ちになりはしない」
軽く、睨むように。アレスディアの心に入り込もうとするかのように、彼女を見詰めてディラは言う。
「独り身のアンタがこんな時でも、家族や恋人達を見ても、幸せを感じられるのは、自分自身がそういう幸せを望んでないからじゃないのか。……何故だ」
確かに、アレスディアは自分の身は人を護る盾であると考えていて、恋人や家族と過ごす幸せなどは考えてもいない。
だがそれを、何故だと訊ねられても、それ以上の答えはすぐには出てこない。
「俺がとも……」
ディラは視線を逸らし、言葉と共にコーヒーを飲んで、言い直す。
「俺がこの街で、友だと思ってるのはアレスだけだから。アンタが仕事をするのなら、付き合う」
“俺がクリスマスを共に過ごしたいのは、アレスだけだから――”
ディラはそんな言葉を、コーヒーと一緒に飲みこんだのだった。
「解った。予定がないというのなら、一緒に仕事をしよう」
苦笑気味にアレスディアが言うと、ディラは唸り声でもあげそうな顔で、軽く眉間に皺を寄せて額に手を当てた。
「せっかくの休日に仕事の話を済まなかった」
アレスディアがそう謝罪をすると、そうじゃないんだというように、ディラは首を横に振った。
店を後にして、2人は再び街の中を歩きだす。
アレスディアは人々を微笑ましげに眺めながらも、暗闇に目を光らせていた。
ディラはそんな彼女を、何か言いたげにちらちらと眺めている。
「……どうした?」
視線に気づいて、アレスディアがディラに目を向ける。
「何か欲しいものあるか? クリスマスプレゼント」
「は?」
「ええと、ほら俺、お前しかねだる相手いないし。プレゼント交換だ」
「そうか。ディラ殿はプレゼントがほしいのか」
アレスディアはくすりと微笑んだ。
「……そういうことにしておく」
ディラは目を逸らしてぼそっと呟くが、すぐに顔を上げる。
「アクセサリーなんてどうだ? しばらくこの街で過ごすのなら、場に溶け込むべきだろ。この街の年頃の娘みたいに、少しは着飾った方がいい」
「魔法を防ぐマジックアイテムなら、悪くはないが……この街に売っているだろうか」
「魔よけの効果のある宝石くらいならあるだろ。物々しい武具なんか売ってないし、そういうのはいらねーぞ」
「それなら、私もディラ殿に同じものを贈ろう」
「まて、ペアリングとか恥ずかしすぎる」
「……リング?」
「いやなんでもない、単なる妄想だ」
僅かに赤くなり咳払いをしてから、ディラは商業施設が併設された電波塔を指差した。
「夕飯はあそこで食おう。街が見下ろせるし、いいだろ? 綺麗な夜景が見れるぞ」
「しかし、あんなところからでは、事件があっても駆け付けられない」
「あそこで事件が起きても、ここからじゃ駆け付けられない」
「……そうだな」
軽く笑い合って、2人は歩いて行く。
クリスマスが近づき、幸せそうな人々の中。
楽しげな若者達で溢れる街の中を。
人混みの中でも、手をつなぐこともなく、寄り添う事もなく、歩いていく。
仕事仲間の――友の距離で。
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