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<東京怪談ノベル(シングル)>


店主が愛した人形

 ギィときしむドアを開けると、店内にはところ狭しと衣類が陳列されていた。
「こんにちはー」
 ドアにはベルが無く、訪問を知らせるためにファルス・ティレイラは挨拶をした。店内を見回しながら奥へと進む。
「どなたかいらっしゃいませんかー?」
 店の奥に扉があった。ティレイラがその事に気付くと同時に、その扉が開く。ティレイラは少し驚いた。
「はーい…あら」
 奥から出てきた女店主はティレイラをじっと見つめた。。
「アンティークショップ・レンの店長さんの紹介で来ました。ファルス・ティレイラです。本日はよろしくお願いします」
 ティレイラはぺこりと頭を下げた。
 なんでも屋さんをしているティレイラの本日のお仕事は知人に紹介されたものだった。

 ある日の事。
「あんたに仕事を頼みたいんだけど」
 アンティークショップ・レンのカウンターに座っていた碧摩・蓮(へきま・れん)はティレイラに言った。
「お仕事ですか。ありがとうございます!」
 笑顔のティレイラを見て、蓮はにやりと笑う。
「何でも屋って何でもするんだよね」
「……」
 ティレイラは一瞬沈黙した後で、
「出来る範囲の中で、です。今日みたいにお届け物とかは、得意ですけど」
 この日ティレイラは客に頼まれた荷物を蓮の店に届けに来ていた。
 神妙な顔をしているティレイラを見て、蓮は笑い出す。
「あはは。ごめんごめん。からかっただけ。ヤバいことじゃあないよ」
 蓮はキセルを口にくわえて一息吸うと、ゆっくりと煙を吐き出した。
「知り合いに怪しげな服屋がいるんだけどさ…」
 蓮の話によると、その知り合いの怪しげな服屋は魔法や呪術が籠められた服やコスプレ衣装を売っているという。新作の効果を試したいので実験台を探しているということだ。
「実験台ですかあ」
 あまり乗り気ではないティレイラを見て、蓮は眼を細める。
「あたしの頼みを断るのかい?」
 ティレイラは慌てて首を横に振る。ついでに両手も胸の前あたりで振る。
「と、とんでもないです。喜んでお引き受けいたしますっ」
「あはは。冗談冗談」
 蓮はけたけたと笑った。
「とりあえず行ってみな。怖い所じゃないからさ。あの店主、気前がいいから報酬ははずんでくれると思うよ」
 キセルを片手に、蓮はそう言ってにっと笑った。

 蓮のペースに流されて引き受けることになってしまったけど、それなりに不安もあったのだ。
 けれどティレイラは女店主を見てほっとした。優しそうな女性だったからだ。
 ティレイラは店の中を見回した。普通のワンピースやドレスもあるが、魔法使いが着るようなローブや、チャイナ服やナース服などのコスプレ衣装、全身タイツまである。
 どれもこれもなんだかまがまがしいオーラを纏っている。ティレイラは戸惑いを隠せなかった。
 いきなり、がし、と両腕を掴まれ、ティレイラはびくりとする。
「いい、すごくいい!」
 女店主が目を輝かせて言う。
「な、何がですか?」
「あなたすごく可愛いわね!いいわー。あ、あれとか絶対似合う!」
 女店主は奥の部屋へバタバタと駆けて行くと、すぐに戻ってきた。その手には盛りだくさんの衣装が抱えられていた。
「さあ着替えましょう!」
「え、え」
 あれよあれよと言う間にティレイラの仕事は開始した。
 フリルをふんだんに使用した豪華なドレスを着せられたティレイラは体がこわばるのを感じた。
「う……」
 見る見るうちに体が硬くなっていく。ついにはまばたきもできなくなり、ティレイラの体は凍りついたように固まっていた。
「素敵!お人形さんみたい」
 女店主が歓声を上げる。
 ティレイラはマネキン人形になっていた。
「次はこれ!」
 ドレスを脱いで解放されたティレイラは今度は美しい宝石アクセサリーを付けられた。深い湖のような翡翠色の大きな石がついたネックレス。吸い込まれるような深い色だ。見つめていると本当に吸い込まれそうなほどに……。ティレイラの視界がだんだんとその色でいっぱいになる。
「え」
 気が付くとティレイラは床に落ちた宝石の中にいた。
 巨大な女店主がこちらを覗き込んでいる。いや、ティレイラが小さくなったのだ。
「素敵!虫入りの琥珀なんか目じゃないわ!このまま閉じ込めておきたいくらい」
「そ、そんなの困ります!」
 ティレイラは必死で宝石を内側から叩くがびくともしない。
「大丈夫大丈夫。今度はこれね」
 店主が魔法を解いてくれて宝石から解放されたティレイラだが、次々と怪しげな衣装やらアクセサリーやらを試着させられ、そのたびにティレイラの体は固くなったり小さくなったり自由を失い美しい芸術品へと変えられてしまう。
 大量の衣装を試し終え、ティレイラはぜいぜいと肩で息をしていた。
「もう終わりですよね」
 ティレイラが泣きごとを言うと
「これで最後にするから」
 女店主は可愛らしいワンピースをティレイラの体に当てた。
「絶対似合うわー、ね、お願い」
 女店主は両手を合わせてティレイラを拝むような仕草をする。仕事なので最後までやり遂げなければいけない、とティレイラはワンピースにそでを通した。
 なめらかな素材で、とても肌触りが良かった。
「あ」
 ティレイラはまた体が動かなくなった。硬くなり、冷たくなる。あれよあれよという間にティレイラの体は陶器へと変化していた。
 動けない。
 女店主はティレイラを見て、はっとしたように口に手を当てている。
「なんて…」
 陶器の像と化したティレイラの全身を前後左右から見まわした。
「なんて可愛らしいの!!完璧だわ!!」
 女店主は興奮して呼吸が荒くなっていた。
 陶器となったティレイラはしゃべる事が出来ない。
 女店主はティレイラの髪をそっと撫でた。つるりとした感触。
 愛おしそうに優しく撫でながら、店主はそっと囁いた。
「報酬上乗せしておくからもう少し居てね」

「ねえ、お店の前の大きな置物、前は無かったわよね」
 客に言われ、女店主はふふ、と笑う。
「可愛いでしょ」
 そう言って満足げに微笑んだ。
 怪しげな服屋の玄関先で、ミルク色の陶器の人形となったティレイラはじっとたたずんでいる。
 今回の仕事はまだ終わりそうもない。