|
ortus
十二支。『かんし』もしくは『えと』と呼び、戦国時代から日付や時間帯を示す言葉として使われていた。
そして、日本では子、丑、虎、卯、辰、巳、申、酉、戌、亥、と云う並びである。
どうして、この列びになったのかの諸説は沢山あるが、最も日本で知られているのは『動物達は神の宴に招待され、会場に着いた順番』という内容であろう。
松本・太一自身もそれは知っていたのだが、彼は帰宅中に異様な光景を見てしまったのだ。
それは、干支という概念は一年が終わると別の動物へと変わる事が『普通の人』には知られている。
しかし、それはあくまで『普通の人』の場合だ。
では、干支という人の概念に囚われた動物は『どうなる』のか?
人として生きて自分の番になったら、その動物へと変わる。
ひっそりと、彼らが決めた場所で儀式は行われ『人』に知られる事なく……。
古い社、小さな鳥居は人気の無い東京都内のとある場所に、隠され、いや隠すように建てられていた。
「人? どうして、この様な場所に?」
そこら辺にいそうなOLは怪訝な表情で太一を見る。
(見られるのはマズイのでは?)
歴史の教科書に載っている猿人の様な姿の猿が、隣に立っている女に小声で言う。
(いや、これは私が人として生きるチャンスを、神が与えたのでしょう)
女はニィと口元を吊り上げ、逃げようとする太一の腕を掴み古い社の前に放り投げた。
「……っ! あ、あの、見てしまったのはお詫びします。ですが、その……これは、どういう事でしょうか?」
太一は痛む腰に手を当てながら立ち上がると、ビルの影という影から好奇の目で見られているのに気付く。
「儀よ。貴方はそれを見てしまったの……だから、今年の酉は貴方」
女は妖艶に微笑むと、胸ポケットから一枚のうっすらと光り輝く羽根を取り出した。
「私が、トリ?」
未だに現状を理解出来てない太一は、呆然と女や猿人を見上げながら言葉を紡いだ。
「そう、今年の干支として1年間義務を果たすのよ」
「な、何を? 私は偶然居合わせただけですよ!」
太一は両手を広げ声を上げた。
「それじゃぁ、死を選ぶ?」
女は妖艶に微笑みながらグイッと太一の顔を近付けた。
生暖かい吐息が、冷えた顔に掛かる。
少しの間、女は呆れた表情で太一の肩に手を置く。
「その沈黙、肯定として受けとるわね」
女は、太一の腕を掴みうっすらと光る羽を突き立てた。
「な!? 痛いじゃないですか!」
と、羽を腕に刺された痛みに太一は声を上げた。
腕に生えるように刺された羽。
それを中心に、腕から羽が勢いよく生えていく。
そして、両腕は翼の様になり、足は革靴を突き破り猛禽類の足を思わせるモノに変形する。
羽毛に覆われた体の胸部は膨らみ、顔は美しい女性の顔へと変えられてしまった。
「ど、どういう……」
「アナタは1年間、私の代わりとして酉としてこの社の神使として生きるのよ」
戸惑う太一に対して女は楽しげに言う。
「そ、そんな! 私には、仕事や生活があるのです! 直ぐに戻してください!」
太一は女に対して説得を試みる、が。
「無理よ、交代の義を終えたら最後までやりとげる。それが神様の意思であり、私たちの役目でもあるのよ」
と、話すと女は隣にいる男を指す。
先程までは、猿人がいたのに学ランを着た少年が立っていた。
「今年、1年間お願いします。お兄さんなら出来ます!」
無邪気に言う少年が、1年間もしていたと思うと太一は断れなくなってしまい、言おうとして口を開こうとするがギュッと口を閉じた。
「宜しく、お願いしますわね?」
と、言って女と少年はその場から消えるように、闇の中へと消えていった。
(そんな、いやだ。1年もこの姿なんて……どうすれば、どうすれば!?)
太一は頭を抱えながら思考をフル回転させる。
(この場から離れれば!)
顔を上げると、太一は社の小さな鳥居から出ようと足を一歩踏み出すが、本能的に『此処から出てはイケナイ』と脳内が激しく警鐘を鳴らす。
「諦める、しかないですか……」
嫌じゃない、といえば嘘になるが出られないのであれば、今の現実を受け入れるしかない。
古い社の前で座り、膝を抱えながら路地から見える人々を眺めながら目を閉じた。
「はっ!」
誰かに肩を揺らされた太一は、体をビクッとさせながら目を開く。
「そんな所で寝てたら風邪引きますよ?」
「あ、すみません。直ぐに自宅に帰ります」
太一は警察官にお辞儀をすると、家へと続く馴れた道を歩く。
「……っ!」
腕に針で刺した痛みに驚いて、太一は腕に視線を向けると、そこには1枚の羽が刺さっていた。
「夢、ですよね?」
と、小さく呟くと太一の腕から羽がポロリと落ち、冷たい風に乗って空へと舞い上がる。
「ざーんねん、ねぇ」
ビルの上でハーピーを思わせる姿の女が小さく呟いた。
儀式に関しては夢だっのか、現実だっのか、知るものは居ない。
|
|
|