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<東京怪談ノベル(シングル)>


『イブのふたり』

 眠らない街、東京。
 今日はクリスマスイブということもあり、日が変わろうというこの時間であっても、街の光は消えはしない。

「この時間でも開いている店が多いな」
 イベント警備の仕事を終えたアレスディア・ヴォルフリートは、ディラ・ビラジスと共に宿舎へと向っていた。
「……飲食店だけじゃなくて、な」
 手を繋ぎ、肩を寄せ合って歩く恋人達と、彼らが向う先をちらりと見て、ディラは密かにため息をついた。
 流石に親子連れの姿は殆どなく、日中とても混み合っていたおもちゃ屋は既に閉店していた。
「幸せそうで、なによりだ」
 穏やかな目で街の人々を見るアレスディアに、ディラは軽く苦笑した。
「アンタも幸せそうだ。街の奴らのように、楽しんでないのに」
 ディラのその言葉に、彼に先日言われたことをアレスディアは思い出す。
『独り身のアンタがこんな時でも、家族や恋人達を見ても、幸せを感じられるのは、自分自身がそういう幸せを望んでないからじゃないのか。……何故だ』
 輝く街の中をディラと共に歩き、街に溢れている幸せそうな人々の姿を眺めながら、アレスディアは語る。
「『そういう幸せ』を望んでいないんじゃないか、というのは……あながち間違いではない。だが、それだけでもないのだぞ? 独り身というが……こうして付き合ってくれるディラ殿もいる」
 穏やかな眼でアレスディアがディラを見ると、ディラは瞳を軽く彷徨わせて、落した。
「流れ者の私を受け入れてくれた街の人々もいる。誠、孤独というわけでもない。私は十分、幸せだ」
「確かに、アンタは孤独じゃない。幸せなんだと思う。けど……」
 この煌びやかな街を、暗い顔で視線を落として歩くディラは、街の人々と違い幸せそうではなかった。
「ディラ殿は……『そういう幸せ』を望んでおられるのか?」
 ディラは返答に迷っているようで、アレスディアの問いに直ぐには答えなかった。
“クリスマスは好きな人と過ごすものであり、そうしたくても出来ない人は、幸せそうな人の姿を見ても、幸せにな気持ちになりはしない”
 そう彼は言っていた。
 だから、彼はそういう幸せを望んでいるのだろうと、アレスディアは捉えていた。
「それは良い。良いことだ。できるできぬはともかく、そういう望みを持たねば何も始まらぬ。望みを持つことが、第一歩だ」
「…………」
 顔を上げて、ディラはアレスディアを数秒見た。
「出来なくもなかったさ、俺は」
 軽い笑みを漏らして、ディラは視線を道の先へと移した。
「家族や恋人だけじゃない。度合いは違うかもしれないが、特別な日を『好きな人』と楽しく過ごせれば、幸せなんだ。友達でも、仲間でも」
 ディラの視線の先にいるのは、居酒屋から出てきた、若者達。
 家族でも、恋人同士でもないと思われる彼等は、とても明るい笑顔を浮かべていて、幸せそうだった。
「そういう幸せを……自分自身の幸せを、どうしてアレスは優先しないのか、求めないのか」
 街灯の光が、彼の顔を照らした。
「こんな日を、望んで仕事に費やす理由はなんだ。俺はそれを、突き止めたいと思ってる」
 アレスディアに向けた瞳は、鋭い光を帯びていて、彼女の心に斬り込もうとする。
 アレスディアは思わず眉を寄せて、視線を外して考え込む。
「……夜食、食っていくか? どの店にも、俺達は合わないだろうけど」
 アレスディアは、首を左右に振った。
「明日も早い。今からの飲食は眠りの妨げになる」
「そうか」
 少しの間、無言で2人は歩く。
 色とりどりの光が、2人の身体に降り注ぎ、2人をクリスマスの世界へと誘っていく。
 しかし、アレスディアもディラも、この街のクリスマスに染まることはなかった。
「うむ……この街は、今まで渡り歩いてきた世界とまるで違う。この街において私とディラ殿はまだまだ異質。まず、街に馴染むことから始めるか」
 アレスディアは街や人々を眺めながら頷き、ディラに目を向けた。
「仕事に付き合ってくれた礼も兼ねて、遅くなってしまうが次の休日、贈りあうプレゼントを見に街を散策してみるのはどうだろうか?」
「……ああ」
 ディラが微笑みを見せた。
「あのさ、そろそろ『殿』をつけるのやめてくれないか? ディラでいい」
 それはアレスディアが初めて見る彼の表情だった。
 街の人々と同じような。
 そして、人々を眺めながら、自分が浮かべていたような。

 穏やかで幸せそうな、顔。