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転換期の攻防
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どうしたのだろう、思ったように力が使えない。
力が――無くなっている？
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「転換期？」
――斎に連なる者ならば必ず迎えるその時期じゃ。聞いた事位はあろう。
電話の向こうで無機質に告げるのは七曜会の長老の一人。
――ゆりかは確か３、４歳の頃に済ませておったか。
ゆりかとは双子の祖母だった人。類まれなる術者だったと言われているが、今は亡い。
転換期――斎の家系で力を継ぐ者には必ず現れる、一生に一度のさなぎの時期。数日の間一切の能力を失い、その力は一般人以下の物となる。つまり普段は彼女たちに近づけない雑霊や彼女達に害を与えたいと思っている者達に好都合な時期。もちろんそれらに対抗する力もなくなるので、結界の張られた部屋で力が新しく生まれ変わるのを静かに待つ、というのが通例だ。
普通の人よりなまじちからがある分、それが弱ったときや無くなったときが危険だ。普段は近寄ることすらできないモノを寄せ付けてしまい、場合によっては命に関わる状況に陥ることもある。
瑠璃と緋穂の二人は護符のついたピアスやバレッタで力を増強しているが、それはあくまで基にするちからがあってのこと。基が無ければ増強のしようも無いのである。
転換期の始まりは人それぞれであり、いつ始まるとは明言しがたい。
それが、訪れたというのか――？
*------*
転換期の間は斎の屋敷で祖母、ゆりかの使用していた和室で過ごす事になった。
人一人が過ごすには広い和室。結界を張った当人はもう何年も前に他界しているというのに、その部屋は斎家の中で一番強い守りの力を維持している。本人がいない以上、いつ切れるとも分からない結界だが。
転換期を迎えていない方は、入っている仕事を片付けねばならない。だが瑠璃と緋穂は二人で一人前。どちらかが欠けては仕事に支障が出る。
どうやってこの時期を乗り切れば――。
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アリア・ジェラーティが斎家に関わることになったのは、ただの偶然だった。日も落ちた後、帰途で通りかかった病院のそばで襲い掛かってきた下級霊を、力を使って凍らせたその時のこと。
「き、君っ……！」
一応人の目がないことを確認したはずだったけれど……その人物は慌てた様子で近くの職員用出入り口から駆けてきた。
「……？」
アリアが声のした方へと振り向くと、黒塗りの高そうな車が中途半端な位置で留まっている。声の主はその後部座席から出てきたようで、後部座席の扉は開いたままになっている。
「し、失礼。私はこの病院の院長だが……私の娘達の力になってもらえないだろうか？」
「声かける人、間違えていませんか」
ぽつり、答えたアリア。高そうなスーツを身にまとった、院長を名乗るその中年男性は慌ててポケットから名刺を差し出してきた。
「よくわからないですけれど……アイス買ってくれるなら……」
「もちろん！ 要はさっきの力を使って助けてほしいんだけど…‥説明は娘達のほうが詳しいから、うちまで来てもらっていいかな？」
アリアがそう告げたことで男性はまるで少年のように破顔して、アイスごとアリアを車に乗せてくれたのである。
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「でもよくそれで会ったばかりのおじさんの車に乗ってきたねー」
「すぐそこの病院の院長だって言ってましたし、名刺ももらいましたから……それに、アイスも全部買ってくれるって」
「そうだとしても、少しも危険だと思わなかったの？」
アリアが連れてこられたのは、大きな門を潜った先にある大きなお屋敷。アリアをスカウトした男性は『旦那様』と呼ばれていて、この家の当主だという。けれども威張ったところも堅苦しいところもない、優しそうな人だった。車の中で聞いたのは、彼らの娘達の話。聞くところによれば、アリアと同い年くらいの双子がいるのだとか。
「なんとなく、危険な感じはしませんでしたから」
「うちのお父さん、人の良さそうな顔してるしねー」
そして今、通された和室でアリアのそばにいるのは、そっくりな顔の女の子が二人。長い銀のウェーブの髪をもっていてさっきから笑っているのが斎・緋穂。同じ銀の髪を肩のあたりで切りそろえて、渋い顔で「危機管理がなってないわ」と呟いているのが斎・瑠璃。ふたりは瑠璃が姉で緋穂が妹の一卵性双生児だという。先ほどアリアをスカウトしたのは、この双子の父だったようだ。
「でも、お父様のおかげで依頼を断らずに遂行できるのだから、感謝しなくちゃいけないかしら」
まったく、見知らぬ少女に声をかけて通報されたらどうするつもりだったのかしら――まだブツブツ言っている瑠璃だったが、アリアが事情を知った上で緋穂の代わりに働いてくれるとわかると、少し安心したような顔をした。
（院長がふたりの心配をして、ふたりが互いの心配をしてるんだね……）
そんな気持ちが伝わってきたからこそ、アリアは力を使って作り出したものたちを抱いて、緋穂のそばへ寄って下ろす。
「うわぁ、かわいい！」
「兎ちゃんいっぱい作ったから……これで緋穂ちゃんも寂しくないかなと思って……」
「触ってもいい？ 溶けない？」
瞳を輝かせる緋穂に「溶けないけど冷たいよ」と告げたアリア。それでも緋穂は兎を順番に撫でてありがとう、と笑った。
「あとこの部屋の周りには、触れたら凍る強力な茨つけておくね。……これなら瑠璃ちゃんも安心できる？」
今度は瑠璃の方を向いて首を傾げるアリア。
「そ、そうね。ここの護りも強化してもらえるのは助かるけど」
なんだかちょっと素直じゃない返事。でも、これがきっと彼女の性格なのだろう。顔かそっくりなのに二人の性格は違っていて、なんだか面白い。
「そろそろ依頼先に行く時間ね。アリアさん、改めてよろしく頼むわ」
瑠璃の言葉にこくんと頷き、手を振る緋穂に小さく手を振り返して、アリアは瑠璃とともに和室を出た。
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そこは焼け跡。元々小さな寺だったその場所は、先日突然謎の出火で隣接している墓場もろとも燃えたのだという。墓石は熱され、卒塔婆や備えられた花は燃え、高温で燃やされて骨となった死者は、再びその熱に苛まれたことだろう。そのせいで火事の後、不可思議な事象が報告されたり、夜中に通りかかった一般人が原因不明の酷い火傷を負わされたりとした事件が起こっていたのだという。
「……手当たり次第、凍らせていくね」
「助かるわ。凍れば私にも見えるようになるもの」
瑠璃は霊視の能力や感知の能力が低いという。普段はそれを緋穂が補っているが、力がなくなっている今、彼女にそれはできない。だが、アリアなら霊を凍らせることすらできるのだ。凍らせてしまえば、視覚化されて瑠璃にも見えるようになる。
――ボッ！！
飛んできた火の玉はアリアと瑠璃に触れる前にジュッと音を立てて消える。アリアの作った薄い氷の壁が、その薄さを感じさせない冷気でもって火の玉を一瞬にして冷やして消してしまった。
「……暑いのは、苦手。でも、このくらいの半端な炎なら……」
最初の火の玉は、その速度や温度を見たかったから、壁で受けた。けれども今度は、火の玉がこちらに近づききる前に、アリアの力で凍らせて落としてしまう。そしてその射線を追い、火の玉を放った霊をも凍らせた。
ゴトッ……ゴトッ……。
アリアの力で凍らされた火の玉や霊達が次々と凍りついて地に落ちる。焼け跡に落ちた凍りついた顔に浮かぶのは、眠りを妨げられた怒りか無念か怨嗟か。
「……粉々にもできるけど、浄化はできないから、お願い」
「もちろん、任せて」
墓に眠っていたすべての遺骨の主が悪霊となったわけではないだろう。それでも、かなりの数の霊が、絶えず火の玉を撃ってくる。他の霊がアリアの手によって凍らされ、そして瑠璃の手によって浄化されるのを見て恐れたのか、或いは。
（……早く浄化してほしいとか、思うのかな）
アリアに浄化の力はない。だから、その力を持つ瑠璃を守り、そしてサポートすることしかできない。
（聖水ってどこに売ってるんだろ……）
そんなことを考えもしたが、瑠璃にとってはそのサポートが、十分すぎるほどありがたいのだ。恐らくアリアがいなければ、火の玉を時々浴びながら、避けながら射線を読み、その先へと攻撃をして強引に霊を消し去るしかなかっただろうから。アリアが守りを、そして視覚化を担ってくれるからこそ、彼女は霊を無理矢理消し去るのではなく、浄化して天へと送る余裕を得ることができるのだ。
「アリアさん、あとどのくらい？」
「……だいぶ減ったから、６、くらいかな」
「では、ラストスパートというところかしら」
薄い氷の壁はアリアと瑠璃をぐるりと囲むように展開されていて。万が一アリアの手が、火の玉の数に追いつかないことがあったとしても、壁が防いでくれるようになっていた。ふたりは壁に囲まれた空間を、あちらこちらと向き直りながら冷凍と浄化を繰り返している。初めて組む相手とさほど広くない空間でもうまく動けているのは、なかなか相性のいい証拠ではないだろうか。
「３……、２……、１……これで終わりよ！」
――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！
最後の氷塊が、光りに包まれて溶けるように、蒸発するように消えていく。後引く声は、痛みのためか、喜びのためか。
「アリアさん、お疲れ様。これで任務完了よ。今回は急にごめんなさいね」
「ううん」
「あなたのアイス、私の分は冷凍庫に入れてもらっているから、あとでいただくわ」
ようやく僅かな微笑を見せた瑠璃を、アリアはふと見上げて。
「瑠璃ちゃん、姉妹で、いいえ、一族ごとアリアのコレクションになってみない？」
「えっ……？」
アリアは瑠璃や緋穂のことを好ましいと思った。だから、コレクションにしたいのだ。気に入ったものを、ずっとそばにおいて自分だけのものにしたい――その欲求は、彼女の身体に通う血のせいだろうか。
「うん、駄目だったらいいの。おあずけ」
瑠璃の瞳が驚きから訝しげに、そして警戒に変わる前にアリアは小さく頷いてそう口にした。瑠璃は「そう」とだけ告げて、ふたり連れ立って現場を後にする。
「今日はもう遅いから、うちに泊まっていったら？ 緋穂も心配してるだろうし」
「……いいの？」
「ええ。それと……よかったらまたアイスを売りに来てちょうだい。私、氷菓は甘すぎなくて好みなの。緋穂は、甘いもの全般大好きだけど」
これは、瑠璃の方もアリアのことを気に入ったということなのだろうか。
都合よく、解釈してしまおう。
斎家に着いたら、暖房のきいたあの和室で、３人一緒にアイスを食べるのも楽しいかもしれない。
【了】
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
【8537／アリア・ジェラーティ様／女性／13歳／アイス屋さん】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。遅くなりまして申し訳ありません。
初めて書かせて頂くので、どきどきしています。
細かいご指定のなかった部分はこちらで創造させていただきました。
かわいらしいアリア様とお友達になれて、瑠璃や緋穂も喜んでいることと思います。恐らく緋穂は「瑠璃ちゃんばっかりずるーい！」と頬を膨らませて待っていることでしょう。
少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。
この度は書かせていただき、ありがとうございましたっ。
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