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<東京怪談ノベル(シングル)>


黄金のハッピーバースデー


「人間、すぐいなくなる〜♪」
「病気や怪我ですぐ死んじゃう。寿命も短いしねえ」
「人間、すぐいなくなる〜♪」
「お金が絡めばすぐ死ぬし、対人関係でもすぐ死ぬし」
「人間、すぐいなくなる〜♪」
「車に轢かれても死んじゃうし、銃で撃たれても死んじゃうし。回復魔法の1つも使えないのに、殺傷力のある道具ばっかり作ってるから、戦争ばっかりやってるから」
「すぐに、みんないなくなる〜♪」
 魔女たちが、松本太一を取り囲んで楽しく歌っている。『ハッピーバースデー・トゥーユー』の代わりにだ。
 そう。本日は『夜宵の魔女』松本太一の、誕生日なのである。魔女たちが、勝手にそう決めてくれた。
 48歳の熟年サラリーマン松本太一が、49歳になった、わけではない。
 今ここでお祝いされているのは、うら若き夜宵の魔女である。太一が50代になろうが60代になろうが、この外見が変わる事はないだろう。
「てなわけで新米魔女ちゃん、お誕生日おめでとう〜」
「あ、ありがとうございます……よく、わかりませんけど」
 注がれた酒をちびちびと飲みながら、太一は言った。
「……何で今日が、私の誕生日なんですか?」
「私たちが今日、今この時からね、貴女を一人前の魔女として認める事にしたからよ」
 魔女の1人が答えた。
「何だかんだで実績あるものね、貴女」
「実績、ですか……」
 人助けのような事は何度かした、かも知れない。わけのわからない怪物たちとも、戦ってきた。
 ひたすら、この魔女たちの玩具にされていただけ、という気もする。
「昨日までの貴女は半人前の魔女、まあ普通の人間と大して違わない存在だったわけよ。あたしらから見れば、ちょっとした事ですぐ死んでいなくなっちゃう人間。だからねえ」
 別の魔女が、太一の頭を撫でてくる。『夜宵の魔女』の艶やかな黒髪を、さらりと弄る。
「それはもう、壊れ物みたいに扱ってあげたわよ。赤ちゃんをいたわるように、気を遣ってねえ」
(……あれで、ですか)
 太一はうっかり、そう口に出してしまうところだった。
「ところで……あいつは? いないの?」
「ええ……まだ、この中に」
 太一はスマートフォンを掲げた。
「ネットの海が、予想以上にカオスな事になっちゃってるみたいで」
「あたし昨日、パソコンの中であいつ見かけたわよ。何かサイバーゴーストっぽいのと戦ってた。一瞬で消えちゃったけど」
「働き者なのよねえ、あいつ。セレブぶってるくせに」
「あいつにも見せてやりたかったけど、まあいいか」
 魔女の1人が、リボンの巻かれた箱を太一に差し出してくる。
「と、いうワケではいこれ。バースデイプレゼントぉ」
「こ、これは……」
 中に何が入っているのか、太一は何となくわかるような気がした。
「また狐ちゃんですか、それとも海竜娘……」
「違う違う。これはね、あたしたち謹製『黄金竜姫』の妖装よ」
 魔女が、説明をしてくれた。
「すぐ死んじゃう人間もね、これを着ると、少なくともあたしたちレベルには死ななくなるわ。何しろ常時、回復魔法が発動していて車に轢かれたくらいなら一瞬で治っちゃうし」
「金運財運もアップするし……ってもアレねえ。あんたって人間のくせに、びっくりするくらい金欲物欲が無いのよねえ」
「……そんな事、ありませんよ」
 太一は、苦笑まじりに応えた。
「私、宝くじだって買ってますし。当たればいいなあ、なんていつも思ってます」
「可愛いもんじゃないの宝くじなんて。人間があんたみたいな力持っちゃうとねえ、普通もっと可愛くないこと色々やりだすワケよ。とりあえずハーレムとか造ってみたり、正義の味方になって悪い奴ら殺しまくってるうちに止まんなくなって世界滅ぼしちゃったり。大抵は自滅だね」
「でも貴女は偉い。そんなふうに力に溺れる事もなく、真面目に魔女をやってるもの」
「そんな健気な新米魔女ちゃんにねえ、はいプレゼント! 開けてみて開けてみて」
 開けない、という選択肢は存在しない。
 太一は覚悟を決め、リボンをほどき、箱を開けてみた。
 中から、よくわからないものが溢れ出してきた。液体か、気体か、その中間か。
「あ、言い忘れてたけどそれ着る時にちょおっとコツがいるかも知れない」
 魔女の1人が、アドバイスをくれた。
「何しろ材料に、古竜とか天使とか、あとハスターの眷属みたいな連中も混ざってるから。ちゃんと自我を保っておかないと、そいつらと同化しちゃうよー。ほら気合い気合い」
 親切な魔女には申し訳ないが、あまり有用なアドバイスではないようである。
 激しく蠢く、よくわからないものの中で、太一は原形を失いつつあった。


 ネットの海は、魔界以上の混沌であった。
 様々な負の想念が、魑魅魍魎と化して渦巻きわだかまっている。そんな領域だった。
「しんどい……疲れた……変な親切心なんて、起こすもんじゃないわね……」
 疲れきった身体で、スマートフォンの中から這い出しながら、彼女はぼやいた。
 呪いのウイルスやらサイバーゴーストなんて、私が片っ端から消去してきてあげる。任せなさい。
 などと言って胸を叩いた結果が、これである。
 例の炎上事件とはもはや無関係な、電脳世界のおぞましい住人たちと、際限なく戦う羽目に陥ったのだ。
「温泉! とりあえず温泉に行くわよ。1人新年会でもやって、のんびり休まないと身が保たないわ。ちょっと、どこへ行ったの」
 帰って来たと言うのに、松本太一の姿が見えない。
 代わりに、何だかよくわからない生き物がいた。
「おかえりなさぁい……た、たすけてくださぁあい……」
「……また何か、おかしなダイエットでも始めたんじゃないでしょうね」
 ぐにゃぐにゃと原形を失いかけている『夜宵の魔女』であった。
 何があったのかは、確認するまでもない。
 周囲の魔女たちに、何か親切の押し売りのような事でもされている最中なのだろう。
「あ、帰って来たわね。見て見て、私たちからのプレゼント」
「……私のいない時に、この子を玩具にしないでちょうだい」
 言いつつ彼女は、太一の中に入り込んだ。
「ほら、しっかりしなさい。自我を保って」
「わ、私の自我なんて……最初に貴女が入って来た時から、あって無いようなもの……じゃあないでしょうかぁああ」
「何でもいいから願い事をしなさい。自我というのは要するに欲望、自分がこの先何かをしたいという思いこそが、存在の原動力なのだから……さあ早く、完全に溶けてしまう前に」
「お、お願い事……ですかぁ……えっと、とりあえず無病息災……あ、あと宝くじ当たるといいなぁーなんて」
「……貴女、物欲金欲は乏しいくせに宝くじ好きなのよねえ」
「や、やめられないんです……宝くじ、宝くじだけはあぁ」
 そんな会話をしている間に、松本太一は原形を取り戻していた。
 ぐにゃぐにゃと蠢いていた身体が、形良くくびれながらスラリと四肢を伸ばし、胸をたわわに膨らませ、尻と太股の肉付きをムッチリと増してゆく。凹凸の見事なボディラインを撫でるように、黒髪がサラリと揺れる。
 その全身に、タイツ状の薄い衣服がピッタリと貼り付いていた。
 胸に、腰に、両手両足に、黄金色の甲冑が被さっている。
 左右の美脚は黄金のブーツで彩られ、豊麗なバストの膨らみは、同じく黄金の胸当てによって寄せられ上げられている。
 しなやかな背中を撫でる黒髪を、割り裂くようにして左右に広がった金色の翼。
 育ちすぎの白桃を思わせる尻から、黄金色の大蛇の如く伸びた尻尾。
 それらが装身具であるのか、あるいは肉体から直接生えた本物であるのか、定かではない。
 とにかく今の松本太一は『夜宵の魔女』ではなく『黄金竜姫』であった。
「おおー完成完成。縁起物だねえ、これは」
 魔女たちが拍手をしている。
「うん。今年1年、景気良く行けそうだよ」
「……それは、何よりです」
 黄金竜姫が、軽く頭を掻いた。
「何と言いますか……いつもの『夜宵の魔女』から、特撮ヒーローみたくフォームチェンジしたような感じです。もしかして私、強くなっちゃったんでしょうか」
「戦闘能力は未知数だけど……黄金竜だけに、金運財運は間違いなく上がっているわね。因果律に干渉するレベルの情報改変が、何か勝手に発動しているもの」
 彼女は言った。これだけは、言っておかなければならない。
「……また5億円とか当たって大変な目に遭っても、私は知らないわよ?」