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<東京怪談ノベル(シングル)>


竜少女は真珠の中で夢を見るか


「それじゃあ、今日はよろしくねえ」
 依頼主の声にファルス・ティレイラは「はい!」と元気に声を返した。なんでも屋を営むティレイラの今日の仕事は大掃除のお手伝い。と書くと至って平凡で簡単な依頼のように思えるが、ティレイラの前に立つ依頼主の風貌はさながら絵本に登場する、魔女。一見するとティレイラと同い年の可愛らしい女の子だが、魔法で見た目を若返らせていないとは限らない。
 なにせ案内された部屋にあるのは見知らぬ文字の躍る書籍、古めかしい呪具の数々、そして怪しげな魔法生物……ティレイラはゴクリと唾を飲んだが、こんな事で怖気付いてはなんでも屋などこなせはしない。
「……?」
 と、ティレイラの赤い瞳にとある物体が映り込んだ。高級クッションのような肉厚の身を中心に据えた二枚貝。殻を開いていたそれは、ティレイラの視線に気付いたようにパクリとその口を閉じてしまう。
「ティレイラちゃ〜ん、ちょっとこっちに来てちょうだ〜い」
「はーい」
 二枚貝の事はなんだかとっても気になるが、とりあえず為すべき事は大掃除の手伝いである。二枚貝の事は一先ず置いて、ティレイラは依頼主の下へぱたぱたと駆けていった。

● 
「ふう」
 書籍を本棚に入れ終わり、ティレイラは額に浮いた汗を右手の甲でちょいと拭った。最初はどうなるかと思ったが、今の所トラブルもなくさくさく片付けをこなしている。
「さて次はっと……あれ?」
 次の片付け物に視線を移したティレイラは、気になっていた二枚貝が再び口を開いている事に気が付いた。近付いてみると思ったよりもずっと巨大で、人間一人位なら簡単に呑み込んでしまえそうだ。一体何の貝だろうかと、ティレイラは鎮座する貝の正面に座りその中身を覗き込む。
「あ、うわっ!」
 と、ティレイラの背中に何かがぶつかり、ティレイラは「きゃああああ!」と声を上げながら前方へと倒れ込んだ。ティレイラの身体を「ぼふん」と柔らかい何かが受け止め、直後辺りが真っ暗闇に包まれる。 
「……え?」
 巨大貝が口を閉じ、そのまま中に閉じ込められた、それに気付いたティレイラの顔がざっと青ざめた。は、早く出なくっちゃ! ティレイラが貝に縋り付き持ち上げようとした、その時、全身を何かひんやりとした、薄膜でパックされたような心地良い感覚が包み込む。
「ふあ? な、なに? な、なんか、きもちいい……」
 薄膜はティレイラの腕や脚にぺたりと張り付き、絶妙な力加減でティレイラの肌に吸いついた。ティレイラの身体から力が抜けたのを見計らったように薄膜は更に重なっていき、夢心地が増す程にティレイラの力は弱くなる。
「やあ、だめ、きもちいいけど、外にでられなくなっちゃうぅ……」
 薄膜に全身を包まれながら、ティレイラは外に出ようと渾身の力を振り絞った。崩れそうな足でなんとか踏ん張り、ガクガク震える両腕で必死に貝を押し上げる。しかしもう身体が動く感覚さえ存在しない。
「ああ、だめぇ、そとに、そとにでないとぉ……、……」


「ごめんねえティレイラちゃん、今助けてあげるからねえ」
 少女は声を掛けた後二枚貝をこじ開けた。呪具に躓いた自分に背中からぶつかられてしまい、魔法生物の巨大二枚貝に閉じ込められてしまったティレイラは……硬質化した薄膜に覆われた真珠の塊と化していた。
「あ、あら、あらあらあら」
 少女は真珠と化したティレイラを興味深そうに眺め回した。光沢のある乳白色はまさしく麗しい真珠の輝き。ましてや等身大の少女の形の真珠など、涎を垂らして欲しがる者が後を絶たないに違いない。
 魔女は真珠で出来た竜少女をぺたぺたと触った後、ぎゅっと抱きつき、その全身を調べるようにくまなく隙なく弄くりまわした。ティレイラの手足は外に出ようと足掻いていたように見えるが、表情は焦りを滲ませながらも心地よさに半ばとろけている。
「まさか巨大貝に封印されちゃうなんて……研究材料に凄く良いわ! なんだかとっても気持ち良さそうな顔しているし、しばらくこのままでもいいわよね……?」
 本人の返答も得ないまま魔女はそう呟くと、ティレイラの真珠の肌にすりっと頬をすり寄せた。その後ティレイラは依頼主の魔女の言葉通り、暫くそのまま研究材料として飾られていた……らしい。



【登場人物】

 3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)


【ライター通信】

 こんにちは、雪虫です。 再びのご指名誠にありがとうございました。
 ご指定頂きました通り、ティレイラさんが二枚貝の中であたふたしている様子を最重点に書かせて頂きました。お気に召して頂ければ幸いです。
 またの機会を心よりお待ちしております。